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姉弟の再会

 シルフォン家のタウンハウスへ、一台の馬車が入っていく。車中では金の髪に菫色の瞳をした麗しい青年姿が、窓の外を眺めている。


 もうすぐ一年ぶりに姉のコレットとの再会を果たす。嬉しさにアンリの口元は綻ぶ。

 騎士団に入り寄宿舎生活になってから、姉と幾度も手紙を交わした。

 手紙には、毎回ドレスのサイズがいくつ変わったかが詳細に綴られていた。何度も報告したくなるほど嬉しいのだろうと、自分のことのように喜んだ。


「姉さんに会えるのが楽しみだ。果たしてどれだけ痩せられたのやら」


 それでもきっと、自分のほうが何倍も変わっただろうと、アンリは確信していた。最近はしなやかな筋肉をつける特別メニューまで取り入れている。腹筋が六つに割れ、肩と胸周りにかけて厚みもでてきたのだ。


「まぁ、軍の筋肉野郎は大胸筋が動くほど鍛えている奴もいるから、僕の変化くらい可愛いものだけどね」


 上には上がいる。婚約破棄されて騎士団へ入所し、アンリは今まで知りえなかった世界を体験することになった。傷心でつらい日々も過ぎ去り、今ではこの生活を非常に気に入っている。

 邸の前に停車した馬車からおりて、出迎えてくれた執事に挨拶をしていると、エントランスに見知らぬ女性が笑みを浮かべて立っていた。


(金髪に紫の瞳。なら親戚の誰かかな。この年齢の女性は――いたかな?)


 不思議に思いながらも、アンリは目の前の女性に挨拶をした。


「はじめまして。失礼ですが、お名前を伺っても?」

「――え、ええ。はじめまして……」


 相手も笑みを浮かべてはいるが、アンリが誰か分からないといった風である。


「――アンリ?」

「……ねえさん?」


 感動の再会は、けれど長い沈黙と困惑の入り混じる重たい空気に包まれている。

 互いが互いを認識したというのに、ふたりは目の前の相手が自分の姉弟であることを受け入れられないでいた。


「コレット様、アンリ様。まずは邸へお入りください。お茶でも淹れましょう」

 シルフォン家に長年仕えるベテラン執事も、アンリの変貌に言葉を失っていたのだが、この場でいち早く意識を取り戻し、主たちを案内する。

 サロンで会話をしてみたものの、やはり姉弟はお互いの変化を受け入れられない。始終よそよそしくしたあとは、準備のために各々の自室へと戻っていった。


 夜、コレットとアンリは真新しい正装に身を包み、エントランスで相まみえる。これから一緒に晩餐会へ出掛けるというのに、ふたりとも相手の変身ぶりに再び言葉を失っているようだ。


「こんなに美しい男性が、自分の弟だなんて信じられないわ」

「僕だって、こんなに美しい女性が姉だなんて、まだ受け入れられない」


 言葉だけ聞けば禁断の愛へと発展しそうだが、互いの顔はまるで未知の生物(クリーチャー)にでも遭遇したかのように(しか)められていた。


「――このままだと遅刻してしまう。とりあえず出発しようか、姉さん」


 アンリに差し出された腕につかまり、コレットは馬車へと乗り込んだ。

 車中で向かい合うように座り、どこかにある懐かしい特徴のようなものを見出して親しみを感じようとした。多少のぎこちなさはあったものの、会話は徐々に弾んでいく。


「ねぇ、アンリによくしてくださった方のお話を聞かせてちょうだい」


 弟がお世話になり、今日の晩餐会の招待主だ。

 姉として同伴するなら、ちゃんと知ってお礼を伝えなければならないだろう。


「うん。手紙には書きづらかったんだけど、実は――」

 話によると、フランシスは入隊直後、周囲から遠巻きに距離を置かれ、組手の相手が得られないアンリにいつも声を掛けてくれたそうだ。鍛錬の内容によっては、フランシスにとって、役に立たないものもあったはずなのに、笑って付き合ってくれたのだという。


「隊長は部下を鍛えるのも仕事のうちだからといって、特別指導までしてくれたんだ。本当に感謝しているし、尊敬している」


 フランシスの鍛錬にならないことが申し訳なくて辞退を申し出れば、早く相手になれるよう成長してくれといわれた。


「隊長に認めてほしくて頑張れたと思っている。僕はとても人に恵まれたよ」

 アンリが成長すると、周囲の態度も徐々に軟化していった。そのことを話すアンリの表情と声に、大変さと嬉しさが入り混じり、聞いているコレットの目頭が熱くなる。


「素晴らしい人ね。私も会って感謝を伝えたいわ」

 庭先で婚約破棄されたあの日、コレットは物陰で一部始終を聞いているだけだった。間に入ることもなく傍観してしまった。


(ちっとも役に立たない姉でアンリに悪いことをしたわ。その分、今日はフランシス様にお礼を伝えましょう)


 きっと優しい方に違いないから、会えるのが待ち遠しくなった。


「そういえば、ジルベールさんにはもう会ったの?」

 アンリは、自分の話ばかりではなくコレットの話も聞きたいと思った。将来の義兄は実弟ですら受け入れられなかった変貌を、どうリアクションしたのだろうか。


「まだお会いできていないの。私も楽しみで仕方ないのよ」

「感動して勢いでプロポーズでもされるんじゃないかな」

「もう、からかわないでちょうだい」


 美しい婚約者を取られたくなければ、さっさと結婚するに限る。そう思わせるほどの威力はありそうだ。アンリは割と本気でプロポーズの可能性があると考えていた。


「今年は結婚が増えると思うよ。第一王女のアガット殿下が隣国の王子と婚約成立して結婚の日取りまで決まったそうだから。さらに十四歳になった第二王女殿下がアマンド国の留学から戻られて婚約者選定に入る話もでている。ロイヤルウェディングにあやかって、入籍する人がちらほらでているって噂だよ」

「おめでたい話よね。シーズン中はきっとその話題でもちきりね!」


 会場に向かうあいだ、姉弟の会話は始終途切れることなく盛り上がった。おかげで再会当初の戸惑いは消えて、仲のよいシルフォン姉弟の姿が戻ったのだった。


 ****


 ジェラト公爵家の晩餐会会場。

「やぁフランシス、景気はいかが?」

 明るいトーンに軽快な口調で、ルカ・ティライスが声を掛ける。

「ルカ、一応公式な場だからな。ちゃんとしておけよ。でないと――」

 でないと、またアイツと揉めるぞ、とフランシスは馴染みの男に忠告をしようとした。

「その軽薄な男に注意など無意味なことだ。――招待していただき感謝する」

 後方に立っていたらしいランベルト・モンテビアは、礼儀正しい挨拶をした。

「ああ、一緒に来たのか。――大丈夫だったか?」

 フランシスは思わず道中を心配した。ルカとランベルトのソリが合わないことは、当人たちと周囲の者のあいだでは、周知の事実なのだ。


「大変だったよ。いつも通りな感じでね。――招待ありがとう、フランシス」

「ノエルも一緒だったなら問題ないな。よく来てくれた」

「僕の話聞いてた? 大変だったっていったろう」


 水と油に挟まれて仲裁をさせられたのだ。ノエルはヤレヤレと首を横にふっている。


「ははは、さてと、今日はその、まぁ適当に楽しんでいってくれ」


 歓迎の言葉には、歯切れの悪い雰囲気があった。

「楽しめといわれてもな。そういう状況ではないだろう」

「いつも通りにすれば問題ないさ、ランベルト」


 機嫌の悪いランベルトに、ノエルがさりげなくフォローを入れる。


「気にしたところで、仕方ないともいえますね」

 わざとらしく、ルカが肩をすくめてみせた。


 華やかな場にそぐわない不満げな態度ばかりだ。それも理由を知れば納得がいく。

 先だって隣国へ嫁ぐことの決まった第一王女は、本来トルテ国の女王になるはずだった。

 その隣に立つ者――王配候補に、この四人は王家から指名を受けていたのだ。

 第一王女の心変わりにより、四大公爵令息たちは、ある日突然『王配の予定を白紙』にされたのである。

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