波乱のお披露目会(5)
ドレスの裾についたワインの染みを落とすために、コレットは休憩室へと急いでいた。
(ああ、どうしましょう。まだなにも終わっていないのに、こんなことになるなんて)
すでに頭はワインの染みをなんとかすることでいっぱいだった。こういうとき、カロリーヌが側にいてくれればコレットを落ち着かせ、どこからか染み取りセットをだして対処してくれるのだが、彼女は体調不良により戦線離脱中である。
角をいくつか曲がって部屋をみつけたとき、ふいに手を引っ張られて別の通路へと引き込まれた。
悲鳴を上げて抵抗しなかったのは、相手がジルベールだと直ぐに分かったからだ。
「じ、ジルベール様、一体どちらに行くのですか?」
「話がしたいんだ。ふたりだけでね」
「あとにしてください。ドレスの染みを落とさないと!」
「ドレスなんて、また買いなおせばいいだろう」
カロリーヌが体調を崩してまで仕上げてくれたドレスである。
レティシアが三人お揃いで着るのを楽しみにしていたドレスだ。
このあとフランシスと話をしたいのに、これでは人前にでることすら憚られる。
「大切なドレスなのです。それにまだ会場に戻らねばなりませんから」
ファーストダンスの感想をレティシアに伝えてあげたい。
体調を悪くしたカロリーヌの様子だって、見舞いにいってあげたい。
用意した手紙も、渡しに行くと決めている。
「手を放してください。もう婚約解消したのですよ!」
力に任せて腕をふり、掴まれていた手を振りほどいた。
「婚約解消は互いに本意ではないだろう? だって七年だ。七年も一緒にいたのに、簡単に割り切れるわけがない。そんなに簡単に俺たちの思い出はなくならないはずだ!」
簡単ではなかった。乗り越えるために、コレットだって随分苦労した。
「私は、ちゃんと乗り越えました。――割り切れていないのはジルベール様だけです」
「ありえないだろう。ちゃんと話し合おう。きっと思い出せるはずだ」
「フルール様はどうされるのですか。婚約したと聞いています!」
醜聞を含んだ過去など一切合切思い出したくないし、関わりたくない気持ちが強い。
「コレット、俺たちは一度婚約解消してしまったから、互いに協力しないと成就できないんだ。頼むから話を聞いてくれ」
「気持ちがないなら、婚約などするはずがありません」
「嫉妬してくれたんだね。大丈夫、今でも俺はコレットを愛しているよ」
気持ちが悪いと思った。それに発言の内容が理解できない。思わず一歩後ずさる。
ジルベールの熱に浮かされた瞳は、瞳孔の開ききった異様な状態にしかみえない。
優しく伸ばされる手は、掴まれたらどこに連れていかれるかわからないという恐怖を与える。
彼の期待には応えられないのに、応えること以外を許容しない雰囲気と、なにをいっても通じない会話が、絶望感を増幅させていく。
「ごめんなさい、ジルベール様。……もう無理です」
徹底的な拒絶以外、とるべき態度が見当たらなかった。
「コレット、君は勘違いをしているんだ。大丈夫、俺たちの道は険しいけど、方法はある」
足がすくんで動けず、両手で体を庇って全身で拒絶を示した。
「無理です」
「大丈夫だよ。既成事実ができてしまえば誰もが仕方ないと認めてくれるさ」
「っ!」
ジルベールへの恋慕は残っていない。それでも七年間一緒に過ごしたときの優しい人柄や思慮深い印象が残っていた。多少乱暴な行動をとっていても、身内へ向ける安心感のまま接していたのだ。
それが災いした。
目の前に立つ人は、もはやコレットの知っているジルベールではない。
ようやくその結論に至ったコレットは、身をひるがえして走りだす。
女性の足と男性の足ではすぐに追いつかれてしまうだろうが、逃げ出さずにはいられなかった。
肩を掴まれ、腕を握られ、腰を掴まれる感覚に涙がにじむ。
「いや、離して! 誰かっ」
「誰もこないよ。みんなお披露目会のフロアに集まっているからね」
耳元で囁かれて身の毛がよだつ。絶望で頭が真っ白になり体は硬直していた。
次の瞬間、体に衝撃が走り、大きな音があたりに鳴り響いた。
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