サクランボにキスの話はいかが?(3)
「わ、笑わないでくださひね」
そう前置きしたあと、コレットはゆっくりと事実を伝えた。
「友人のカロリーヌからサクランボをたくさん頂いて一緒に食べたんれす。それで、そのときに茎の話をしたんでふ」
一見すると無関係にもとれる話を、おどおどした様子で語る。
(友人? サクランボ? 一体どういう関係があるというんだ……)
困惑したフランシスだったが、真相を知ろうと懸命に耳を傾けていた。
「茎を、結べると、いいんじゃないかという話がありましたの」
「……はぁ」
「で、たくさん練習したら、舌先を痛めてしまいまひて」
「舌先……?」
「食べたり喋ったりすると、痛みがはしってしまって……っ!」
痛みに驚いて、思わず口元に手を当てる。
でもこれで、ピリリと痛む舌先のせいで、たどたどしい口調になったと伝わっただろうか。
「茎を、口内で結んだという話であっていますか?」
コクリと、コレットは頷く。
「何度も挑戦したせいで、舌先を傷つけた、と?」
伝わっている嬉しさに、何度も頷いてみせた。
「事情は理解しました。――ですが、なぜ、そのような行為をしたのです?」
(つ、伝わったけど、伝わっていないわ――!!)
サクランボの茎を舌先で丸めるとキスが上手いという話は、コレットの周辺だけに流行った噂なのだろうか。
もしそうなら、とんでもなく恥ずかしい状況だ。
「あ、あの。サクランボの茎を舌先で丸められたら、上手いっていう噂はご存じありませんの?」
「なんの話ですか?」
ただでさえ、コレットはおっとり、うっかり、ぼんやりなところを残念がられるのに。
(どうしましょう!? くだらないことで怪我をしたと呆れられてしまうかも)
「き、キスがうまくなるって、学生時代に聞いたことがあって……」
「…………あ!」
思い出した様子のフランシスに、コレットがぱっと晴れやかな顔になる。
「ご存じでしたか?」
「ええ。――聞いたことは、ありますね」
通じ合えたはずなのに、フランシスはふいに視線をそらしてしまった。
(え、伝わったのに、やっぱり呆れられてしまったの!?)
上手いほうがいいと思っただけなのに、悪印象をもたれてしまったなんてショックである。
どうにか挽回したい一身で思わず叫んでいた。
「で、でも、キスは上手なほうが、いいですよね!?」
「っ!」
思いのほか大きな声がでたようだ。
問われたフランシスはといえば、答えに窮している。
サクランボの茎を舌先で丸められたとて、キスが上手いという保証はどこにもない。
そういう噂があるだけだ。
学業も武術も、フランシスならば実践が一番有効だという答えに辿り着くのが普通だった。
そうなると上手いというのは実践を積み重ねた結果だといえるわけで。
愛する人との最初のキスが「上手い」と感じて嬉しいかと問われたのなら、答えはノーである。
どこの誰と、一体どんな経験を積んだのか、と疑心暗鬼になるに決まっているだろう。
「……。そう、ですね」
ならば違うといえばいいのだろうか。
下手でもいい、という言葉を、努力を積み重ねている相手に掛けるのも気が引ける。
頑張る人は応援してあげたい、というのが人の心というもだ。
「私は……」
不安げに見上げてくる愛する人が、空回りをしているのは理解した。
好かれようと努力をしたかったのだろう。その目標がアレだっただけで。
本人もそのことに気付いたようで、涙目で震えているではないか。
「私は、上手いとか下手とかではなくて、――あなたがいい」
好かれるために怪我までした。そんなことをしなくてもいいのだと伝えたい。
ただ真っ直ぐに向けられた愛情の形を、否定するのも躊躇われた。
曖昧な約束しかできないフランシスは後ろめたくもあり、励まされるものでもあったから。
「あなたであれば、それだけでいいんです」
大切な人の頬に、触れるか触れないかのキスをした。
白い肌を赤く染めて照れる姿に、安堵する。
好かれている、想われている。なら、今はそれでいい。
「怪我をするような無茶は、控えてください」
「こ、この程度でしたら、数日で治りますから」
「私の宝物なので、怪我はしてほしくない」
「た、たからもの……」
途中から、コレットの視線は下にばかりいってしまった。
気を付けます、と小さく頷くのがやっとなほど照れてしまったのである。
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