第101話 神託
名称変更のお知らせ。
第18話「勇者道」にて霧谷先生が説明した「端的に言うと魔力消費なしに特定の効果を一定期間、又は発動時に発揮できる固有魔法のようなもの」の名称を変更いたします。変更内容は以下の通りです。
変更前 スキル
↓
変更後 神託
併せて、霧谷先生の台詞内の名称も変更いたしました。
(……手持ちの防御魔法具……とっさに二十個全部投げたけど……秒で爆散した……)
身体中がビリビリと悲鳴を上げる。
(前が見えない)
冷たい。神経が閉鎖された様は、ふわりと宙に浮かんでいるようだ。
(道も、声も、何も……ない……)
雀の涙程度に動かせる小指でも、くいくいと空気を掬うことしかできない。
皮肉なことに、口と鼻だけは生きていた。舌面はズキズキと刺激する鉄の臭いに浸食され、今すぐにでも消えてしまいたくなる。
草資は陽咲乃のポーチをまさぐり、取り出した魔法具を陽咲乃の腹にポトンと落とす。
皮膚からじわじわと熱が浸透する。ぽっかりと体内に開いた穴やら亀裂やらがが、早送りした花の開花みたいに塞がっていくのを遠い意識で感じる。
一秒もしないうちに、陽咲乃の身体は時間が巻き戻ったように何もかもがリセットされた。
「確定……かよ」
「魔法とは、言うなれば絵空事。向こうの世界では全治一ヶ月を要す怪我でさえ、どういう原理かこの小さな石ころを投げるだけで全快できる。高度二千メートルから落下しようが、巨人の拳に握りつぶされ腸が破裂しようが、餓狼に右腕を噛み千切られようが、即時ならきれいさっぱりに蘇る」
「……!!」
「だからこそ、この世界で我らの命の価値は無に等しい」
「……っ」
「本能を剥けとは、そういうことです」
現実のようで、現実ではない。魔法という不可解な現象が存在する時点で、陽咲乃はこの世界を不思議の国のアリスみたくふわふわした感覚で捉えていた。陽咲乃だけではない、同学年のみんなもおんなじだと信じたい。
草資と相まみえることで、魑魅魍魎が具体的なイメージを帯びた。
要は、自分たちは使い捨ての人形ということだ。
「本……能……」
みんな使い捨てなら、より“生”に執着した者だけが生き残る。この世界とはそんな簡単な仕組み。
「神託──超顕現」
陽咲乃は目を見開くが、声に出して反論もできず、草資の言葉に耳を傾けた。
(神……託……)
神託とは、魔力を消費せずに特定の効果を一定期間、又は一時的に発揮できる魔法以外の戦闘手段。特別な場所のみで自身の武器の一つとして魔力の内に保有することが可能で、一度神託を入手した者は、その時点で戦闘においての“一騎当千”に昇格する。
「その効果は対象を威圧し、その圧に押し潰すされる毎にパワーが蓄積され、神託発動時に身体能力値の上昇として放出される」
悠長に説明してくれた。舐めているのだから当然ではあるが。
相手の行動原理が教育ではなく捕縛ならば、思惑はただ一つだろう。
「さっ、実戦の続きですわ」
(対処して見せろってことか……?)
どうやら草資の上から目線は、委員会の言いつけではなく彼女の性分らしい。
「申し訳ないけど、アタシの正義はアンタに仇しか返せない。調子こいたことを後悔させてやる」
「そうですか」
機先を制したのは草資だった。土埃を飛ばすくらいの圧力を地面に押し込み、草資はジェット機のように空を突き進む。
視線を陽咲乃一点にマーキングし、草資は自らの力を誇示するように大ぶりに拳を振り上げた。
陽咲乃の視界に映る草資は、二歩目には肉薄していた。
(ていうか、魔法具の効果続いてるはずだよね!?なんでこんなに速ッ!!!)
死の間際、不思議と時は遅延し、見えている景色はタイムラプスになる。ヒーロー物の作品にはもってこいの仕掛けだが、この現象は実在する脳の防御反応なのだそう。
違いは現実かフィクションか。回避不可能とは、その一撃を目で追っている最中に感じ取った。
「がっ!!!」
「シャラァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
貰い手に運命を放棄させる一撃。ある種の時空改変と言っても差し支えない。
草資は自らの手をパンパンと叩きながら、四つん這いで吐瀉を吐き出した陽咲乃を侮蔑する。
「汚らしい、それでも一端の淑女ですの?」
「うるっせ……」
(なんこれ……一撃で、全身の筋肉が粉砕され……)
咄嗟に身体を重力に預けたことで、左肩に攻撃が逸れる。おかげで重度の脱臼で済んだ。魔法具で治癒する。
「さぁ、立ち上がりなさい」
「捕まえるんじゃなかったのかよ……」
「早すぎますわ。もう少し反抗なさい」
「……っ」
通常、身体強化系の神託には効果の発揮に時間制限がある。超顕現は貯蓄量に応じて強化値が変動することから、制限時間も同様に変動すると推測。時間制限を超過すれば身体的負荷がかかり、一時的な肉体の疲労が生じる。
拳闘師の特性と効果から算出して猶予は約一秒ほど。とは言えど強化のふり幅、貯蓄量と時間の二つの関係が比例か反比例か明らかでない以上、神託解除を待つのは危険だろう。
隙を作れるのであれば攻撃の瞬間。草資の一撃を回避できたのは、有り余るパワーのおかげで身体の制御が効かなくなって、攻撃が大ぶりになっているのだろう。むこうが重戦車ならこちらは自転車、小回りが効けばそれだけ隙も狙いやすくなる。
「こんなの、なんの応急処置にもならんかもだけど」
規格外の痛みも、識った今では対処可能。陽咲乃は両耳の後ろにある乳様突起付近を、親指でぐりぐりと圧をかける。
「ふぅ……」
ごくりと息を呑み、ギッと黄金色の瞳をこじ開ける。地面を蹴ると、一直線を突っきる。ありったけの白色球体を取り出し、草資にぶつけるように投げ散らす。周囲に白煙が舞うと、陽咲乃は草資を中心に縦横無尽に白煙を行き来し──
霧の中から草資の左腕が猛襲する。避けきれずに胸部に直撃。あまりの威力に押し出され、空中でフラットスピン。受け身も取れずに背中から落下する。
「ぐあっ!!!!!!」
(さっきまでのはただの教育だ。今のアイツはガチ)
背骨の骨折を魔法具で治癒し、考える間もなく走る。
(だとすれば、戦況が長引けば長引くほど浮き彫りになる、コイツとアタシの圧倒的な経験《力》の差!!!)
草資と陽咲乃の果てしなく遠い経験の差。それは戦闘において、最大にして最強のディスアドバンテージ。克服するのは困難に等しく、どう策を練ろうにも草資のルートに呑まれてしまう。そんなの最初から分かっていた。腹を括って今こうやって草資と対峙しているつもりだった。
(この差を脱するには、アイツの経験を、奪うしかない……)
言ってしまえば消化試合。それでも、ただ消化されるためにこの無意味な戦いに向き合い続けているわけではない。
チャリチャリチャリ
(信じろ、才能を……)
///だから僕は成ったんだ。理不尽を滅する正義の盾に///
能力を奪って、こちらのものとせよ。それが草資に打ち勝つことのできる最後の手段だ。
(アタシの仕事は、奪うことだろッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!)
「さぁ、来なさい。全力で……心臓を穿って見せよッッッッッ!!!!!!」
ポーチ内の球体をグシャっと握り、眼前に放り投げる。魔法具の色を選別してる暇はない。
色とりどりの魔法具が深碧の空間をパラパラと舞い散る。地面と接触すると、薄紫色の魔法具が次々と展開。
まるで人形だらけのおもちゃ箱に放り込まれたように、出現した分身たちが草資を猛襲。結界の壁が見えなくなるほどの猛威に、草資は数えることすら諦めた。
「なるほど……なるほど、ですわ!!!!!!!!!!!!」
広い結界内で、分身は互いに干渉することなく軍隊のように知能的な立ち回りで草資の首を狙う。
「本物を捉えられない。分身と神託の相互作用にして数の暴力!!!!!」
千の歩兵は、斬っても斬っても数は二倍以上に増す。草資に本物を見定める余裕はない。
「疑似的な感情と魔力の付与、そして一辺倒さを感じない各分身同士の群知能的連携」
機能付加【共鳴】
二体以上の分身同士に位置情報と敵の特徴を相互に共有させるような知能を与える、分身専用の付与魔法。
機能付加【侵略者】
魔法具に使用者の魔力量を再現させる分身専用の付与魔法。付与魔法を介して本物と同量の魔力を注入する必要がなく、事前に付与はできない、そして分身以外の魔法具には付与できないという点で【影法師】とは異なる。
「極めつけは……本体を捕捉したところで、神託により姿を固定できない」
それはまるで、夜空に瞬く星から、無知識でその一点を探し当てるように。
無限に湧く偽物と、常に位置が変化し続ける本体との間違い探し。
「まさに無限群襲ッッッ!!!!!!!!」
「サ〇ゼより鬼畜だろコラァァァァァァ!!!!!!!」
「高度、高度過ぎますわァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
草資は襲いかかる分身の剣戟を軽々と往なし、拳で破壊。取り巻きを一掃したところで、距離を取りながら草資を包囲する群れに向け突進。反撃の隙を与えることなく拳を地面に叩きつけ、風圧で分身もろとも吹き飛ばす。
「これぞ闘いィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!」
最後まで取り残された陽咲乃に、草資は一蹴りで接近する。
「ぐっ!?!?!?」
(やっぱコイツ速すぎる!!!分身二十体でも翻弄できない!!!!!!)
「ハァ!!!!!!」
「《命じる》バイン……」
魔法発動前に陽咲乃の背後に回り込み、草資は剛腕で鞭のように弾く。
「へっ!!!」
「ぐわっ!!!」
倒れこんだ陽咲乃を、間髪入れずに蹴り上げた。
威圧の力が凝集された蹴りに再び宙を舞い、数歩先に転げ落ちる。
「がっ!!!!!!!!」
「太陽は、その寿命が尽きるまで輝きを強制される。強者ならば、いかなる時も孤高に進み続けよ」
ペシペシと手を払いながら、草資は悶える陽咲乃に近づく。
「アタシをそれに喩えるな殺すぞ!!!!!」
起き上がりざまに草資に鋭い目を飛ばし、白色の魔法具を手当たり次第に撒き散らす。結界内を覆うほどの白煙が草資を覆う。
「この一瞬で……」
神託を使用しつつ、霧に紛れて縦横無尽に高速移動。瞬く間に無数の光球を草資の全方位に設置した。
「点火」
ウィンドカッター&機能付加【影法師】&【連続照射】
設置型の魔法具と、三つの魔法をかけ合わせた遠隔型風薙ぎ魔法。陽咲乃はぐったりと顔を上げながら、草資に目を寄せた。
無数の風刃が、横殴りの豪雨のように射出される。暴風に追いやられ、白煙が霧散した。
「……っ」
(奪え……)
が、風刃の隙をかき分けるように、草資は強引に陽咲乃へと突っ込む。
「……っ!!」
草資なら、放たれる風刃のわずかな隙で陽咲乃の元まで到達することは計算済み。その驚異的な身体能力には感服するが、大ジャンプをかまさない限り道は限られてくる。設置場所を工夫すれば、隙をこちらが創り草資を誘導することも可能。
案の定、身体中にかすり傷を刻んだ草資が陽咲乃が創った獣道に導かれ迫る。
(奪え……)
機能付加【加速】
陽咲乃は自身に付与魔法を付与し、草資の猛突進を回避。草資は勢い余って結界に激突する。そこには設置型の魔法具が。
爆発──
草資が負傷する合間にジグザクの線を描くように移動しながら、地面に緑黄色の球体を投下する。それは地面に染み込むと、小規模の魔法陣が出現。
一定の距離で身を翻し、態勢を立て直した草資へ向けて。
(奪え!!!!!)
ウィンドカッター&機能付加【乱射】
詠唱を結界内に轟かせると、振るった短剣から多数の風刃が草資を乱発する。
草資は不規則に放たれた風刃を悠々と躱し、ついでに地面に設置された踏み込み型トラップ【麻痺】をも跳躍で回避。
(っ!?)
飛び上がった瞬間、草資に球体を投擲。
宙を舞う草資が静止し、何かに裂かれたように大量出血。鮮血の雨が降る。
「なるほど……」
効果を有さない小規模結界。その中に張り巡らされた超微細糸刃。
糸刃の先端を握るは陽咲乃。ぎゅっと引っ張ると、糸刃が引き締まり草資を拘束する。
「んあぁるぅほぉどオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!」
草資はその一瞬で身体中に力を集積。解放し、余波で結界もろとも引きちぎる。
「ちっ」
「フンッッッハァッッッッッ!!!!!!」
草資は落下に乗じて拳を地面に突き立てる。
「なッ!?ぐっ!!!!!!」
風圧に軽く飛ばされるが、更に距離を取るように後退し再び白煙を展開。その中で姿を晦ます。
霧中に紛れ、【加速】の付与魔法を発動。【加速】は重ね掛けが可能で、魔法を重ねるごとにその効果が増大する。陽咲乃は残存魔力を鑑みて三段階の【加速】を自身に付与した。その速度は自身の幻影が後を引くまでに上昇。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
ある一定の臨界点を超えると、【加速】によって幻影に魔力の残滓まで確認できる。それを利用し、陽咲乃は草資が突入したと同時に霧を脱出。草資は魔力の残滓に気を取られ、陽咲乃が背後を獲ったことにも気づかれず……といった作戦だった。
草資は霧の中に入る前に地面に拳を打ちつけ、発生した風圧で霧を飛散させた。
同時に、陽咲乃もその風圧に身体が耐え切れず吹き飛ばされる。
「ぐあっ!?」
なんとか空中で態勢を翻し地上に着地した陽咲乃だが。
「そこにッ!!いましたのねえええェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!」
草資は地面を蹴り上げ、陽咲乃の【加速】が茶番に見えるほど超常的な速度で迫る。
「くっ!命じる──機能付加【捕縛】!!!!!」
その間際、反射的に捕縛の魔法を草資に発射した。
「フンッッッ!!!!!!!!!」
魔法縄は草資を拘束するが、身体を膨張させて、魔法縄を爆散させる。
(魔法縄を引きちぎった!?!?!?)
「シャラアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」
驚愕に放心した隙に、草資のタックルが炸裂。トラックと見違うような威力に、鮮血を吹き出しながら飛ばされる。倒れ伏した先には、【麻痺】のトラップが──
「あがっ!!!!!!」
電撃が全身に迸り、陽咲乃はプツリと意識が途切れた。