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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
107/125

第100話 鍍金(2)

まさかの100話到達しました。

ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。

 草資の魔力枯渇は偶然ではない。れっきとした煙幕の効果(デバフ)だ。 

 

 その効果は“魔力の自動消費”。思考の鈍化すらも、本来の効果に比べれば微量も微量。ましてや草資の機動力を見る限り、ちょっとばかし思考が狂っただけで攻撃が直撃するなんてありえない。 


 思考の鈍化と草資の純粋な魔力不足での筋肉の硬化を利用し、草資の機動力を最短距離で衰えさせた。


「ふふっ、肝が据わっておりますわね」

「魔法を唱える仕草をすれば、即刻首を切り裂く」

「いつ、見極めたのです?」


 その問いを返すように陽咲乃が耳から取り外したのは、イヤホンの形をした小型の物体。盗賊職の必需品と言っても過言ではない、小型超細音収集器ウズメだ。


「アンタが魔法具で結界を展開した時あれっ?て思ったのが最初。そんで戦っていくうちに一か八かって感じ?アンタの居場所は風ひとつ起きないこの結界の中での白煙の動き、そして結界内に響く足音と心拍音の距離から簡単に算出できた。アタシ耳がいいから。ちょっと魔法具の世話にもなったけど」

「なるほど」

「付与魔法と魔法具ばかりに頼りるなんて、魔術師としてのプライドのかけらもないね」


 草資は陽咲乃の嘲笑に眉をひそめるわけでもなく、あっけにとられたように不動としていた。


「たしか……盗賊職の一年はこの時期、簡単な剣の振り方を履修している頃合い、でしたわね?」

「だから?」

「失礼……まだ半年、面白い……」

「うっせ、先輩に教えてもらえりゃこんくらい誰だって……アンタが調子こいて術式拿捕とか見せびらかすからでしょ!あれ、消費魔力エゲつないの理解してる?上級生の魔術師すらこの魔法使わない理由ほぼそれだから」


 そう嘲笑しながら、草資から奪ったポーチをちろちろと見せびらかす。


「アンタ勇者ベテランのはずだよね?それとも皮被ってるだけ?しょーもな、あんだけ格上気取っておいて中身エアプおばさんかよ」


「ふふっ、道化とは……判断が早計でしたわ」


 草資はゴロンと力が抜けたように頭を地面に預ける。

 その言葉に、顔は平然を装いつつも陽咲乃は息を荒げた。


「くっ、くく……」


 胸が熱い。鼓動の昂りがさっきから止まない。


(ぶっ壊しちまった)


 ここまでとは思わなかった、それに尽きる。


(見てるか。これは茶番なんかじゃねぇ、頂への道すがらだ)


 草資の弱点を見抜いた。それだけでも功績は偉大だが、ベテラン相手に一手も引けを取らずにここまで追い詰めた。相手は自分を舐めていたとはいえ、うつつを抜かすのは自然だろう。


「向こうではさぞ、生きづらかったでしょう」

「っ!?」

 

 草資の言葉に、陽咲乃は険し気な顔で吐き捨てる。


「それはもういない」


 草資はなるほどと添えたのち、あっけらかんと陽咲乃に訊ねた。


「さて、これからどういたしましょう。此処を脱するには、私を殺さねばなりませんよ?」

「どうかな」


 剣先を項に当て、陽咲乃は忠告する。


「目的を教えろ。アタシを殺して勇香を絶望させることか?それとも」


 ふとした発想だが、他言には言い淀む。

 この考えは高揚感のおかげで行き着いた机上の空論で、“調子に乗った人間”の戯言。根拠はまっさらだし信憑性も大いに欠けるが、可能性を信じてやまない。


「お前ら、アタシが欲しいのか?」


 背景すら毛ほども理解できないし、理解しようとも思わない。しかし草資の行動、そして自身の才能を実感できてしまったからこそ、今までの“理解不能”の糸を結びつけることもできる。


 絶望教育を受けたのは勇香だけとは限らない。


 霧谷先生の失踪、生徒である藤堂梨花や絵里奈への仕打ち。学園長であるオフィーリア・テミスへの殺人未遂。草資の不可解な行動の数々。

 勇香への仕打ちを目の当たりにしたことで、委員会の“外道っぷり“を再確認できた。


 それらが勇香だけでなく陽咲乃に対する教育でもあったなら、気持ち悪いが草資の放置プレイに納得もできる。


 喉の奥から怒りがひしひしと込み上げてくる。オフィーリア、霧谷先生、カズラノ村の人たち、教育のためにどれだけの命を……それをぶつけたところで、目の前の女は“正義”そのものが自分とは真逆。今導くべきは、この女ではない。


「口外したところで、駄弁では?」

「反抗期だからね、口実を増やしたいの」


 草資はそうですかと添える。


「教育は任意ではありません。この世界ではたとえ弱者でも、勇者として成熟しなければ人類の存亡を左右する」


「へぇー、大袈裟」

「大袈裟……とは、現在進行形で廊下から鳴り響いてくるあれを目にしても、仰ることはできますか?老齢を理由に理から外れた弱者どもからこの世界の真実を耳に入れ……惰眠を貪る卵たちを目にしても?」

「はぁ」


「スタートラインがたまたまあなただった、それだけのことです」


(まっ、ただの妄想か)


 胸を撫で下ろした半面、これでも認めてくれないかと陽咲乃は残念がる。


「よかった、アタシは魔王軍じゃないみたい」

「もちろん。あなたのお知り合い二名も然るべき処置を下したうえ、新設する分校に再び生徒として迎え入れます。それだけ今の情勢は、われわれにとって危機的状況なのです」


(然るべき処置……最上の絶望ってことか?)


「ここってそんな魑魅魍魎スペシャルなんだ。まだ実感湧かないやー」

「あなたは未だ向こうの世界に染まっていますね。彼女とともに識る必要がある」

「は?」


「では続けましょう。武をもって、私に解呪を要求するおつもりですね」


 遠くからは勇香のすすり泣く声が聞こえてくる。まだ魔法は継続しているようだ。


(己惚れはここまでだ……コイツは仮にも元勇者。理解不能が通常運転と思えッ!!!)

「言われなくても、終いにしてやる……ぐっ!?」


 草資は腕力だけで陽咲乃が馬乗りになった身体を持ち上げ、態勢を崩した陽咲乃に両足で脚拳を炸裂させる。


「ぐぁ!?」


 陽咲乃はよろよろと背中から転倒する。


(コイツ、魔力スッカラカンの状態でなんで動け……っ!?)


 草資は立ち上がりながらスーツをパンパンとはたく。


「さて、そろそろお気づきになっていただきたいのですが……」


 人差し指を頬に当てながら、草資は不気味な微笑みで口にした。


(まさか!?)


マイノリティ(木偶人形)は、常に“並”を装うため保険を掛けておくのです」


 自分の身体に巻きづく何かによって魔力を吸われている。

 それは、身体中を流れる魔力にそっと指で触れるように、全神経を研ぎ澄ませることでやっと確認できた。

 草資に指摘させなければ気づかないほどの、そよ風のように小さな刺激によって。


(やられたッ!)


 反射的に陽咲乃は急旋回し、草資から後退した。


「魔力が減ってるなんて一ミリも……」 

「あら、自身の魔力残量を体感できるのなら、ミクロまで管理できませんと」


(は……?)


「あれだけ温存していると思い込んでいた魔力が、わずか0().()1()だけ削がれていることにお気づきですか?うふふ」


 付与魔法【魔力吸収(スペルドレイン)】。

 対象の残存魔力を吸い取り、自身の魔力に上書きして貯蓄する驚異的な付与魔法。草資の個人所有物の魔法具には皆、この魔法が付与されている。


(コイツ、舐めやがって!!!)


 諦めるのはまだ早い。草資がなんのために0.1だけ魔力を吸収しつづけていたのかは理解不能だが、魔法具の効果が継続している限り、枯渇と微量回復を往来しているには変わりない。 

 陽咲乃は白色の魔法具を取り出し、周囲に白煙を巻き散らせる。


「そんな雀の糞程度の魔力で、アタシを……」


「また、小細工ですの?」 


 霧中から草資のそんな声が聞こえる。今度は即効性の魔法具。


(白煙の魔法具は微量、分身の残量は約二十、シールドも十以上……その他多数……まだ、まだだ!!)


 効果は“平衡感覚の喪失”。これ以上長引かせるべきではない。次にアクションを起こされる前に短期決着を図る。


(勇香、早く目覚めて……)


 陽咲乃は霧が希薄な上空を跳躍し、霧が滞留する空間の反対側へ着地。縦横無尽に結界内を移動しながら機能付加(エンチャント:ロール)影法師(ドッペルゲンガー)】を発動し、ポーチ内の残量を確認して十個ほどの魔法具を配置する。


(目覚めないと、アタシ……)



 ヒュン



「フッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」


 全身をビリビリと圧迫する雄叫びを合図に、霧はバヒュンと霧散した。


「霧が!?」


 澱みが晴れ、澄み渡った深碧。


(はぁ……?)


 そこに、銀色の王冠と鷲が装飾された拳鍔(メリケンサック)を装着した老婆一人。


「アンタ何した!?」


 草資が吸い取った魔力は極小。初級魔法を放てばあっという間に魔力切れを起こすはずだ。


 いや、見方を変えるべきか。魔力切れを起こせば人は身体が硬直し、行動不能となる。しかしわずかに魔力が残存していれば、()()()()()()くらいは可能だ。

 

「私が勇者であった頃の職業は拳闘師(グラップラー)。己の武力のみを是として闘う職業。ならば他人よりも魔力が少ないなんて当然でしょう、それが適性なのですから」


「拳闘……師……?」


(分かるわけない!?さっきまでずっとみみっちぃ魔術師ぶってたじゃない!!)


「先ほどまでの無礼は失敬。魔術師の戦い方は不慣れなものですから」


(ガチでエアプだったのかよ!?)

「あんた、魔力は枯渇ギリギリなはずッ……」


「あら、魔力の枯渇を見抜いたあなたならこれも見抜けたはず……枯渇寸前でも、ゼロでなければ屈しない。それが拳闘師(われら)の誇りッッッ!!!」


(コイツ、全力でアタシを見下してやがる……)


「惜しいですね、もっと勇者のいろはを履修していれば……」


 草資の策略にまんまと踊らされたと痛感しながらも、陽咲乃は短剣を構えながら距離を取った。


「うふふ。強者だからこそ、絶望の淵にて映えるその双眸……」


(……っ!!)


この形態となった女に近づいてはいけないと、さっきから皮膚がビリビリと危険信号を上げている。


「しかし惜しい。強者と覚悟していたものが、想定より技量の低いと察すると途端に講じるべき警戒を怠ってしまう。それは弱者の錯覚ですわ。あなたにはふさわしくない」


「っ!?」


「では、本能を──剥いていただきましょう」


 陽咲乃は思考する猶予もなく、草資の動作よりも一挙手一投足早く駆け出した。

 直感が告げた、コイツをここで倒せと。


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!」


 草資は狂気の笑みを浮かべながら、拳で迎え撃つ。


 草資の一撃よりもわずかに早く、陽咲乃の一閃が草資を射止める。

 その一撃は、いともたやすく草資の首筋を引き裂いた。


「はっ……?」


 首筋から、決壊したダムのように鮮血が噴出する。


 


 《自慧ノ無(ナンジオノレヲシレ)



 草資を穿ったはず。それなのに陽咲乃は、逃れられない“死”を確信した。


 それは自身の臍部に接触した、草資の拳鍔を一瞥した時。


 ドシャッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 回避の術すら破壊され、拳鍔は的確に陽咲乃を打撃。

 空気は煮沸され、衝撃波が浸透し、爆発音が結界内を轟く。



「グハァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」


 たった一撃の殴打で、体内の骨髄も臓物も、何もかもが弾けた。


 豆腐を左手でふんわりと握り潰すような手軽さで。

 270km/hを超える速度で走行する鉄道と正面衝突したように。

 音速に迫るジェット機と衝突し、ぐしゃぐしゃにプレスされように。


 胃の中から大量の胃酸がこみ上げ、鮮血と共に吐瀉物が体外へ排出された。


「あなたには充実した教育を施したいのですが、あまり長引かせると委員長にお叱りを賜ります故……」


「ブハッ!!!」



思考回路(マインド)を捕縛に移行し、全力でッ……!楽しみましょう」

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