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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
入学編
102/125

第95話 理解不能


「本物は殺意の格が違いますわね。天照」


 草資はふっと口を綻ばせる。


「どんな絡繰りだよクソッ!!!」

(おちつけ、相手が格上だろうが理不尽は許しちゃいけないんだ!!!)


「陽咲乃」


 怪訝な顔つきでとぼとぼとやってきた勇香を自身の背後に隠しつつ、陽咲乃は草資と距離を取った。


機能付加(エンチャント:ロール)呪人形(マーキング)】」


(魔力バカみたいに消費するモンまで……!?)


 隔離結界を除く、通常の結界を通過した対象の魔力に自らの魔力を注入。トリガーを引けば、どこにいても自身があらかじめ展開させておいた他の結界内に、魔力が注入された対象を強制遷移できる付与魔法だ。


「簡易的ですがあなた方をパクリました。無限の可能性、実感できたでしょうか?」


「いっ、いや……」

「勇香落ち着いて」


 草資はニヤリと挑発的な笑みをする。


「この結界……」


|隔離型・広域魔術結界郭大装置アマノイワト

 断絶されている以上、結界外への瞬間移動はできない。


「絶好の戦場をご用意しました。あなたの特技を生かす時ですわ」

「皮肉かよ」


「あぁついでにひとつ、逃走は『実現性が著しく低い』とお考えになった方がよろしくてよ。もしあなたが本当に使命を果たす気なら、逃走ではなく『打破』が望ましい」

「そんなの隔離結界(これ)を展開された時点で望み薄だって……」

「一部の()()()()()広域結界内では、術者を除く隠密魔法、そして同一の効果を有す魔法具は効果を成さない。そして結界内には、一際強大な魔力がうっとおしいほど存在を主張している地点が一か所だけある」

「っ!?」


 そう呟くと、草資はわざとらしく勇香に目を移した。


「……ねぇ、勇香」

「なぁに?」

「アイツ、魔法由来の広域結界内はいくら隠密の魔法具を使っても意味ないって言ってたよね」

「そ、そんなかんじ、だったかな……」


 恐怖心で草資の言葉を聞き取れなかったのか、それとも意味を汲み取れなかったのか、口を濁す勇香に陽咲乃は辟易するが。


「そんで結界内には、一際強大な魔力が観測される地点が一か所だけある、とも。それってつまり、この学校には生徒や教員たちの魔力を感知できる広域結界が張り巡らされているってことだよね」

「でもそれって、魔法具の可能性も」

「ううん。学園中を巻き込むような大規模な結界を展開できる魔法具なんて、私の知る限りは存在しない。だとすると、結界を展開した術者がいるってこと」


 では術者は誰なのか。学園長か、はたまた委員長か。どちらにせよ、やはり学園上層部は侮れないと再確認する。

 考えれば考えるほど茶番が現実味を帯びてくる。覚悟はしたつもりだったのだが、現実を突きつけられると額が冷たくなって気分が悪い。


「ハハっ……最初から道はただひとつってことか」


「陽咲乃、震えてる」

「……っ!?」


 勇香に指摘され、陽咲乃は初めて自身の腕を見下ろす。勇香の言った通り小刻みに震えていた。

 陽咲乃は頬をパンと叩くと、左手に握られた短剣を草資に突きつけた。


(勝機は、ある。アタシだってアイツらに首斬られるために逃走劇し(逃げ)てるんじゃない)


「やってやんよ、コラッ!」


 草資はふっと微笑んだ。


「さぁ、我が首級(しゅきゅう)を──穿って見せよ」

「……っ」


 草資を打破するために、陽咲乃が取るべき三つの選択肢。


一、草資を武力で追い詰め、結界の解除を要求する。


二、草資に投降しつつ、結界を解除したところで隙を見て逃走する。


三、草資を殺す。


 現実的には二が最善であるが、あいにくそれができるほど、自分の精神は器は柔軟で矮小なものではない。

 

 となれば選択肢は一しかないのだが……


「さすがに無理だな。普通に、賭けてみるか」

(盗賊としての、英雄としてのアタシの才能に……)


 瞬間──草資の魔杖の先から、激しい炎が濁流のように放たれた。陽咲乃は身を低くして回避するが、炎は地面を弾くと高波のように高速移動を始め、陽咲乃を追尾。


 陽咲乃は円を描くように炎から逃避し、同時に草資へと距離を詰める 

 草資はファイアブレスで迎撃するが、陽咲乃は華麗な動作でより前へ前へと躍り出る。草資に肉薄すると飛び上がり、草資の真上で一回転。草資の背後に着地し、項に短剣を振り上げる。 


「ハァ!!」


 草資の前方には陽咲乃を追尾していた炎。後方には陽咲乃の剣戟。


 草資は瞬時に腰に巻かれたホルダーから魔法具を掴み取り、双方に防御結界を展開。炎は消失、陽咲乃の剣も通さないが、連続する突きは結界をバタバタと揺るがす。


「あなた、何を生き急いでいるのでしょうか?」


「っ!?」


 草資は押し問答を放棄して、超至近距離のファイアボールで陽咲乃を牽制。

 後退した陽咲乃と距離を取るが、陽咲乃はそれを許さない。


「どこ見てんだよ!!!」


 陽咲乃は電光石火の如く、草資が口を動かした瞬間に距離を詰める。流星のような短剣の一撃一撃が、草資を的確に猛襲。


 しかし──


 草資は魔法を使用せずとも、まるで風のように身を翻し、すべての攻撃をひらりと往なす。


(ぐっ、魔術師のくせに!!!)


 陽咲乃の攻撃が空を切るたびに、動きの軽やかさを増す草資。

 ついには一瞬の隙を見逃さず、草資は差し出された陽咲乃の左腕をアームロックで確保した。


「ぐがっ!?」


(動体視力がレベチ!!!コイツ本当に魔術師!?)


まるで大岩に挟まれたかのように、がっしりと絞めつけられた陽咲乃の腕。生身での回避は不可と判断すると、即座にそれを使用し草資の背後に瞬間移動。


 草資はその動きを見逃さず。振り向きざまにファイアブレスを放つと、陽咲乃を直撃。


 陽咲乃……ではなく分身を消失させる。


 草資は再び振り返と、そこには背後にいたはずの陽咲乃の姿が──


 草資は陽咲乃の一撃を往なし、ファイアブレスで応戦。炎は陽咲乃に命中するが、陽咲乃はパラパラと崩れ落ちる。


「……っ!」


 突然、全方向から五体の陽咲乃が草資に迫る。草資は避けるどころか、まるで日光を浴びるかのように両手を広げ、それらの陽咲乃を全身で受け止めた。

 陽咲乃たちは草資に接触すると同時に消滅。草資はニヒッと嗤いながら上空に杖を突き立てた。


 その先には、短剣を草資の頭上に突き落とさんとする陽咲乃が。


「《命じる》──模倣型・覇光星(ミニマムフレア)


 魔杖の先端から炎が渦巻き、瞬く間に火花を散らしながら太陽のように閃光する球体が形成される。


 草資の号令と共に、その球体は周囲に極光を撒き散らし、爆風が上空もろとも辺り一帯を吹き飛ばす。


「くっ!?」


 陽咲乃は爆風に飛ばされながらも空中で体勢を整え、勇香に背を預けるようにして地面に降り立つ。そして、勇香を護るために短剣を構えた。


「陽咲乃!!!」

「イージーイージー。心配しないで」

(まっ、予想してたことだけど、ここまで戦力差見せつけられちゃあぇね)


 陽咲乃はブレザーの裾で口元の血液をふき取ると、草資に鋭い視線を飛ばす。


「あなた、五感が冴えますわね。分身を利用した波状攻撃。しかも一体一体には感情の複製が上乗せされている。中の下でございます」

「そりゃどーも」

「ですが冴えすぎる。眼球の動きであなたの行動が一目瞭然ですわ」

「……っ!?」



 分身は、結界と同様に球状の魔法具を特定の位置に着地させることで展開する。だが、発動の際に何も考えずに球体を放り投げるのは禁物。展開位置が露見してしまうためだ。

 そこで陽咲乃は、相手が認識できない、瞬きするような一瞬の間にそれを使用し、分身を任意の位置にばら撒く。


 草資は陽咲乃の眼球の動きから、陽咲乃が次に瞬間移動する位置、そして魔法具の投擲位置(分身の発生位置)を見抜いていたのだ。


 また、分身に上乗せした感情はあくまで一過性にすぎず、人間の挙動を完璧に模倣はできない。注目しておけば特定部位の一辺倒な挙動で本体を簡単に判別できる。


(もっと節約すべきだったか……)


「盗賊とは常に先の先を見据えて敵を欺くもの。見透かされている程度では貴方、死にますよ?」

「余計なお世話だっつーの……ハァハァ……」


 草資は息を巻く陽咲乃を一瞥すると魔杖を降ろし、不気味な浅葱色が胎動する空を見上げた。


「どんなに儚く人々を魅了しようと、月はひとりでは輝けない」


「っ?」


「光を照らして差し上げなさい」


 草資は不敵に微笑む。


「は?」


「陽咲乃……」

「だから、心配しないでって言ったでしょ」


「だって。ね、ねえ」


 勇香が何か言いたげなようで、そわそわとこちらを覗いては目を逸らしている。


「どした?なんか策でも思いついた?」

「いや、えっと」


「ふふっ、作戦会議ですの?」

(なんで静観してんだよ!?)


 捕獲しにきた素振りを一切見せない草資に歯ぎしりしながらも、陽咲乃は短剣を突きつけて威嚇しながら、背後にいる勇香に小声で訊ねる。


「なに?なんかあるなら言って?」

「でも、わかんないし……」


「うるさいさっさと話す!!!」

「ひぅ……私の魔力なら、なんとかできるかも?」

「は?」


 勇香は背後から、陽咲乃の耳元に涙声で耳打ちする。


「抽象的過ぎる、もっと具体的に話して」

「それが、わかんないの」

「なんなの!?」

「わかんない。わかんないけど自信があるの。私、演習の時に魔獣二十体以上を一度に相手にした時があって、あの時我武者羅に魔法を放ったら魔獣全体を一瞬で氷漬けにできた。あの時の記憶はないけど、感覚を思い出せば、なんとかなるはず」

「そ、それ本当の話?」

「うん」

「だからってなにするのさ」

「わかんない」

「はぁ……なんなのもう」


 陽咲乃は嘆息を吐きつつ、勇香に指示する。


「……わかった。シチュエーションは違うけど、あんたなりに試行錯誤してみてよ。期待はしないよ」

「う、うん」


 我武者羅、それすなわち無詠唱、無構築。ただ願いだけに身を任せ、魔法を行使する。まさに魔法の本質と言える夢のような神の御業、力による圧倒だ。

 普通の人間ならば魔法の威力を制御できず数秒で魔力切れを起こしてしまうが、それをなんの抵抗感もなしに言ってのけた勇香ならば、隔絶された結界を破壊することすら可能なのだろう。肝心の中身は一切伝わってこなかったのだが。

 

「じゃっ、アタシは陽動に専念しま」


 刹那──


「がっ!?」


 眼前で捉えていたはずの草資が、消えた。


 その姿は、自身の背後、勇香に──


 草資は顔だけを振り向かせ、陽咲乃の背中に魔杖を突きつけた。

 陽咲乃は反射的に後方へと飛び上がるが、魔杖から放たれたのは、霧のように広範囲に散布された炎の息吹。


 扁平に、扇のようにぶわっと拡がった炎は、草資から身体三つ分の距離に着地した陽咲乃の皮膚を焼き焦がす。


「ぐっ!」


 草資は勇香の前髪をサッカーボールのように握ると、目を合わせた。


「やめろ!!!!!」


 その時、陽咲乃は確かに視認した。

 勇香と草資、ふたりの視線の間。空間の微かな歪みを。


 草資の漆黒の眼は、勇香の心の奥底にある黒い何かを引き揚げてるようだった。

 しばらくすると勇香は、まるで魂が抜かれたように呆然と立ち尽くした。


「……っ」

「勇香?」


 やがて勇香は、


「アアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」


 両手を頭に抱え、激しく震え上がり、何かに怯え絶叫した。


 目に映る情報が理解できない。

 草資は勇香を物理的に攻撃したわけじゃない。ただ勇香に肉薄しただけだ。

 それなのに肉食獣を前にした子鹿のような怯えよう。まったくもって理解できない。


 「ヤメテ!!!ヤメテヤメテヤメテ!!!!!!」


 陽咲乃が探検で草資を牽制しながら勇香に駆け寄ると、勇香には陽咲乃を見るなり顔面蒼白にし、ぶるぶると震えながら懇願した。


「もうやめて……やめて!!!!!!!!!」

「何に怯えてるの?」


「私じゃない……違う、違う違う違う違う違う!!!!!私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃない私じゃ」


 勇香が身体を丸めてそう呟くとともに、瞼から大量の涙が溢れた。

 

「え……」


 一連の行動、そして勇香の豹変は、陽咲乃に思索を拒絶させる。


 なぜ、付与魔法を多重使用してくるのか。

 

 魔術師と盗賊では、接近戦に持ち込めば俊敏性のある盗賊に負があるはずだった。なのになぜ、一歩も動かない草資に翻弄され続けるのだろうか。

 

 そして、目の前の勇香の豹変はなぜか。


 一呼吸おきに沸き出す疑問の数々。


 攻撃の絡繰りは容易に導き出せるはずなのに、わからないと疑問が溢れ出てくる。


 攻撃手段の引き出しの多さ、暗雲に覆い隠された、底の見えない草資の実力。


 これが格の違い、天と地の実力差。



 差を実感した陽咲乃は、ひとつの救いの手段を導き出した。

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