あこがれの可憐なドレスにランジェリー！
舞踏会シーズン開幕まで残り半月となり、コレットは領地に別れを告げて王都のタウンハウスへと戻ってきていた。
コレットの帰宅を待ち構えていたのは、友人のショコル子爵令嬢カロリーヌである。
痩せた姿を一目みて、頬を引き攣らせた。
「もはや別人過ぎて、言葉もないわね」
「ありがとう。カロリーヌとは二ヶ月前に会ったきりよね。そこからさらに変わったかしら？ 毎日みていると変化がわからなくて」
「嘘ばっかり！ 服のサイズでわかるでしょうに。で、今はどのサイズの既製品を着ているの？」
服のサイズを伝えると、カロリーヌは膝から崩れ落ちた。
「想像以上に痩せてるじゃない。――お直しが大変だわ！ こんなことしている場合じゃないわね。すぐに採寸と試着をしましょう」
去年までのコレットは、体型に似合うドレス選びのすべてを彼女に頼っていた。
カロリーヌの母親は、交易盛んな西のティライス領でも数本の指に入る大商家の出身。コレットは、安価で良質な布地を融通してもらい、カロリーヌのデザインとセンスに助けられて、見栄えのするドレスを仕立ててもらっていたのである。
今年はガッツリ痩せたサイズで、上から下まで一式すべてを注文していた。
「お直し前提の注文を受けたから構わないけど。それにしても頑張ったわね。おめでとう！」
「ありがとう。最後の一ヶ月は周囲が止めるのを振り切って、自分を追い込んだのよ！」
アンリに頼まれた晩餐会に参加を決めた日、コレットはいよいよ目前に迫ったジルベールへのお披露目と、婚約者の驚き喜ぶ顔を思い浮かべた。愛ゆえに、どこまでもストイックになれたのだ。
「これはランジェリーもコルセットもガードルも、なにもかもチェックしないといけないわね」
「まぁ！ そこから変わるのね」
「コレット憧れの、レースにフリルの可憐なデザインから選べるわよ」
「まぁ！ 嬉しいわぁ」
華奢で繊細なランジェリーに、コレットの心は舞い上がった。
痩せる前は、イブニングドレスに普段着用のワンピース、部屋着用のシュミーズドレスにいたるまでが特別サイズだった。それらは通常サイズの数倍の布地を使うため、どれも値段は跳ね上がり、一着の価格帯が相場の倍以上の金額になっていた。
少しでもコストダウンを図るため、ドレス以外は装飾を抑えて節約していた。ただ、残念ながらそれすらも焼け石に水ではあったが。
特にランジェリー類は装飾を一切なくし、代わりに豊満な全身を支えてボディラインを整えてくれる、機能性重視にしてもらっていた。
そんな彼女にとって、カラフルで繊細なレースやフリルで飾られた美しいランジェリーと、流行を取り入れたドレスは、夢にまでみた代物なのだ。
カロリーヌは、手慣れた様子でコレットの体を採寸していく。
「どこもかしこも全然合わない!? あと半月でお直しが間に合うかしら」
「今度の晩餐会用に一着だけ、先に仕立ててほしいの」
「承りました」
仕事を請け負う職業婦人の口調に切り替わった。カロリーヌはドレスにまち針を留めながら、慣れた手つきでお直しの印をつけていく。
すべてをサイズチェックし終わるころには、日が傾きはじめていた。
「ふぅ。これでなんとか持ち帰りの作業に入れるわ。コレットもよく頑張ったわね！」
「無理を聞いてもらっているのはこちらだもの。あと、運動で痩せたおかげで体力がついたみたい。ちっとも疲れを感じていないの！」
体力以外にも、素敵な衣装たちに興奮したせいで疲労を感じなくなっているようだ。
「前も今もデザインしがいのある体型で、私もついつい興奮したわ。いつかコレットのウエディングドレスも私に作らせてほしいわね」
「まぁ、素敵ね！ 喜んで予約するわ」
「日取が決まってから、予約してよ」
「そうね。でももう十七歳だし。ジルベール様もこの姿をみたら、きっと喜んで決めてくれると思うの」
領地で減量に励むあいだ、ワンピースのサイズが変わるたびに、コレットは次に会う日のことを想像しては、何度も身悶えた。
（落ち着いた人だから驚いたらどんな顔をするのかしら？ 照れたりしてくれるかしら？ 褒めてくれるかしら！）
愛する人の喜ぶ顔が、つらいダイエットの日々に生彩を与えてくれた。
「こんなに愛されて、コレットのパートナーは幸せ者ね」
うらやましいと零したカロリーヌに婚約者はいない。貴族との縁談を探しているが中々成立しないようだ。その理由は、カロリーヌが母親のように職業婦人を望んでいるからであり、焦らず気長に探すのだと構えているのが彼女らしかった。
「ちなみに、このコルセットは、あなたの体を支えるために私が研究を重ねて開発した特別仕様なの。ウェストは春の女神のごとく絞られるから、期待していいわよ」
バチッとウィンクするカロリーヌは、頼れるドレス＆ランジェリーアドバイザーの自信に満ちあふれていた。彼女に任せれば、なにも心配はいらない。
「今年は特別な舞踏会シーズンになりそうで、嬉しいわ」
持ち込まれたドレスとランジェリーは、魔法でもかかっているかのようにキラキラと輝いている。
これを身に着けて舞踏会へ参加する姿と、久方ぶりに会うジルベールへの期待で、コレットの胸はいっぱいになっていた。
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