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ゼロから始まる勇者学  作者: ホメオスタシス
学校見学編
10/125

第8話 生徒会長・椿川愛華

 そこにいたのは、女神のような風貌の美少女。

 オフィーリアに負けず劣らず、絹のように透き通った長いブロンドの髪。

 まるで西洋人形かのように整った顔立ちに、これまたキラキラと宝石のように輝く碧眼。近くに迫るとラベンダーの優しい香りが彼女から漂ってくる。

 アリスとは異なる緋色のブレザータイプの制服を、中のブラウスが伺えるくらいに着崩した格好。そして、黒色のプリーツスカートにはチェーンのようなベルトが巻き付けられ、両足には、色白い細長の素足がわずかに見え隠れする黒いタイツを履いている。

 床に敷かれているレッドカーペットと相まって、その少女の容貌はさながらファッションショーに出演しているモデルを彷彿とさせた。

 そんな少女に勇香は「この学校、容姿の優れている人多すぎでは?」っと心の中で呆然と呟いた。


「あっかいちょー!ここで遭遇(エンカウント)するだなんて奇遇だねー!」


 そんな金髪碧眼の美少女に向かって、またもや軽い口調かつ独特な言い回しで声をかけるアリス。しかし、少女もふふっと微笑してアリスに言葉を返す。 


「ちょうど、一任務を終えて帰還したところなの。あら、その子は?」


 少女がすっと視線を自分に移したことに、勇香は動揺して一歩後退る。そんな勇香の背中をアリスがやや強めにバシンと叩き、少女に紹介した。


「ひひゃっ!」

「紹介しよー!この子は聖ヶ崎勇香ちゃん!転入生だよ!」


「そうなの。私は三年の椿川(つばきがわ)愛華(あいか)よ。よろしくね」


 そう言って愛華はニコリと微笑んだ。その女神のような微笑みに、勇香は頬を赤く染めてアリスに耳打ちする。


「か、会長って、この人が?」

「そう、この方こそ、勇者養成学園の誇り高き生徒会長・椿川愛華会長だよ!」

「……!!」


 アリスがバッと手を掲げて勇香の注目を愛華に寄せる。

 当の本人は、頬に指を添えて恥じらい気に息を漏らした。


「あんまり注目されると恥ずかしいわ。私のことは二個上の先輩としてみてくれればいいのよ」

「あ、あはは……」


 そんなことできるはずないのは、オフィーリアで既に分かりきっている。

 愛華から放たれるオーラが違いすぎるのだ。同じ地面に立つことすら烏滸がましいほどに。有名女優、いや総理大臣レベルだ。

 もし勇香の背後に佇むオーラを子鼠とするならば、愛華やオフィーリアは気高き百獣の王、ライオンのよう。ちなみに、アリスのオーラは一貫性がなくうまく読み取れない。


 何が言いたいかというと、目の前で頬を赤くする少女は、勇香にとって格上の存在、もっと言えば天上の存在ということだ。そんな者に、ぱっと出の勇香がなんとなく後輩面して軽口を叩くことなど傍若無人にもほどがある。


 そもそも学長室でオフィーリアと会話を交わした時から、勇香は緊張の連続なのだ。

 格の違いすぎる存在といざ対面するときは、どうしても肩に力が入ってしまう。幸い、オフィーリアに促され一時はその力を抜き去ることに成功したが、彼女とほぼ同等の存在である愛華に出会ってしまった今では再び緊張感が発現し、変に体をピンと張ってしまった。心臓もドクドクと激しい音を立てている。


 だが、そんな緊張も学園都市街へ行けば幾らか解れると期待する。目が潤う、心臓が爆発四散するなどとアリスは大げさすぎる比喩で表現していたのだから、それ相応の場所なのだと信じたい。となると一刻も早く学園都市街へ移動し、この緊張からおさらばしたいところだが。しかし、勇香にはこの状況をどうにかすることなどできず、精々おじおじと動向を探っていることしかできなかった。

 しかし──


「じゃ、かいちょー。アリスちゃんたちは校内見学の真っ最中だからまた後で」


 アリスの何気ない一声に、勇香の表情はたちまち明るくなる。愛華に対し失礼ではあるが、緊張がエスカレートして激しい動悸が収まらなかった勇香に、他人への心遣いをする暇はないだろう。

 だが幸か不幸か、愛華は勇香の表情の変化には一ミリも気づかずにいたようで、今まさに立ち去らんとしていた二人に向かって小さく呟いた。


「ねぇ」

「どしたのかいちょー」


 きょとんとしたアリスに、愛華はどうかしらと提案する。


「よければ、生徒会室に来てみない?」

「え?」


 その瞬間、ぽつりと呟いた言葉、いや言葉にも満たぬ一文字を吐き出すとともに、勇香の全身は満を持して凍り付いた。


「歓迎も兼ねて、ね。丁度他のメンバーもいる頃だし」

「メンバーって、生徒会の……?」

「えぇそうよ。どうかしら?急いでるんだったら無理強いはしないけど」

「え、えぇと……」


 おそらく、その生徒会室には他にも愛華のようなオーラを放つ生徒会役員がいるのであろう。断りたい。首を横に振ってこの場から早く立ち去りたい。だが、思うように身体が動かない。自分の感情を、身体が拒絶しているのだ。何もできず一連の光景をただ眺めることしかできなかった勇香に、愛華の頼みを断るなど不可能だった。

 

(で、でも、さっきアリスさんが時間が押してるって……それなら断ってくれるはず……!!)


「よし!予定変更!生徒会室へれっつごー!」

「え、えぇ!?さっき予定が押してるって……というかお昼ご飯は!?」

「せっかくのかいちょー直々の誘いなんだからまた後で、もう夕方でいいよ」

「それはもう、夕ご飯では……?」


 ガタガタと震えた声で放たれた小さなツッコミもアリスの耳に届くことはなく、愛華はアリスとガチガチに固まる勇香を通り抜け、振り向きざまに薄紅色の唇を開く。


「そんなに緊張しなくていいのよ?生徒会の役員はみんな優しい子たちばっかりなんだから」


 どうやら、緊張を感じ取られていたようだ。オフィーリアにも指摘されたことから察するに、自分は緊張すると顔に出やすいタイプなのか。いや、そんなことを考えている暇はないと、勇香は仏頂面で、ついてきてと呼びかける愛華を追った。


「せ、生徒会長!!」

「いつみても美人……!!」

「こんなところで出会えるなんて……」


「あの、会長」

「二年の工藤さんよね、どうしたの?」

「今度生徒会室に伺ってもよろしいですか?ちょっと相談させてもらいたいことが……」

「えぇいいわよ。いつでもいらっしゃいな」

「あ、ありがとうございます……!!」


 時刻は一五時、学校は休憩時間になったようで、廊下にはちらほらと生徒の姿が見受けられる。そこを通り抜ける度に、前を歩く愛華に黄色い歓声が鳴り響く。

 愛華に声を掛ける生徒もいた。

 だが大抵は、愛華がその生徒に軽快な口調で言葉を返すと、生徒は頬を紅潮させて顔を俯かせてしまう。

 まるで、恋に落ちた時にする仕草のようだ……と、恋愛沙汰には一切無縁な勇香は一連の光景をそう俯瞰した。


 だが、これが椿川愛華という少女の人望の厚さを示している。

 はたして現実世界にこんな道行く先でキラキラと尊敬のまなざしを向けられ、恥ずかし気に話しかけられる生徒会長なんていただろうか。いや、少なくとも勇香の知る限りはいないだろう。


 よく漫画やアニメでは、生徒会長は権威が高く崇高な存在と誇張して描かれることが多いが、目の前の愛華はまさしくそう。

 万人と平等に接することのできる優しさは兼ね備えているものの、後を歩く勇香でさえ、畏れ多さに歩調を弱めてしまう。

 何より、肩身が狭すぎるのだ。

 注目の的である愛華の後を通るとなると、その余波が自分にまで伝播し奇怪な目を向けられてしまう。

 現に、勇香を眺める生徒たちから「あの子誰?」とか「あんな子うちに居たっけ?」といった声が聞こえてくる。

 その声には慣れているとはいえ、自分の背筋がサーっと寒くなってくる。


 しかし、アリスはもっと酷いようで、


「あ、まずい、アリス先輩だ……」

「ヤバイ逃げなきゃ」

「いやだ……もうあれをされるのはいやだ……」


「あの、アリスさん、普段どんなことしたら周りからあんな悲痛な叫びが聞こえてくるんですか?」

「え?アリスちゃんはいつもただ可愛い後輩を遠目から眺めてるだけだよ。それで、ちょーっといい感じの子がいたら話しかけるくらい。アリスちゃんの趣味の一環で、ね」


 やべーやつ。その発言で生徒たちから見たアリスの印象がなんとなく想像できる。恐らく、いたい気な後輩にお構えなしに絡んでは煽り散らかしてるのか。

 その瞬間、勇香は入学したらなるべく関わらないようにしよっと失礼極まりない決意を固めた。


「さぁ、こっちよ」


 愛華が振り向いて勇香たちを促す。

 その先には、何度も通った連絡棟へと続く廊下があった。

 しばらくそこを通ると、白いエレベーターが見えてくる。

 全く、このエレベーターが豪勢な廊下の景観を完全にぶち壊していると気づかないのか。もし学園に目安箱があるなら投げ込んでおきたいところだが、そんな行動力は勇香にはもちろん皆無なので心の中にそっとしまっておく。


 数舜の待ち時間の後、チンと音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。

 それを見て、勇香は愛華とアリスに続き硬くおもりのような足を一歩前進させようとするが、その直前で愛華の足がピタリと止まる。

 どうやら、エレベーターの中には人がいたようだ。

 その者は、未だに若さの残る初老の女。その女を見るなり、愛華とアリスはばっと頭を下げて、


「「委員長!」」


「愛華とアリスですか」


 女は、愛華とアリスを一見するなりそれだけを言い残して無言で去って行く。途中、まじまじと見つめる勇香に対し、女はギロリと鋭い視線を向けた。


「ひぃ……!」


 勇香はその女の視線に向けられたことで、無意識に喉の奥から声が漏れてしまう。

 が、特に何事もなく事態が収束して女は立ち去って行った。

 女がいなくなったことでガラ空きになったエレベーターに三人は乗ると、愛華が扉の近くに立って五階のボタンを押すと、チンと音が鳴って扉が閉まる。

 ガコンとわずかに揺れた後、ゆったりした速さでエレベーターが上昇するのを肌身で感じとると、勇香ははにかんでアリスに尋ねた。


「い、今の方は?」

「学園統括委員会って言ってね、この学園を運営する組織の委員長さんだよ」

「え!?私、その人に鋭い視線向けられたんですけど……」


「確かに、委員長はその見た目で怖がる人も多いけど、とても気品があって、学園をより良くしようと思ってる努力家よ。勇香もすぐに打ち解けると思うわ」

「そ、そうですかね……」


 というか学校見学を始めてから、所々で学園各所のトップに出くわすのは偶然なのだろうか。もしあらかじめ仕組まれたものなら、こんなことは直ちにやめてもらいたい。いざ会敵したときのドキドキ感がさながらお化け屋敷でお化けに遭遇した時を連想させるのだ。もちろん、勇香はお化け屋敷など微塵も足を踏み入れたことはないが。


(あぁ、早く学園都市街に行きたい、ご飯食べたい、ゲームしたい、寝たい……)


「勇香ちゃんからただならぬ欲求たちが噴出していくのが見える……!」

「え?」

「だって今の勇香ちゃんすっごくしんどそうなんだもん」

「い、いやそういうわけでは……」


 と言いつつも、朝からアリスに振り回されるように学園の様々な施設に休みなく連れていかれ、最後にたどり着いた食堂でもなぜか昼食も摂らずに学長室へ特攻。学長室ではオフィーリアの口から胃がもたれるような話をさんざん聞かされ、といったなかなかのハードスケジュールの中で、今の勇香の気分はさながら休み時間なしに四時間連続で日本史の授業を受けた気分だった。

 そんな勇香の気持ちを感じ取った愛華は、苦笑交じりに勇香に話しかける。


「たくさん見て回ったから疲れちゃったのね。嫌なら明日でもいいけど……」

「いやいやいや!大丈夫ですよ!生徒会室行きましょう!」


 勇香は流石に誘ってくれた愛華に失礼だからと、顔と手を横にブンブン振って何とか自分は平気だと伝えようとする。だが、顔は正直だったようで、


「その割には顔が嫌がってるけど……」

「アリスさん!!」


 したり顔のアリスに指摘された勇香が慌ててアリスの声を自分の甲高い声音で遮ると、今度は愛華が本当に心配そうな顔で勇香を見つめてくる。


「本当に無理しない方が……」

「すみません、私他人(ひと)より体力がないだけですから、気にしなくていいですよ」

「本当に?」


 遠慮して自分は大丈夫だと誇張する勇香に、愛華はその美しい容貌を不安げに傾け、勇香に再三問いかける。その仕草に、勇香の頬は再び紅潮してしまい、


「ほ、本当です!」

「それならいいんだけど……一応、今日は生徒会役員の紹介だけにとどめておくね。あ、ついたわよ」


 と、エレベーターが再びチンという機械音を鳴らしたと同時に扉が開き、白塗りの無機質な廊下が姿を現す。学長室のある七階は、エレベーターのすぐ前にそこへ通じる大扉があったが、この階は先の見えない奥まで廊下が続いている。もう中世の雰囲気の欠片もない白き空間に順応してしまった勇香は、特に愚痴を漏らすことなく愛華の後に続いてエレベーターを出た。

 その後、カツカツと音を立てながら純白の道を突き進むと、目の前に生徒会室と掲げられた茶色い木の扉が見えてきた。


「さ、ここが生徒会室よ」


 愛華の言葉に、勇香は図らずとも息をぐっと飲みこむ。学園長ほどではないが、学園の生徒たちのトップである生徒会の拠点に足を踏み入れるのだ。当然、緊張はするだろう。それに加えて愛華が話していた通り、この扉を抜けた先には生徒会の面々が息を潜めているのだ。どんな人たちなのだろう。やはり愛華と同じく威厳のある才色兼備な人物たちなのだろうか。そんな考えが、勇香の緊張感を更に引き立てる。


「勇香ちゃん、学長室に入る時と同じような表情だよ」


 後ろからアリスがそう言葉を投げかけてくる。

 だが、返事を返せるほどの余裕を持ったメンタルでないことは、勇香から流れ出る汗の量が物語っている。

 この世界は現実であるが、勇香の知る現実世界ではない。まるで、アニメや漫画の物語に入ったような世界。そこにいる生徒会長や学長も、皆格式高い才女ばかりだ。

 少なくともアリスのように自由奔放で息をするように他人を煽り散らす半端者は、この扉の先には存在しないだろう。

 だとすれば、一刻も早く己もこの世界に溶け込むために、ここは通り抜けなければならない関門である。

 もう惨めな自分ではいられない。気張らないと、立派にならないと、勇香はぎゅっと自らの拳を握る。


「な、なんか顔が怖いわよ?そんなに緊張することないのに……」

「大丈夫大丈夫!勇香ちゃんっていつもこうだから!大方、勇香ちゃんの生徒会へのイメージが途方もなく高いんだろうね~」

「そ、そうなの……じゃあちょっと期待外れって思われそうね」


 なんだか愛華とアリスが会話を交わしているが、それを耳に入れる暇はない。

 その間にも、愛華が取っ手を握って扉を引くと、ギシギシと鈍い音が鳴り扉が開いていく。勇香は緊張で一瞬だけ目を瞑ってしまう。だがその直後、


「ぜったい〇いど!!!」


「……!!!」


 突如聞こえて来た耳をつんざくような叫声に驚きつつも、勇香は少しずつ目を開けて視界に入り込む光を強め、生徒会室の景色を凝視する。そこには、


「はい七連勝ー」

「また、負けた……」

「ふふふっ、惨敗じゃないですかー」

「もう一戦!もう一戦だけ!!」


 学長室と同じようなガラス張りの広々とした生徒会室の中では、応接用のソファで見慣れた携帯ゲーム機を手に、これまた見慣れたモンスター捕獲&育成ゲームに勤しんでいる少女二人。

 一人は薄灰色の髪を右側頭部に纏めたボーイッシュな少女。そしてもう一人は、ストロベリーブレンドの髪を肩まで伸ばした物静か気な少女だ。

 さらに、生徒会長の席と思われる奥のデスク前には、遠目から見ても分かるほど目つきの鋭い水色の長髪の少女が、デスク上の書類を一枚一枚整理している姿が。

 その少女は、生徒会室に入ってきた愛華を見るなり一礼し、


「会長……お疲れ様です……」

「あ、会長こんちわっすー」


「おかえりなさい会長」


 水色の髪の少女に続いて、ソファでゲームをしていた少女二人が愛華に気付き礼をする。それを見計らい、愛華は放心状態の勇香に高らかに言い放った。


「紹介するわ。彼女たちこそ、私立勇者養成学園第202期生徒会の面々よ」


 勇香はしばらく固まったままだった。


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