クルヘン公爵家主催の舞踏会(2)
「あのダンスをみせられたら、腕に覚えのある者は挑みたくなるものです」
少しのあいだ躊躇ったものの、にこやかに求められる手を断りきれず、コレットは「はい」と小さく頷いて、手を重ねた。
あっさりと押しに負けたコレットは、アンリのいった通りの従順な令嬢なのだろう。
知らなかった一面にふれたことで、フランシスは気分をよくした。
エスコートされるコレットはといえば、緊張のせいかドギマギしている。
(はじめての人だと、こんなに緊張するものかしら? どうしましょう――)
握った手は大きく分厚い。アンリとも父親とも、思い出したくもない元婚約者のものとも違う。
肩の位置は高く、厚みがありがっしりとしている。腰に回された手も、大きい。
顔が熱くなり、そのせいか目が潤む。心臓の音が耳まで響いて、まわりの音が聞きとりづらい。
「疲れてはいませんか?」
「はい。運動をして痩せたせいか体力がついたみたいです」
「私もダンスは得意なので、楽しみです」
「お、お手柔らかにお願いします」
先程から足元がふわふわしているのだ。アンリと踊ったように自由に動ける気がしない。
ふわりと手を引かれて、誘われるままについていく。抱かれた腰も握る手も、感触が遠くなり、うなじまわりが、やわらかくまどろむ。
ぼうっと踊っていたせいで、裾に足を取られてバランスを崩してしまった。
その一連がやけにゆっくりとしていて、慌てることも忘れていた。
腰に回された手にぐっと力が入り、少しのあいだ、ふわりと宙に浮く。なにもなかったようにダンスはつづく。
「ありがとうございます」
「緊張していますか?」
「はい」
今度は腰を引き寄せられた。コレットの耳元で、フランシスがそっと囁く。
「実は、私もです」
肩から耳までがやけに熱い。操り人形のごとく、身をゆだねて踊っていた。
「みてください、あそこにアンリがいる。なにやら困っているようですね」
(え、アンリが!?)
弟のピンチに体へ魂が戻ってきた。周囲をみると、令嬢に取り囲まれ戸惑っている姿があった。
「アンリは騎士団でも人気があるんですよ。あの容姿ですからね」
「そうなのですね。私にはちっとも教えてくれないから知りませんでしたわ」
婚約解消の醜聞は、少しづつ落ち着いきているようだった。
(あ、先ほどのノエル様の効果もあるのかしら? なんにせよ、よかったわ)
きっとコレットにも、もうすぐ令嬢としての平穏な日々が戻ってくる気がした。
「だいぶ慣れてきたようですね。なら少々楽しみましょう」
握っていた手が外された。フランシスは両手でコレットの腰を掴んで、体をふわりと宙に浮かせた。驚いて思わず掴んだ肩から、頼りがいのある様子が伝わってくる。
(すごい安定感だわ!)
成長期なのに華奢なアンリとも、年季の入った父とも違う。長身だが少々細身であった、名前を口にしたくもないあの人とも、リフトアップはしたことがない。
驚いていると、降ろされた先でくるりと回って引き寄せられた。
(すごいわ。なんにも気にせず任せてしまっても、楽しい!)
次はなにがくるのかとワクワクとした。それなのに、曲が終わってしまった。
「いいところだったのに、残念」
「そうですね。もう少し――」
踊りたいといって、本当にもう一曲踊ることになったら少々まずい。元婚約者に接するような感覚は改めなければ。
「踊れるように、次回までに腕を磨いてまいりますね!」
「今でも、とても上手ですよ」
「ふふふ。お世辞でも嬉しいものですね」
今まで身内以外にダンスを褒められたことがない。ふくよかな体型では、いろいろすごかったと濁されてばかりだったから。
「なら、次はいつ踊れそうですか?」
こういった、守る気のない約束で雰囲気を盛り上げてもらえるのも、はじめてであった。
「ええ。――う、嬉しいです」
経験の乏しいせいで気の利いた返答ができない。羞恥心で全身がカッと熱くなる。
(私、令嬢としてのスキルが低かったのね。男女の駆け引きをする機会がなかったせいだわ)
幼少期に婚約者の決まった身なので仕方ないのだが、こんなところにまで足を引っ張ってくる、あの男の存在が憎くてたまらない。
醜聞が落ち着いてくるまでに社交スキルを磨こうと、コレットは心に誓った。
ふたりが戻るのを待ち構えていたのは、来客対応を済ませたノエルだ。
「フランシス、僕への挨拶を後回しにしてダンスを楽しむなんて、どういうことかな?」
「ノエルが忙しそうだったから、遠慮したんだ」
「手伝ってくれればいいだろう。薄情者め」
喧嘩でもはじまってしまうのかとオロオロするコレットに、ノエルが、気にしなくていいよ、いつもこうだから、と言葉を掛ける。
「でも、僕の機嫌を気にしてくれるなら、次はこの手をとってくれると嬉しいな」
三曲目。昔であれば間違いなくへばっていた。でも痩せた今なら体力に余裕がある。
「ご安心ください。私、まだまだ踊れます」
そんなことでお詫びになるのなら、とコレットはノエルの手をとった。
笑顔で両者を見送ったフランシスだが、内心は持て余す感情に戸惑っていた。口元へあてがった手に歯をたてて、気持ちを落ち着かせようとしたのだった。
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