波乱のお披露目会(3)
「話がしたかったんだ。ずっと」
「――レティシア様のファーストダンスを拝見していますので、遠慮いたします」
どうして次から次へと邪魔が入るのか。己の要求へ忠実に動きすぎだ。
(レティシア様が我儘だなんてとんでもないわ。別件を優先してダンスをみてない人たちのほうがよっぽど自分勝手よ!)
めずらしく腹に据えかねた様子のコレットは、素っ気ない態度をとった。
「綺麗になったね、コレット。本当に別人みたいだ」
「恐れ入ります。ですが、私たちはもう婚約解消いたしましたから、そういったお話でしたら、やはり遠慮しますわ」
「つれないね。俺が本当に望んで婚約解消の書類にサインしたと思っているのかい?」
ドクドクと心臓が脈打つ。ジルベールは一体なにを話すために近づいてきたのだろうか。
「城で会えたときの暴言も許してほしい。あれは本心ではないんだ」
気になって見上げると悔しそうな表情の彼と目が合った。慌てて視線を外したが、先ほどよりさらに心臓が早鐘を打っている。
「君に会わせてほしいと手紙をだして会いにも行ったんだ。門前払いされたけどね。君の名前が記入された書類を渡されて俺がどれだけ絶望したか。誰も味方を得られなくて八方塞がりになって、仕方なしに名前を書かされたんだよ」
数日で婚約解消に至った真実を知ったコレットの心が揺れることはなかった。すべては過去の話だと結論がでている。
「ジルベール様には、もう、フルール様がいらっしゃいます」
「向こうが相手を探していたときに、同じ侯爵家だからと擦り寄ってきたんだ。両親が気乗りしただけで、俺は最初から反対だったんだ」
「ですが、途中で気が変わったのでしょう? フルール様がそうおっしゃっていました。私の至らない点も、フルール様にお話しされたのですから」
心の傷が反応して眉間に皺が寄る。コレットがいかに女性として魅力がなく、間抜けな令嬢であるかを公衆の面前でこき下ろされたのだ。忘れたくても未だに夢にみる。
「それは、君がオフシーズンに連絡が途切れがちになったから、その間に彼女が我が家に入り浸るようになって、話す機会が多くなってしまったせいだ。俺の人生は君との時間がほとんどだったから、つい話に紛れてしまっただけだよ。その部分だけをフルールが切り取って面白おかしく話題にしたんだ。僕には、そんなつもりはなかったんだよ」
「過ぎたことですから」
コレットの内心は冷ややかだった。もはや心が温まることはない。
「領地でこんなにも努力してくれていたとは知らなかった。教えてくれればよかったのに」
中央で踊るフランシスの視線が、こちらに向けられた気がしてコレットの心臓は跳ね上がる。
「そうしたら婚約を続行するために努力した。中身も完璧で、こんなに美しい令嬢はほかにいるはずがないんだ」
「中身、完璧?」
思わずジルベールの顔を見上げて、聞き返していた。
「もちろん、コレットのように心が清らかな女性はそういないよ」
ずっと前からジルベールの気持ちは離れていて、それはきっと内面がダメなのだと思っていた。
でも違ったのだ。ジルベールの言葉をどこまで信じられるかは怪しいが、少なくとも早期の婚約解消はコレットの思っていた理由とは違っていて、内面が理由ではないと証明された。
(よかった。――やっと自信がもてそうだわ)
ずっと心の奥でくすぶっていた痛みが消えていく。ジルベールに感じるものも、ないままだ。
清々しい笑顔を浮かべて、コレットは感謝の言葉を口にした。
「ジルベール様、婚約解消は残念でしたが、お互いに新しい道を歩みましょう。七年間の素敵な思い出をありがとうございました」
ジルベールは、一瞬なにを言われたのか理解できなかった。
コレットの笑顔に見惚れてしまい、まさか別れの挨拶をされたなど微塵も思わなかったのだ。
その言葉を反芻し、理解すれば、困惑と憤りが体中を駆け巡る。
ジルベールはコレットとの復縁を望んでいて、誤解さえ解ければ彼女の心は必ず戻ってくるものだと思い込んでいたのだ。
(コレットが、俺との離別を受け入れた?)
たしかにひどいことをしてしまったが、一度きりの事故であり、なにより婚約解消は周囲が圧力をかけて進めたもので、コレットも仕方なしに同意をしたのだと思っていた。
(婚約して七年も一緒に過ごしたのに? ――ありえない)
これはきっとなにかの間違いで、もっと時間をかけてコレットと話をしなければならないと感じた。ふたりきりで、誰にも邪魔されずに話し合えばきっと伝わるはずなのだ。
ジルベールは通りかかった給仕に手をあげて、赤ワインの入ったグラスを受け取った。コレットの近くへと戻り、ゆっくりの中身を飲み干していく。
次の瞬間、うっかりと手が滑り、グラスは床へと落ちていった。
カシャン!
「きゃ!」
「おっとすまない。中身が少し残っていたせいで、ドレスが汚れてしまったね」
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