サクランボにキスの話はいかが?(1)
とにかくあまい話が書きたくてトライしてみました!
「お邪魔するわ。よかったら食べてちょうだい」
ドレス制作の修羅場を乗り切ったカロリーヌが、手土産片手にシルフォン邸へと立ち寄った。
手提げ籠いっぱいの艶めくサクランボを渡されて、コレットの菫色の瞳が、星を宿したようにきらめいている。
「美味しそうね!」
「ちょうど食べ頃なのよ。そのまま楽しんで残りはお菓子につかってくれればいいわ」
「いいの!?」
「――コレットが食べていいとは、いってないわよ?」
籠を掲げて浮かれていたコレットのテンションは、急降下した。
「差し入れのお菓子にでも使ってっていったの。――すぐに自分が食べようとするんだから」
「少しくらいなら大丈夫よ」
「それが原因でサイズアウトするのよ。春ドレスの仮縫い合わせで気付いてたんだからね!」
なにもいわれなかったからバレていないと思っていたのに。
注意し飽きたカロリーヌが、見て見ぬふりをしただけだったのだ。
(ううっ。だって苺ジャムが美味しくて、つい)
スコーンに塗って、サンドイッチに挟んで、クラッカーにのせて食べた。
イチゴジャムはバターやクリームチーズと一緒にいただくと、美味である。
「別にサクランボでいただけばいいでしょ」
「……」
「返事は?」
「……はい」
いつもの流れで押し切られたコレットは、サクランボとフルーツティでカロリーヌをもてなした。
久しぶりにふたりきりなせいか、めずらしくコレットの話がとまらない。
そのうちに、話題は皿に盛られたサクランボへと向けられた。
「そういえば、サクランボの茎を結べるとキスがうまいって話。昔あったわよね」
「あ~、学生時代に流行ってたわね。――ほら」
恥じらうことなくカロリーヌが口から舌を覗かせた。くるりと輪になった茎が乗っている。
「す、すごいわ、カロリーヌ!」
「自分でいうのもなんだけど、割と器用なのよね」
「私も、やってみる。――っ。~~!?」
口の中で縦横無尽に茎が転がって終了である。うっかり飲み込みそうになり咽た。
「ちょっと、コレット。大丈夫?」
「だ、だいひょうぶじゃ、ない」
「とりあえず、茎をだしなさい。ほら、ぺってして」
差しだされたハンカチを受け取って、コレットは口から茎を吐きだした。
まっすぐのままである。
「カロリーヌばかりできて、ずるいわ」
「ずるいって。別にできなくてもいいじゃない」
「――どうせなら、上手いほうが、いいと思わない?」
「――そうかも?」
色恋の話では、カロリーヌのいつもの勢いは消えてしまう。
興味があまりないうえに相手もいないので、明確な答えをもっていないようだ。
曖昧な反応に、コレットはますます考え込んでいった。
(そりゃ、男性側がリードするものだけど。でも、――下手よりも、上手いほうがいいに決まっているわよ。きっと!)
めずらしくも、コレットは悩まずに答えを選んだようだ。
****
「ふぅ」
「大丈夫ですか、コレット様」
口元に手を当てて神妙な面持ちの主を、ミアは気遣った。
「だめ、痛くて、うまくしゃべれないわ」
「ですが、カロリーヌ様より次回のドレス合わせまでに体型を戻すよういわれています」
「……」
「宮廷植物園でウォーキングするなら、先に騎士団へ差し入れにいきませんと」
わかっている。けれど、舌先がヒリヒリと痛むのだ。
(ムキになってサクランボの茎を丸めていたせいね。つらいわ……)
上手くなりたい。
ただそれだけを心に掲げて真摯に取り組んだ結果、舌先を痛めてしまった。
治るまでは普段の食事すら、いつも通りには食べられない。
熱いスープはヒリヒリするし、固形物は油断すると激痛が走る。
「ウォーキングしなくても、痩せる気がする」
食べられないから、ほっといたって痩せるというコレットの主張に、ミアは目を細めた。
「嘆きながら、普段通りの量を完食していましたよ」
「そうなの!?」
全然食べていないと思っていたのに、がっかりだ。
しょぼくれたコレットは、いつも通りに騎士団の受付へと差し入れを届けるため馬車から降りた。
受付係の声掛けで、フランシスは稽古を切り上げると、差し入れにきたコレットへ会いに出向いた。
「こんにちは、コレット。わざわざ差し入れをありがとうございます」
「サクランボをいただきましたので、クラフティを焼きましたの」
シルフォン家自慢のシェフが焼いてくれた一品。
どこにだしても絶賛されるであろう差し入れを渡して、コレットはにっこりと微笑んだ。
「騎士団で召し上がってください。――それでは、失礼します」
「もう、行かれるのですか?」
いつもなら、もう少しだけとふたりが話しこみ、痺れをきらしたアンリがフランシスを迎えにくる流れなのだ。
普段と違う運びに、フランシスが首を傾げている。
「今日は、久しぶりにウォーキングをしようと思っていますの」
もちろん舌が痛いから、おしゃべりは切り上げたい、というのもある。
「では、宮廷植物園まで送りましょう」
断腸の思いで別れを告げたのに、フランシスには伝わらなかった。
「み、ミアがいますから――」
「もう少し一緒にいたいのですが、迷惑でしたか?」
(そんな風にいわれたら、――断れないです!)
「では、お願いします」
寂しそうな顔が、晴れやかな笑顔に変わる。
舌が痛いというだけで逢瀬を切り上げようとしたことを、コレットはちょっとだけ反省をした。
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