第111話 空隙回游(1)
「委員長、今なら遠隔魔法攻撃で反逆者を一網打尽にできます!結託が起きる前にご指示を!」
駆け寄ってきた老婆が息を切らしながらそう告げると、ピンクブラウンの髪の女がボソリと訊ねる。
「どういたしますか?」
「構いません」
「ですが、委員長が出陣される幕では……」
「演出家が務まるのは私だけでしょう。皆の責務は癌の進行抑止。および脱走兵の抑留です」
女の声に呼応し、続々と大講堂を去る委員会のスーツ姿の女たち。
「へぇ、やっぱラスボス戦はサシでないとね」
講堂最後方の入り口から舞台を見渡していた陽咲乃は、女たちがぞろぞろと講堂を去ったタイミングで前方の客席を飛び越えるように跳躍。
それと同時期、委員長の女の号令に連動し、勇香が陽咲乃に手を翳した。
辺り一面に立ちこめる熱波。翳された掌が灼熱に燃え盛る。
「んほぅ!?」
扇状に放たれた炎の息吹。
炎は一本の線に集約されると、待ちゆく障害物を蹂躙するように焼け焦がす。
(魔法耐性が塗布された客席すら焦がすか!)
《命じる》──ウィンドスフィア
自身を中心とした風圧を発生させる魔法。
一時的に熱波を蹴散らすも、あまりの威力に押し込まれる。
「ちっ」
魔力の無駄だと魔法を放棄し、陽咲乃は客席の背面に着地すると再び跳躍。
《命じる》── 機能付加【加重】
重ねがけた質量を短剣に付与。
熱波を避けつつ、短剣を空中から突き落とす。
バキンッッッ!!!!!
質量を付与した短剣は、さながら鉄球と同義。
勇香の魔法により焼けこげた座椅子が、短剣により押し潰された。
学園の備品はすべて、学内での魔法行使を想定し魔法攻撃を無効化する付与魔法が塗布されている。そのため、それらを生徒や教師らが意図的に破壊することは基本的に不可能。
だが、想定外の魔法威力により焼け焦げたわずかな部分だけは塗布が剥がれている。そこに魔法を放てば、形質の崩壊は塗布部分にまで浸透し、塗布を保ったまま内部から容易く破壊できる。
スタッと床に降り立ち、塗布が残っているかつ顔を覆えるくらいの座面を5枚ほど拾い上げた陽咲乃。
座面を盾に熱線を防御する、苦し紛れの防御策。
炎の息吹と並行し、瞬きの間もなく勇香から火球が放たれる。陽咲乃は火球の軌道を見極め、身体能力だけを限界突破させ、講堂内を舞い踊りながら火球を避ける。
それでも破竹の勢いで襲いかかる火球は“隙”を知らず。焼失した座面は4枚ほど。
陽咲乃は客席伝い、舞台へと再び上り詰める。
「アンタらのシナリオぶっ壊して、アタシは英雄になる。もう使わせねぇぞ」
「おねがい、もぅ、やめてよ!!!」
勇香が手を翳しながら嗚咽を交えてそう叫ぶ。
行動と言動の不一致が甚だしいが、これに惑わされるわけにはいかない。
女の神託は、勇香には一瞥だけで効果を発揮していた。なのに陽咲乃を拘束した際には執拗に目を凝視してくるし、解かれた今も視界に捕えようとしきりに陽咲乃を目で追ってくる。
(神託発動時、特定の部位だけが動作するのもおかしな話だ。身体操作の掴み……適当に対象の魔力掌握と仮定すると、初めてのヤツは魔力の流れでも盗視してんのか?)
つまるところ、神託のトリガーは目にありそうだ。
「私、陽咲乃を傷つけたく……」
瞬間──勇香の周囲の空気が急速に冷え込み、霜が床を覆い始める。
「──っ!?」
勇香を一瞬で覆い隠すほどの爆発的な氷の猛襲。
雪崩を彷彿とさせる怒涛の速度で視界を蝕み、陽咲乃へと迫る。
息を呑み、魔力を視認されないよう、座面を女に向けながら陽咲乃は挙動を注視する。足元に迫ると同時に跳躍。
「っ!?」
舞台に張り巡らされた氷の大地がその姿を変え、徐々に鋭利な荊棘に変貌していく。
(なんだよ……これ……?)
次には複数の氷の荊棘が次々にロケットのように大地と乖離し、全方位から陽咲乃の心臓めがけ飛翔した。
「っ!!!!!」
《命じる》── 機能付加【加重】&【追尾】
座面を眼前に放り投げ、重力と追尾の術式を付与。
空中でダイレクトシュート。立ちふさがる氷壁を爆散させ、女の顔面に飛ばす。
「陽咲乃っ!?」
間一髪で神託を発動し荊棘を回避。
次には地面降り立った陽咲乃だが、空中の氷刃は互いに正面衝突するわけでもなく方向を変え、陽咲乃の脳天に突き進む。
それどころか、陽咲乃の立つ地面がガバガバと盛り上がり、荊棘が伸び始めた。
(ちっ、どんな絡繰りしてんだよ!?)
女を見据えると、投げ飛ばしたはずの座面が勇香の額の前で粉々に砕け散っていた。
足下に張り巡らされた氷の大地の変貌。
追尾する氷の荊棘。
魔力耐性が塗布された座面のノータッチでの爆発四散。
どれも別々の魔法を連鎖的に詠唱したにしては流動的すぎる、一連の魔法群。
「やっぱレベチ!これが理不尽の実力か!!!!!」
しかし、女の素性は判明した。
神託を使用し、氷壁を飛び越えるように前方斜め上空に跳躍。
数を増しながら追尾してくる荊棘と、盛り上がる眼下の氷山たちを前に、陽咲乃は思索する。
降下すれば氷棘に貫かれ、神託で移動すれど荊棘に追尾される。詠唱の暇なんてないし、剣戟で対応しようにも第2派、第3派と飛来する荊棘は目に見えているものだけでも100以上。数が多すぎる。
(絶体絶命。魔法なんか唱えてたら即ゲームオーバー。つまり死!)
///だから僕は成ったんだ。理不尽を滅する正義の盾に///
「──っ」
それは草資との戦いの最中、
自身を捕獲しにきた素振りを一切見せない草資に歯ぎしりしながらも、陽咲乃は短剣を突きつけて威嚇しながら、背後にいる勇香に小声で訊ねる。
『なに?なんかあるなら言って?』
『でも、わかんないし……』
『うるさいさっさと話す!!!』
『ひぅ……私の魔力なら、なんとかできるかも?』
『は?』
勇香は背後から、陽咲乃の耳元に涙声で耳打ちする。
『抽象的過ぎる、もっと具体的に話して』
『それが、わかんないの』
『なんなの!?』
『わかんない。わかんないけど自信はあるの。私、演習の時に魔獣二十体以上を一度に相手にした時があって、あの時我武者羅に魔法を放ったら魔獣全体を一瞬で氷漬けにできた。あの時の記憶はないけど、感覚を思い出せば、なんとかなるはず』
『そ、それ本当の話……
これは霧谷先生の受け売りだ。もしポットに水を入れる程度で無構築の魔法を使えば、水を放出するとの命令が半永久的に下され、場合によっては家中が水浸しになるらしい。無限に近い魔力を持つ人間なら“日本沈没”と、少々の冗談も交えて。
我武者羅。あの時、勇香がやろうとしたことはおおむねそんな感じだろう。
自身があるということは、考えもせず口にしたか霧谷先生の言葉が冗談ではなかったの二択。個人的には前者であってほしいが。
勇香についてなどどうでもいい。構築された魔法を使わずに、脳内で魔法をいちから組み立てる。文字に起こした時点で、荊棘が自身に着弾する数舜の間にやってのけるは無理に等しいが、難しく考えることはない。
無構築とはすなわち願いだ。この状況を打破してくださいって世界に願えばいい。
大事なのは止め時。魔力が尽きる前に、無限の命令を想いで押し潰す。
「あんたの十八番、アタシが奪ってやる」
盗賊の叫びと共に、陽咲乃は空中で全方位に短剣を振るう、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
その願いは、すべての氷をなぎ倒す風を起こすこと。
ついでに女すらも吹き飛ばしてしまうような暴風を、この場で──
「っ!?」
パリン
願いを唱える前に、舞台を侵食していた氷たちが一斉に破裂した。
「へ?」
パラパラ粉雪のような破片が舞い落ちる。
「貴方が己の生命を軽々しく投げだせる人間とは知っていましたが、そこまで愚かだとは……想定外でした」
突然の崩壊に頭を抱える勇香の後ろで、女は苦虫を嚙み潰したような顔で陽咲乃を見つめていた。
「自らの手で運命を掴み獲るのなら、幻想なぞに現を抜かすな!!!!!!!!」