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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
116/125

第108話 邂逅

「ぐっ、がアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」


 切り裂かれた左腕から、鮮血が噴出する。

 体外へ鮮血がどわどわと溢れだし、命のリミットに背筋を凍らせる。


「え……?」


 顔を上げた先、剣先が鮮血に塗れた片手剣を手にするのは、()()だった。


「マジ……かよ……」


「ち、ちが……」


「一介の学友では生温い。“死の再演”によって誘引される絶望のうち、最も成長に効果的な損失とは自尊心、愛、友情。そして──庇護下に置かれていると錯覚し、太陽と狂信していた憧れ(ヒーロー)の、崩壊」


 捥げた左腕を無造作に拾い上げると、観客席へと放り投げる。

 最前列に落ちると、繊維がぐしゃっと解ける音がした。

 生徒たちの悲鳴が講堂を包んだのは、必然である。


「すなわち、あなたが適任なのです」

「お、前……!!!!」


 女の背後に現れた、オーシャンブルーのスーツを着た老婆が訊ねる。


「使い心地はいかがでしょう?」

「まだ慣れませんが、使い方はおおよそ把握しました」


 女は演壇の中央に立つと、観客席に向き直り、高らかに告げた。


「愚かな落人(おちうど) ども、よく聞け」


「……!!」


 腰に携帯されているポーチに手を伸ばしても、思うようにチャックに指が届かない。視界も思考もおぼつかないせいで、各々の位置情報がまともにキャッチできないのだ。


「これが、この世の理」


 ブレる視界の中でも、女の瞳が注がれる先は、陽咲乃や勇香ではないことはわかった。

 勇香ではない説法の聴衆。絶望の標的は、


──スタートラインがたまたまあなただった、それだけのことです。


──先輩として、キミには自分の目で確かめることを是非ともおすすめするよ。


 絶望の対象は、勇香だけとは限らない。


「そうゆう……こと……かよ……」


「魔獣も人間も、理には等しく首を垂れる」


 生徒たちには「動」が見られない。せいぜいぶるぶると揺れる者くらいだ。

 あれを見せられたら、向こう側の人間は誰しもが必然の反応だろう。


「それを……突きつけるのは……はぁ……はっ……ガハッ!!!」


 勇香の英雄になることが、この反抗での陽咲乃の役割。

 しかしこの学園において、陽咲乃の物語は英雄で終止符は打てない。


 どれだけ距離を置こうが自分を信頼していてくれる。目の前の少女たちを理不尽から守り抜くことこそが、ヒーローの責任ってヤツだ。


「あ、アタシは……みんなから光を……奪ってしまった」


 小指で届きそうな距離の理不尽ですら、陽咲乃にできることは左腕“だった”胴体の一部を、右手で覆いながら時が過ぎ去るのを待つだけ。

 これはまぎれもなく慢心だ。いくつもの苦難を乗り越えたことで、心のどこかでは英雄気分でいたのだろう。


「理から目を背けていれば、刹那に喉元を引き裂かれると知れ」


 それから、生徒たちは誰一人として声を上げなかった。

 等身大の世界観を、たった今認識したようだ。


 少女たちの光の沈んだ眼は、行き場を失ったように女を見据えていた。


「さて……」


 *


「陽咲乃……違う……私じゃない」


 右手を抑え、震える眼で陽咲乃を凝視する。

 陽咲乃から返ってきたのは、言葉ではなく天敵を前に牙を剥くような眼刺し。


「……ヒッ」


 次の瞬間、陽咲乃はふらりと膝から崩れ落ちた。


「待って……死なないで」


 一目散に駆け寄りたいが、意思に反して身体が思うように動かない。

 そこにいるはずなのに、陽咲乃の姿がずっと遠くにあるようだ。


「死なないで」


 と、勇香の右肩を誰かがポンと叩く。

 白髪交じりの黒髪の女が、勇香の横を颯爽と通り過ぎた。

 勇香の代弁者かの如く、女の双肩が陽咲乃の姿を遮る。


 *


「っ!?」


「成川陽咲乃」


 女は、あろうことか陽咲乃に手を差し伸べた。


「あなたのような人間は珍しい」


 子供を宥め(すか)すように、心に訴えかけてくる生暖かい声音。


「正義という子供(ガキ)の戯言と、純粋無垢な瞳で向き合えるのだから」 


「何が……言いたいの……ガハッ」


 女は背中で腕を組むと、眼下で悲鳴を上げる生徒たちに目を寄せる。


「向う側からやってきた人間は、ここ数百年で変わり果ててしまった」


「……っ」  


「やれ協調だの同調だのと、本質が人付き合いにずれてしまっている」


 女は陽咲乃をふり返ると、冷然と告げる。


「我らの生存意義(すべて)は魔王の討伐。命のやり取りを伴わない理由(ワケ)など、この世界では不必要」


 女は陽咲乃の腰に巻かれていたポーチをまさぐると、中から薄ピンクの魔法具を取り出す。

 それを鮮血が溢れる左肩に当てると、あっという間に傷が塞がった。

 ただし、この魔法具にできるのはそれだけだ。 魔法具では今ある傷をなかったことにするしかできない。左腕が復活することはないし、血液も勝手に体内で増幅することはない。


「己の信じる正義のために、己の生命すら蔑ろにできる。あなたのような人間は稀有です」


「なん……」


「物語の主要人物(メイン)は、価値ある人間が務めねばつまらない」

「……こんなこと……して……よく……」


「あなたの価値は、腕一本で消失するものではない。あなたが一番おわかりでしょう」


 そう言いつつ、女は勇香を一瞥した。

 衰えたばかりの陽咲乃の勘ですら、女の言葉には微塵の悪意も感ぜられない。

 つまりは本心、女は本心でそれを口にしている。


 この女こそが、父が対峙した理不尽(本物)だ。


「なにを焦ら立っているのでしょう」


「キッ!!!」


 陽咲乃は重たい身体をガバッと持ち上げると、右手で女の胸倉をつかんだ。


「勇香を……みんなを……よくも!!!」


「勇者だとて、欠陥品であれば切り捨てられる。太古よりそれが世界の本質です」

「……っ」


 現実が喉の奥に突っかかったような脱力感。

 純粋無垢な女の信念に、陽咲乃は思わず手を離した。


「相棒の件、小耳にはさんで頂けましたか?」


 この女は信念の元のもと、真実を示すためには手段を選ばない。理想に任せて口にすればどうなるか、流れに任せて「NO」と否定もできない。

 懸念が脳内を交錯する。何を優先すべきか。何を重んじるべきか。


 陽咲乃は今できる精一杯の力で直立を維持しながら、女に問いかけた。


「ひとつ……ききたい……」

「……?」

「もし……そっちに行けば……アタシの正義はどうなる……?」


 少々の逡巡の後、女は突き放すように応えた。


「好きにしなさい。あなたのそれと我らは概ね利害が一致する」


「黙れ、ゴミと一緒にすんな殺すぞ」


「ほう」


「アンタらのそれは適者生存だろ?犠牲あっての平和なら、アタシは全員生存を選ぶ」


 ふわふわとした思考をひとつに結ぶと、握り拳を胸に突き立てた。


「もうわかったでしょ?“正義(これ)”は、アタシの生存意義であり本質。本質を捻じ曲げる気なら、お前たちは敵だ」


 言葉を結ぶと女に鋭い目を飛ばすが、同時にゴクリと息をのみこんだ。 

 女の反応を静観する。黙り込むあたり、マイナスの方向に受け取られたに違いない。子供の戯言と捉えられたか、女の逆鱗に触れたか。どちらにせよ先手は早めに打っておいて損はない。


「無益な夢は捨てなさい」

「っ!?」


 突如、ブワリと全身にこびりついた女の覇気。

 神託を所持した橘草資をも超える重圧。

 思わず身の毛がよだった。戦意はあっという間に吹き飛んだ。


「この世界ではフィクションは通用しない。あなたは勇者として、臓物の鼓動が止むその日まで、“生きるか死ぬか”の駆け引きと向き合っていればいい」

「……っ!」


 女は再び観客席に目をやった。

 悲鳴は静まるも、生徒たちは大講堂を出ることなく呆然と立ち尽くしていた。

 中には号泣する生徒の姿も見受けられる。


 女は勇香に目配せすると、だらんと垂れた勇香の左腕を引きずり上げた。


「“理”から外れ、向き合う者(我ら)にしがみつくことでしか増殖できない、胡麻粒共の盾として」

「あの……」


 刹那──女の顔めがけて短剣が飛翔する。


「ひっ」


 投擲もむなしく、短剣は女に届く前に、女の足元に着地する。

 女は無様とばかりに、足蹴りで陽咲乃の元に戻した。


「なんの真似です?」

「笑わせるな。胡麻粒はアタシたちもでしょうが」

 

 精一杯の挑発も、手の震えで掻き消されているだろう。


「勇香以外だ。アンタの見てる人間は全部胡麻粒だ。結局、才能ないやつはみんな使い捨てなんだろ?」


 然るべき時に備えて、左腕には煙幕を忍ばせている。その場しのぎにしかならないが、勇香を連れてあれを使用する隙を確保できれば十分だ。その場合は、戦力を集めてからみんなを救いに赴くことになるが。


 この状態で反抗を続けるのは自殺行為に等しい。直立不動が崩れぬようバランスを保つのがやっとの自分に、女を打破するなんて鋼鉄に杭を打ちつけると同義。

 これ以上反抗すればどうなるかと、身体が命の危機を訴えている。


「その胡麻粒がアンタを殺したら、アンタは変わってくれるか?」


 だからと言って、譲れないもののために悪あがきをやめるわけにはいかない。

 心の奥底に眠る正義の種子が、本物を前に身体中に根を張っている。


「無理だろなぁ!予備校の一流教師ぶった昭和のノンデリ委員長!!!!!!!」


 女は応えなかった。それどころか、顔だけをこちらに向けたまま、表情一つ動かない。陽咲乃の言葉を、肯定とでも申すかのように。


(あぁ……これは……やったか……)




「蛆虫が」





 片手剣が陽咲乃の脇腹を貫いた。


「ガバッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」


 身体中を巡っていた血液が、口から吐き出された気がした。


「ちが、ちが……!!!!」


「理の底に沈め」


 女の一声で勇香は陽咲乃から短剣を引き抜き、続けざまに腹を横断する一閃。 

 陽咲乃はなす術なく、英雄の御前に陥落する。


「ひ、陽咲乃……」



「反逆者で在るならば、その理想は一時の夢幻となさい」




 視界不良でも、これだけははっきりとわかる。

 女の瞳は、最後まで人間を見つめていなかった。


(これは……おわったな……)

来週の更新はお休みさせていただきます。

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