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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
110/125

閑話 理の体現者

 強いだけでなぜ糾弾される?


 強いだけでなぜコミュニティから外される?

 

 本気で殺りあっただけで、なぜ非難される?


 力を証明したかった。理を理解していない弱者共に。




 うまれつき引っ込み思案で保育園でも皆とうまく馴染めず。おまけに物覚えも悪い落ちこぼれ。橘草資の幼少期だ。


 勉強も人間関係もうまくいかず、同級生には感情に仮面を被った“ピエロ”と罵られる日々。

 家に帰ると“木偶人形”な自分を毎日のように嘆いていた、そんなある日──


 父に総合格闘技を勧められた。


 前日、たまたま放送していた動物番組。ライオンがバッファローを捕食するシーンを見て、“強さ”に憧れを抱いていた草資。それを隣で眺めていた父は草資の中にある何かを感じ取ったらしい。父の趣味である総合格闘技を娘に勧めたようだ。

 草資はその提案に即答し、齢五歳にして護身の術を習い始めた。

 

 強さは正義の象徴、同級生はみんな正義のヒーローに興味津々。

 だから自分が強くなって“悪”を倒せば、木偶人形ではなくなる。それどころか皆から称賛され、崇敬される。

 父の指導は仮借なかった。鍛錬中は生きた心地がしなかった。それでも、身体が張り裂けそうな地獄でも、想いを胸に。


 幸い運動能力だけは人一倍高かったので、あっという間に力を手にした。

 

 鍛錬を積むにつれ、力をつける自分に快楽を覚えた。

 だから一日十二時間は鍛錬に向き合い続け、寝る間も惜しんで早八年。

 

 中学に進学したある時、本気の試合で対戦相手を一撃でねじ伏せた。


 完膚なきまでの圧勝、対戦相手は失神した。


 敗者()を打ち倒し、ここに草資は勝者(ヒーロー)と成ったのだ。




 しかし──




「怖っ」


「気持ち悪い」


「相手が可哀そう」



 人々は草資の勝利に名誉を与えなかった。強さは称賛されず、観客も仲間も敗者に同情した。


 勝者であるはずの草資は“化け物”と呼ばれ、罵倒された。

 

 現実はフィクションとはかけ離れた地獄、どうやったって草資を認める人間はこの世に存在しない。八年間の努力で証明したのは、たったこれだけ。


 草資は絶望した。学校に行けばどんな地獄が待っているかわからないから、自室のベッドに泣き寝入り。

 布団に包まりながら、十九インチのテレビで正義のヒーローショーを流し見る日々。


「ありがとー」


「また助けてくれ!」


「俺たちのヒーロー!」


 人々がヒーローを称賛するシーンを見ていると、不思議と涙が溢れてくる。なんで自分はこうなれなかったんだろうって。


 自分が成ったはずのヒーロー。画面越しに重ね合わせても、テレビの電源を切るとそこには化け物が映りこむ。


 なんでだろう……なんで成れなかったんだろう……


 草資は違和感を覚えた。現実とフィクションの相違。草資がヒーローとして称賛されずに化け物と罵倒される理由。


 成れなかった……成れなかった……?本当に成れなかったんだろうか。

 成れなかったではなく……()()()()()()()()としたら。


「怖っ」


「気持ち悪い」


「相手が可哀そう」



 草資は勝者と成った。間違っているのは勝者を称えないアイツらの方。

 アイツらはみんな悪なんだ。悪だからヒーローが怖いんだ。



 一か月後。草資は学校に行くと、化け物のレッテルは全校生徒中に広まっていた。


「相手に重傷を負わせた」


「もう二度と歩けないらしい」


「虚栄心故のドーピング疑惑あり」


 対戦相手を失神させたとの情報は尾ひれをつけて噂として知れ渡り、噂を契機と捉えた同級生たちからは地獄のような拷問を受けた。


 力で反抗したところで、自分にはまだ悪の組織を蹂躙できるような力量はない。

 かといって助けを求めれば、それは強者ではない。


 それなら耐え続けるしかない。草資は必死に耐えた。いくら罵倒されようが、暴力を振るわれようが耐え続けた。

 心の支えは嘲笑だった。心の中で弱者を嘲笑うことで、草資は自分を保てた。

 弱者は草資が怖いから、群れで草資以上の力を偽るしかできない“道化”だと。


 そして中学を卒業する十五歳の頃。草資は一つの使命を抱いた。


 ──いつか見返してやる、強者が弱者を支配する世界を取り戻す。




 異世界からの使者に導かれ、草資は勇者養成学園に入学した。


 勇者となってからは毎日毎日、睡眠と食事以外は魔獣退治に明け暮れた。人間としての、生物としての“本能”に従ったまでだ。

 

 それなのに勇者隊のメンバーだった弱者には気味悪がられ、何度も勇者隊を転々とした。獣を拳で蹂躙した時の優越感だけが、草資の生きがいだった。その後は、弱者の青冷めた眼が待っていた。



 弱肉強食、それはこの世の理。


 弱者は強者の“贄”となり、強者は弱者の“生”を手中に収める。


 弱者は淘汰され、強者のみが“頂”に腰を下ろす。


 理は人間も、人間以外もみな同じ。

 この世界を構成する生物であれば理に縛られる。


 それなのに人間だけが、この理から外れている。


 強者は弱者のために尽くし、弱者は力以外の武器を用いて強者を使役する現状。


 すべては理性であり感情だ。

 この世界の基本的性質が、感情によってねじ伏せられている。


 そんなものおかしい。人間は力によって地位を決定しなければいけない。

 富や名声で力を偽る人間たちは皆、道化であり悪だ。

 この世を制するのは強者であり、弱者が偽りの力を誇示しただけの道化に世界の理が蔑ろにされてたまるものか。


 いっそのこと、弱者は皆滅ぼしてしまいたかった。自分はその力を得ることができる、そうも信じていた。


 けれどそれでは面白みがない。さんざん馬鹿にされ、人間として認識されなかったツケだ。


 本能を忘れた弱者に、濁りのない純粋な“恐怖”で絶望させる。

 自身が人の頂点(化け物)と成り、高みから嘲笑と罵倒を浴びせ弱者に劣等感を植えつける。


 使命を遂行する上で地獄を“演出”する必要がある。

 ──ならば、橘草資は“理の体現者”で在ろう。


 橘草資は鍛錬に明け暮れた。来る日も来る日も。


 必要最大限の地獄を演出させるために、努力は厭わない。

 付与魔法で他人の魔力を奪い取り、自身の体内に蓄積させる術を習得した。術式拿捕や跳躍詠唱を使用し、常識に囚われた弱者を絶望の底に叩き落とした。


 勇者となり三十年後、喉から手が出るほど欲していた神託を手に入れた。使命のためのステップが整った。


 あとは舐めている者たちに力を見せつけるだけ。計画を実行に移そうとした矢先、橘草資は彼女に大敗した。



 ()()()()()を前に、力なく崩れ落ちた。

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