この恋は諦めることにしました
「どうしよう。カロリーヌがすごく怒っていたわ」
涙目で動揺するコレットに、ミアは紅茶を下げて新しいものに取り換えた。
「お手紙の返事もまだですね」
「うっ」
「何事も、溜め込むと余計に手を付けづらくなるものです」
「ううっ」
返事をださないまま、明日お披露目会でフランシスと顔を会わせるのは気まずい。
レティシアの件で心許ないのに、カロリーヌと喧嘩したまま参加するのも憂鬱だ。
「私は、本当に、昔からダメね――」
少しおっとりした性格は、考えたり決めたりするのに時間がかかる。溜め込みすぎて両親や家庭教師に怒られることもしょっちゅうだ
流行と噂に敏感な令嬢たちからは鈍重にみえるらしく、気付くと仲間外れにさていた。
努力して普通に対処できるようにはなったものの、予想外の出来事にあたってしまうと、急に昔の性格に戻ってしまう。
「お嬢さま、まずはひとつずつ手を付けましょう。大丈夫、いつも通りにすればできます」
目の前の山積みの課題を見上げて立ちつくすコレットを、ミアは諭した。
「そうね。ひとつずつ進めるしかないものね」
落ち着きを取り戻したコレットだが、いざ手紙の返信を書こうとして悶絶する。
「返事が書けないから、こうなっていたのよね。ううっ」
振り出しに戻ってしまった。お礼ならば気持ちよく受け取りたい。でもレティシアとの関係を気にするのならば断るべきだ。ただ、公式発表のないものを理由に断るのは配慮に欠ける気がする。
うんうん唸りだしたコレットに、ミアは一計を案じた。
「お嬢様の素直な気持ちをお伝えすれば、すべて解決します」
「素直な、気持ち?」
****
「お邪魔するわよ!」
翌日、カロリーヌは再びシルフォン家の邸のドアを叩いた。準備をはじめようとしていたコレットの部屋へ、勢いよく乗り込んだ。
「ごきげんよう、コレット!」
「ご、ごきげんよう、カロリーヌ。随分と早いわね。もう来てくれないかと――」
「来るわよ。作ったドレスを着てお披露目会に行くのよ」
昨日の喧嘩は水に流してくれたのかと思ったが、カロリーヌは先ほどから目を合わせてはくれない。やはりまだ怒っているのだろうか。
「今日のドレスだけどね、パターンはトルテ国の伝統的なAラインを踏襲しているの。最近はプリンセスラインが流行っていたから、悪目立ちせず、むしろ目新しくみえるはずよ」
手に持っていたマゼンタ色のドレスを、ぐいぐい突きだす。
「布地はアマンド国の人気カラーで濃いピンク色ね。この色だけで仕立てるときつすぎるから、トルテ国で好まれる白を足して金銀糸の刺繍とビジューの飾りをしたの。ここは苦労したんだから」
「か、カロリーヌ?」
「次はランジェリーよ。今回ランジェリーは胸の上部分のふくらみを綺麗にみせるように作ったの。コルセットはレースを使って通気性をよくしたのよ。ダンスをしたあとに汗をかくこともあるから、防寒ではなく肌の負担を優先したわ。思いっきり締め上げても苦しくないよう、ボーンの数も調整してあるしね」
「……」
口を挟む隙を与えず、カロリーヌはドレスとランジェリーの説明をつづけた。
「機能重視が基本だけどコレットがせっかく痩せたのだし、ランジェリーにはカラーレースを使用してデザイン性も高めてみたの。ほら、可愛いとテンションあがるじゃない? いい色がなくて私が染めてみたんだけど、最高に可愛く仕上がったの。あと、ランジェリーはサイズ変動に対応できるよう編み上式にしてあるから。簡単に着脱できないのが難点だけど、パーティで気合を入れる日にはもってこいだと思うのよね」
ベッドの上に、コルセット、ガーターベルト、ドロワーズが並んでいく。
「私が、誰よりもコレットを綺麗に仕立ててあげるから。だから――」
振り向いたカロリーヌは、眦を吊り上げる。
「だから、自信持ちなさいよ!」
品々を指さして、カロリーヌはひときわ大きな声でいった。
「……ありがとう、カロリーヌ。とっても頑張ってくれたのよね」
「努力よりも、今はドレスをみなさいよ」
窓から差し込む光にビジューが反射し、チラチラと壁に光が躍る。刺繍は光を吸収し瞬いていた。
トルテ国の白と淡い色のドレスが舞うなかで、濃い色なら特別目立つだろう。
憧れの繊細なレースとフリルのランジェリー。これを身に着けられるなんて感激だ。
「素敵だけど、ちょっと派手すぎない?」
「痩せて綺麗になったせいで、今ならドレスが霞むわね」
「まさか、いくらなんでも褒めすぎよ」
ふたりの顔に笑顔が戻った。仲直りに仰々しい謝罪は必要ないようだ。
「で、どうなの? 自信はついたのよね」
「そ、そのことなのだけどね。ミアにアドバイスをもらって手紙の返事に書いて渡そうと思うの」
話を逸らしたことに若干の苛立ちを覚えたカロリーヌだが、ぐっと堪える。
「少しみてほしいの」
「――私が読んでもいいの?」
「ええ、失礼じゃないか心配で」
差し出された手紙を読んで、カロリーヌは目を丸くした。思わずミアをみると、ぐっと親指を立てている。
「コレット。ちゃんと渡すのよ。いいえ、口で伝えなさい」
「これ、失礼じゃない? 大丈夫そう?」
「ええ、失礼なんてないわ。――お慕いしていたけど、相手の事情に遠慮して身を引きますって伝えたいんでしょ」
「ええ。なら封をしてもらうわね。口では伝えるのは難しいかもしれないけど、頑張るわ」
便箋を封筒に入れ、ミアに蝋封するよう頼んだ。
これを受け取った相手に気持ちがあるのなら、きっと終わりになどさせないだろう。
もしご縁がなかったならば、諦めると決めたコレットの恋に終止符が打たれるだけ。
ミアもカロリーヌも、きっと前者になると踏んでいる。気付いていないのはひとりだけだ。
「私、コレットの鈍感で隙のある性格、好きだわ」
「急にどうしたの?」
「綺麗でちょっと隙のあるほうが、殿方にモテるんですって」
「褒められている気がしないのだけど」
「褒めてないもの。好きっていっただけよ」
可愛くて優しくて、ちょっと抜けているコレットが、カロリーヌは大好きなのだ。
「ありがとう。好意として受け取っておくわね」
「ええ。――さあ、準備をはじめるわよ!」
腰に履いたコルセットの紐を、ミアとカロリーヌが力いっぱい左右に引くと、息を吐いたコレットの腰がみるみる括れて細くなる。ふたり掛りでボディメイクを施せば美しいラインができた。
「ランジェリーが可愛い、夢みたい!」
うっかりリバウンドしたせいで、今シーズンに用意していたドレス用ランジェリーは数度しか着用できていない。憂鬱な気持ちからもやっと解き放たて、気分は爆上がりだ。
「さあ、ドレスにメイクで仕上げるわよ」
まるで魔法がかかったように心に平穏が訪れていた。
不安な気持ちはなりを潜め、口元には穏やかな微笑みが浮かぶ。
「誰とお会いしても恥ずかしくないほどの、素敵な仕上がりね」
鏡に映り込んだカロリーヌとミアの満足そうな笑顔に勇気をもらって、コレットは立ち上がった。
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