波乱のお披露目会(1)
対面に座るカロリーヌの色鮮やかなドレスをつぶさに観察する。コレットの着ているものとは色違いのはずなのに、なぜかそうはみえない。
「どうしてカロリーヌのドレスは、そんなにシンプルなの?」
どこを探しても、コレットのドレスに縫い付けられたビジューの派手さが見当たらなかった。
「いろいろあったの。そのうち付けるわよ」
追い込み後半戦、どうにも間に合わないと悟ったカロリーヌは、計画変更を余儀なくされた。
まずは主賓のレティシアの分を先に仕上げて納品。次いでコレットの分を仕上げることを優先した。自分の分はどこで終わってもいいように手を入れて並行して進めていた。最後の追い込みをしようとしたのだが、昨日は予定が狂ったので諦めたのだ。
「私も、そのくらいの刺繍でよかったのに」
ぶーぶー文句を垂れるコレットにむっとしたものの、仕上がりを眺めて悦に入る。やはりビジューと金銀糸の刺繍は、会場でとびきり目立つだろうと確信した。
「そのうち付けるっていったでしょ。私の分が仕上がったら三人で茶会でも開けばいいのよ」
カロリーヌの提案にコレットは返事をしなかった。視線は窓の外へと向けられる。白い綿帽子を被った赤い三角屋根の城が近づいてくるのを、じっとみつめていた。
会場に入ってすぐに周囲がざわつきだした。淡い色のドレスがひしめき合うなかに、パキっとしたカラーが混じり、異質さに周囲が注目したのである。
(か、帰りたい。もうすでに帰りたいわ!)
日和るコレットの横で、カロリーヌは平然と歩きだす。
「気にしたら負けよ。早速、レティシア様にご挨拶にいきましょう」
会場の人たちが道を譲ったその先に、青いドレスを着たレティシアがいた。彼女は満面の笑みを浮かべながら、会場いっぱいに響く声でふたりを歓迎した。
「コレットお姉さま、カロリーヌお姉さま、お待ちしておりましたわ!」
(れ、レティシア様、人前でその呼び方はしないと約束したのに!)
先ほどの比ではないざわめきが広がり、さらに注目が集まる。三人集まれば彼女たちのドレスが色違いであることは一目瞭然だ。
「ようこそいらっしゃいました。今宵は私のお披露目会をお楽しみください」
「「お招きいただきありがとうございます」」
挨拶を終えてすぐ、カロリーヌが小声でレティシアに忠告をした。
「わざと呼びましたね、レティシア様」
(え、そうなの!?)
「ごめんなさい」
悪戯っぽく笑うレティシアに、コレットは頭を抱えそうになった。カロリーヌの影響なのか元々の気質なのか、その奔放な行動が悩ましい。
「コレットに報告があるの。耳を貸してちょうだい」
求めに応じて少しだけかがむと、レティシアが耳元へ顔を近づけた。
「あのね、お茶会に来た令嬢たちに挨拶したらね、みんな笑顔で挨拶を返してくれたの」
「それは、よろしゅうございましたね」
「はい、気持ちが晴れました」
「レティシア殿下、そろそろ時間です」
ファーストダンスのパートナーを務めるフランシスが、迎えにきた。
「コレット、今日はまた一段と美しいですね」
「――ありがとうございます。今日のファーストダンス、楽しみにしています」
着飾ったレティシアとエスコートするフランシスは、なかなか様になっている。
見送後ろ姿に、小さく溜息をついた。
(やっぱり、婚約の噂は本当なのかもしれないわね)
ポケットに忍ばせた手紙を無意識に触って、ちゃんと渡さなければと強く思った。
「カロリーヌ、私たちも移動して、レティシア様のファーストダンスを拝見しましょうか」
横にいるはずの友人からは、返事がなかった。
気になって振り向くと、具合の悪そうなカロリーヌが首を横にふっている。
「ごめ、徹夜つづきで体力の限界よ。医務室で休んでくる。無理。もう無理」
主催者へ挨拶を済ませるまではと耐えていたカロリーヌは、ついに誤魔化しきれなくなった不調を吐露して退散することにした。
「まぁ、大変! なら、私も付き添うわ」
「ダメよ。コレットはレティシア様のファーストダンスを見届けてちょうだい」
たくさん練習していたのに、みてもらえなかったら可哀想ではないか。けれどカロリーヌは今にも倒れてお披露目会をぶち壊しかねない。
「じゃあ、よろしく頼んだわよ」
参観を頼んですぐに、おぼつかない足取りで場外へといってしまった。
残されたコレットはできるだけ目立たない場所を探そうと移動した。
****
「第二王女殿下とお揃いのドレスなんて大それた行為。信じられませんわ」
パートナーの腕を強く握りしめたフルールは扇子の裏で口元をゆがめた。返事がないので見上げると、ジルベールの視線はあらぬ方向へ釘付けとなっている。
「ジルベール様、ジルベール様!」
何度も腕を引いて、ようやく正気に戻ったようだ。実に面白くない光景である。
「婚約者の前で、元カノに見惚れるなんて、ひどいですぅ」
「いや、――ドレスが素晴らしくてみていただけだよ」
「わたくしのドレスも、今日のために仕立てたものですのに」
正直なところ、プリンセスラインの淡い色は会場中にありふれていて目新しさは感じられない。
同じような人は多い様子で、レティシアやコレットのドレスは注目を集めている。
面白くないことばかりで機嫌を損ねたフルールは、頬を膨らめた。
「フルール、ここは人も多い。あそこで少し休憩をしよう」
さすがにまずいと思ったのか、ジルベールが機嫌を取る気になったようだ。
人目の少ない場所を示されて、ふたりきりになるのならとフルールは幾分機嫌をよくする。
「飲み物をもらってくるから、先に移動していてくれ」
「ええ、お待ちしていますね」
フルールはバルコニーへ、ジルベールは人混みへと紛れていった。
****
落ちつく場所をみつけたコレットは、レティシアをみて緊張していた。
当のレティシアはといえば、こちらをみて小さく手を振っている。フランシスまでも手を振ってきた。両者とも調子がよさそうでなによりである。
ふたりがダンスホールの中央までいき、向かい合ってお辞儀をしている。指揮者がタクトをあげて、楽団の演奏がはじまったとき。
「少し話をさせてもらいたい」
背後から、聞き覚えのある声に呼びかけられた。
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