波乱のお披露目会(6)
体が放りだされたコレットは、廊下の端に倒れ込んでいた。
鈍い音に呻き声が聞こえた気はしたが、転倒による衝撃でそれどころではない。
固く瞑った目をゆっくりと開ける。少し先に人が倒れているのが、ぼんやりとみえた。
「大丈夫か、コレット」
見上げると、髪を少し乱して肩で息をしているフランシスがいた。
「……」
「怪我はないか? どこか痛むところは?」
抱きおこされて、コレットは自分が助かったことを徐々に理解していく。先ほどの恐怖がぶり返してカタカタと体が震えだした。
「もう大丈夫だ、安心していい。なにがあっても守るから」
安堵したコレットの目から、涙がひと粒こぼれおちた。
「あの、わたし、フランシス様に、お手紙のお返事を」
「そんなものは後でいい。落ち着いて休める場所へ移動しよう」
「い、いま、すぐ、お伝えしないと――」
震えていて、うまく喋ることができない。
でも、ミアとカロリーヌに約束をしたのだ。手紙を渡して気持ちをちゃんと伝えると。
レティシアの側にいるために、答えをだして、終わりにするのだと決心したから。
手紙は先ほどの騒動で折れ曲がってしまい、渡せる状態ではなかった。
髪も乱れて、ドレスも染みで汚れてしまっている。どこもかしこも残念で涙がぽたりと落ちた。
「ダメですね。私は本当に昔から、どんくさくて――」
おっとりした性格は、どうにか普通を装えるようになっただけで、大事な場面ではいつもこうだ。
足は竦むし、気の利いた答えは返せない。抜けている性格は、周囲の嘲笑の的だと知っている。
沈むコレットの肩を、フランシスが抱き寄せた。
「そんなことはないよ。あなたは優しくて素敵な女性だ」
優しさは沈んだ心によく染みる。涙が止まらなくなってしまった。
「これは、どういうことですか?」
通路の入り口にレティシアが立っていた。逆光で表情は読み取れない。
「っ!――レティシア様」
「コレットお姉さま、どうされたのですか? 向こうには人も倒れていますし。フランシスはなにをしているのですか?」
心配と困惑の入り混じった声は、脳裏に果たすべき使命を思い出させた。
慌てて胸を押し除けようとしたのに、なぜかちっとも離れることができない。
「こ、これは、その」
「コレットお姉さまが途中で退出してしまって心配してきたのですけど、お邪魔でしたか?」
「ち、違います! むしろ私のほうが邪魔なはずで――」
ダンスの途中で会場を抜けだしたから、レティシアの挨拶は聞けていない。もし仮にフランシスとの婚約発表があったなら、今の状況はとんでもなくまずい。
(婚約者のいる男性に抱きつくなんて!)
これではフルールと同じではないか。先ほどから力いっぱいフランシスを押しているが、びくともしない。コレットは余計に取り乱していった。
「申し訳ございません。レティシア様」
「コレットお姉さま?」
尋常でないコレットの慌てぶりに、レティシアの表情は険しくなっていく。
「そんなつもりはなくてですね。今日はお断りをするつもりで――」
「フランシス、コレットお姉さまから離れてください」
「その命令は受けかねます。殿下」
(どうして断ってしまうのよ!?)
心のなかで絶叫していた。
「わたくしのお願いは聞き入れられないというのですか?」
険悪な雰囲気に、これはマズいと思いったコレットは説得の言葉を捻りだす。
「ふ、フランシス様は、王配候補のお役目をいただいているのですよね?」
「――ええ、一応は」
「レティシア様がフランシス様をパートナーに選ばれた、のですよね?」
「そうしなさいとお母様が勧めてきましたので、そうしました」
なら、周囲はふたりを応援しているのだろう。お邪魔虫が誰なのかは明白である。
「レティシア様は、フランシス様と婚約される予定なのでしょうか?」
問われたレティシアが、信じられないという顔をした。
「どうして、みんな、そんなこというのよ!」
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