芽生える恋心(2)
「ごきげんよう、レティシア様」
「いらっしゃいませ、コレットお姉さま。寒かったでしょう? 今温かいお茶をだしますね」
パタパタと近寄ってきたレティシアは、コレットを座らせてその横に腰を降ろした。セレサが淹れてくれたお茶をいただき、体を温める。
「今日はレティシア様にお願いがあってまいりましたの」
「まぁ、わたくしにですか? どのようなお願いでしょうか」
「実は先日参加したガーデンパーティで――」
話がすすむにつれ、レティシアの顔はどんどん曇っていった。
年の近い令嬢を招いた茶会で、悪態をついた記憶はある。彼女たちとは顔を合わせづらく、できることなら金輪際会いたいくないというのが、レティシアの本音であった。
「そういう訳にもいかないことも、レティシア様は理解されていますよね」
「そうですけど。でも、今さら……」
「ただ笑顔で挨拶すればいいのです。まずは、かたちだけでも大丈夫ですから」
「……みんな、許してくれるかしら」
ガーデンパーティで会った令嬢たちと、同じことを気にしている。
互いに仲良くしたいという気持ちがあるなら、きっかけさえあれば解決するはず。
「みんな、レティシア様と仲良くしたいから、私に相談にきたのですよ」
うにゅっと口をゆがめて、レティシアは小さく頷いた。
「重たい話はこれくらいにしましょう。今日は内緒でお菓子をもってきたのです」
きっとレティシアが落ち込むだろうから、と用意しておいた。
小分けの袋を手渡した。中身はひとくちサイズのクッキーが入っている。
「あまくて、ほろほろサクサクで、おいしい!」
笑顔で頬張るレティシアは、コレットがお茶しか飲んでいないことに気がついた。
「お姉さまは、まだダイエットを頑張られているのですか?」
「えっと、最近少し食欲がなくて。食べ過ぎはドレスに支障がでるのでちょうどいいのですけど」
「そうですか。――なら、楽しいお話をしましょう!」
元気になったレティシアの提案に、コレットは喜んで頷いたのだが。
「女子会といえば恋バナです! コレットお姉さまの想い人を、ずばり当てます!」
「っ!?」
「ジェラト公爵家令息のフランシス!」
「ちちちち、違います。どうして、そんなっ!」
動揺してティーカップを落としそうになった。中身はちょっとだけ零れてしまった。
ドレスが染みにならないうちにとハンカチで拭きながら、無心で否定しつづける。
「むぅ。わたくし、そういった勘はよく当たるのに。おかしい――」
「違います!」
きっぱり強めに否定しておいた。
****
「お嬢様、姿勢が悪くなっています。しゃんとしてください」
「寒いから、ちょっと無理だわ」
コレットは、今はなき脂肪に思いを馳せた。痩せるとこんなに寒いだなんて聞いていない。
窓の外には、曇天とチラチラ舞い降りる雪がみえる。
(太っていたときは、庭で雪うさぎを作って遊べていたのに。――無理だわ)
憂鬱になり小さく溜息をつく。
「今日は宮廷植物園に寄らないのですか?」
「運動して汗をかくと帰りに寒さで冷えるもの。体型はキープしているから少しくらい平気よ」
「騎士団への差し入れも、コレット様が一緒じゃないことをアンリ様が寂しがっていました」
「レティシア様の件があったから仕方ないでしょ。それに弟は寂しがったりしないわ」
冬は世界の色が消えてなくなる。白銀の清らかな風情が、なぜか色褪せてみえていた。
ふぅ、と息をつく。このところ寒さのせいで気分が沈みがちだった。
「カロリーヌ様を誘って、雪見の茶会をするのはいかがでしょう?」
溜息が増えて、時折ぼぅっとしてるいことが多い。大好きなあまいお菓子にも興味を失いつつあるコレットを、ミアは心配していた。
友人であるカロリーヌであれば、主の悩みを聞きだして解決してくれるだろうに。
「ドレスの追い込みをしているから、邪魔してはいけないわ」
提案をあっさりと断られてしまい、ミアは黙った。
ふたたび溜息をつく。胸のあたりが苦しく呼吸がしづらい。冬の冷たい空気のせいだろうか。
「っ!」
遠くに現れた人影が視界に飛び込んできた。
誰なのかすぐにわかってしまい、途方に暮れる。
褪せた世界が色彩を取り戻していくのを、心が弾んで寒も失せていくのを、静かに感じた。
元婚約者のことも、どんなに遠くからでも判別がついたことを思い出す。
胸が苦しくなる切なさを知っている。世界が歓喜に満ちる瞬間も、かつて体験したことがあった。
「こんにちは、コレット」
「ごきげんよう、フランシス様」
警告が鳴ったのは一瞬で、すぐに口元が綻び、胸元にじんわりとした喜びがあふれていく。
「受付係から差し入れがあったと聞きました。いつもありがとうございます」
「まあ、お礼など不要です。アンリがお世話になっていますから」
いつもの騎士服ではなく、動きやすい軽装姿で城内にいることが、気になった。
「フランシス様は、もしかしてレティシア様のダンスレッスンに参加されるのですか?」
「ええ、よくご存じですね」
「偶然、耳にする機会がありましたから。お披露目会のパートナーもフランシス様が?」
「そうなります。王家より指名がありましたから」
心の内を悟られまいと、笑った。まだ、間に合う。きっと引き返せる。
「フランシス様は、ダンスがお上手でしたもの」
「お褒めにあずかり光栄です。では、また近いうちにお相手していただけますか?」
頷けるはずがなかった。断る理由しか思い浮かばない。
「レティシア様は当日素敵なダンスが踊れますね。どうかお支えしてあげてください」
「ええ。――その点は、お任せください」
堪えきれずに視線を外した。用事があるからと断って別れを告げる。
(これで、いいのよ――)
どんなに言い聞かせようとも、恋に落ちていくことを止められないのなら、やんわりと距離をとるべきだ。
やっと抜け出せたはずの暗がりへ、悲鳴をあげる心を沈めて蓋をした。
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