波乱のお披露目会(2)
「少し話をさせてもらいたい」
背後から、聞き覚えのある声に呼びかけられた。
険しい顔をしたランベルトに、彼を止めようとするノエルと、付いてきただけのルカがいる。
「あの、ファーストダンスを拝見しないといけないので――」
険しさの増した顔に委縮してしまい、コレットは言葉をのみ込む。
「第二王女殿下のお披露目会で、色違いのドレスで参加するなど厚顔無恥もいいところだ。せめて緑色のドレスのように、引き立てる程度の装飾にすべきだろう」
まごうことなき正論である。
「ランベルト、コレットは奥ゆかしい令嬢だ。レティシア殿下に頼まれたのだろう?」
激しく首を縦にふって同意した。
「彼女が殿下の我儘に付き合うせいで、増長したんだ。目に余る」
レティシアの、我儘。ふたたび耳にした言葉には反感を抱いた。
(我儘では、ないわ。レティシア様は、悩んでいたし、助けを求めていただけ――)
「春の女神への神事もめちゃくちゃだった。成功したから一応はよしとしたがな」
冷たい土のうえに座り込み、うまくできなかったと泣いていたレティシア。
「異国の品を取り寄せ衣装も我が国のものを嫌い、来客もろくに相手をしない我儘ぶりだと聞く」
体に負担のかかる衣装を避けていただけだ。部屋は選り好みなのかもしれないが、自分の持ち物くらい好きにして、なにが悪いのだろうか。
「能力にもムラがあるせいで、宮廷植物園の花も一時は枯れて――」
「ランベルトさん、喋りすぎです」
傍観を決め込んでいたルカも思わず止めに入った。春の女神に関わる話は無闇にすべきではない。
「それもこれも、近くであまやかしている者がいるせいだろう」
ランベルトは、コレットこそが諸悪の根源だといいたいようだ。
「お祝いの席で話すことでもないだろう。いい加減にしなよ」
ノエルの忠告にも、応じる気配はない。
どうあっても、レティシアから手を引く約束をとりつけないと気が済まないようだ。
「レティシア殿下は、努力されています」
「なに?」
「レティシア殿下は、自分の無力を嘆かれておいででした」
演奏と歓声で賑わうフロアに、相応しくない会話。コレットは通る声で相手の主張を否定した。
「お披露目会のためにダンスも練習しましたし、ドレスだって今はトルテ国のデザインにあわせたものを着ています。宮廷植物園は春のごとく賑わっています」
どうしてそう悪い側面だけをあげつらうのか。確かに不器用だったかもしれないが、できたことは認めて然るべきだろうに。
「春の女神の神事は成功しました。神殿の外まで花が咲いていました。献花を捧げて花吹雪が舞ったのを、この目でみました」
神事は無事に成功したのに、なぜレティシアはここまで卑下されねばならないのか。
「レティシア殿下の、なにが不満なのですか?」
責めるような気持ちで問いかけていた。
十四歳の女の子を、寄ってたかって我儘だと追いつめてくる者たちに怒りがわいた。
「別に、不満などとは――」
「いいえ。ランベルト様は不満を口にしていました。どうしてですか?」
なぜ、帰国したばかりの王女を温かく見守り応援する流れにならないのか、不思議であった。
「それは――」
今度は、ランベルトが窮する番だ。言い負かされると思っていなかっただけに、気持ちを保たせるのも難しくなっていく。
「ランベルト、今日のお披露目会で国中がレティシア殿下を歓迎するんだ。それでいいだろう」
このお披露目会は、レティシアが名実ともにトルテ国の次期王女だと知らしめるもの。
いつまでも批判していれば、それは国を批判することにも繋がるだろう。
「私は――」
胸元を強く掴んだランベルトは苦悶した。ノエルもルカも少々困っている様子だ。
「あの」
両手を胸の前で組んだコレットが、祈るようにして目の前の三人へ申しでる。
「どうか、レティシア様に歩み寄って手を差し伸べてあげてください。私にはお話を聞いて差しあげることしかできません。他国で過ごされた殿下には多くの助けが必要です」
トルテ国は王家と、それを支える四大公爵が国を維持している。フランシスだけでなく、次代を担うランベルトとノエルとルカたちの協力もほしいはず。
思い描いたトルテ国の未来。レティシアに必要な支えを集めてあげたい。
心を痛めるような出来事はある日突然やってくる。支えてくれる家族に家人、友人のおかげで、コレットは立ち直れたのだ。
誰に文句をいわれても、たとえ脅されたとしても、絶望に打ちひしがれる者の手を離したりしない。
「レティシア様が必要とされるあいだは、私もお側に侍りたいと思います」
だから、あなたの要望は受け入れられないと、コレットは朗らかに笑う。
ファーストダンスが終わったら、ポケットに忍ばせた手紙を渡しにいこうと決めた。
****
肩を落とし心ここにあらずな様子のランベルトを、ノエルはぐいぐいと引っ張っていった。
「ねぇルカ、少しは手伝ってよ」
「仕方ないですねぇ。ランベルトさんは年下の令嬢に言い負かされて傷心ですか?」
「なんだと!?」
急に意識を取り戻したランベルトが、ノエルの腕を乱暴に振り払った。
「ちょっと、今のランベルトを煽るなんて、なに考えているのさ!」
「ノエルさんが僕に手伝ってほしいとおっしゃったんです」
親切にしたら文句をいわれた、とルカが茶化している。
「やれやれ、君たちといると騒ぎが絶えない」
フロアを抜け出した三人は、人の少ないバルコニーで休むことにした。
「ほら、お水。頭を少し冷やしたほうがいい」
差し出されたグラスを素直に受け取ったランベルトは、一気に飲み干した。
「どうしてだ?」
ランベルトの問いかけに、ノエルは首を傾ている。
「どうして、レティシア殿下が不満なんだ、私は」
先程のコレットの問に、囚われているらしい。
「どうしてといわれてもね。自分で気がつくまで考えるしかないと思うよ」
付き合ってあげるほど、ノエルもお人好しではない。
「レティシア殿下でいいんじゃないですか。面白くなりそうですし、いろいろと――」
くすくすと笑うルカは、目を細めて先ほどのコレットを思い返していた。
****
曲も折り返してしばらく過ぎたころ、コレットは踊るレティシアに夢中でエールをおくっていた。
実は何度も危ない場面があり、そのたびにフランシスがさりげないフォローをいれている。
(もう少し、もう少しです。レティシア様!)
無事に終われば、ランベルトのように彼女を我儘だと決めつける者も減るだろう。
「やっと会えた、コレット」
名を呼ばれて、思わず振り返る。
二度と会うことはないと思っていた、元婚約者のジルベールが立っていた。
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