クルヘン公爵家主催の舞踏会(1)
アンリのエスコートで、クルヘン公爵邸の会場へと足を踏み入れる。久々の社交界にコレットはかなり緊張していた。
「なんだか視線を感じるわ。やっぱり婚約解消の影響かしら」
「綺麗な令嬢が入場したら、会場中の男共は注目するものだよ」
「もう、そういうことはパートナーをみつけて、その子にいってあげなさい」
主催のクルヘン公爵夫妻に挨拶を終えると、ふたりの前にノエルが立った。
「ジェラト公爵の晩餐会ぶりだね。コレットにアンリ。ようこそ我が家の舞踏会へ」
「あ、あの日は大変お見苦しい振る舞いをしてしまい、申し訳ありませんでした」
忘れかけていた過去が色鮮やかに蘇る。胸のあたりがきゅっと掴まれたように痛い。
「コレットのせいではないよ。それなのに君にばかりがペナルティを受けるのは、どうかと思っていたんだ」
ノエルが、そっとコレットの手をとった。ゆっくりと腰を折って華奢な指へ唇をおとす。
優雅な仕草には、コレットだけでなく会場中の誰もが注目していた。
「あの、ノエル様。どうして――」
親密な間柄、もしくは好意を寄せる異性への挨拶だ。シルフォン家はクルヘン公爵の治める南領の従事貴族である。家格の差を考えれば、月並みの挨拶を交わすのが相応しい程度なのに。
「うん、これで条件の悪い縁談話も減るだろうし、なにより君を悪くいう者はいなくなるはずだ」
細められたエメラルド色の瞳が、優しくみつめてくる。
「今日の舞踏会に、ゴルディバ侯爵家に招待状はだしていない」
会場にジルベールはいないから安心して楽しんでほしい、とノエルが片目でウィンクする。
「はい、いろいろとお気遣いいただき、ありがとうございます」
「うん、またあとでね」
会話のあいだ、コレットの体中で心臓の音がうるさいほど響いていた。
「姉さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。――そうだ、久ぶりに一緒に踊りましょう、アンリ」
間奏楽が途切れたのを合図に、ペアを組んだ男女がダンスフロアへと集う。
流れに混じった姉弟は、指揮者がタクトをふると同時に、軽やかにステップを踏みだした。
「アンリ、まるで背中に羽が生えたみたいね」
「そうだね。ステップがいつもより軽くて、驚いている」
大変身する前、意外にもふたりはダンスを積極的に嗜んでいた。痩せた体だと楽しさが倍増だ。
調子に乗ったコレットは、片手を離し半回転して挑発する。応戦したアンリが体を引き寄せた。
「姉さん、やる気高めだね」
「だって、こんなに体が軽いと楽しみたいじゃない?」
「まあ、気持ちはわかるかな。では遠慮なく」
今度はアンリがコレットを誘導し大股で進む。ターンで片足を引きポージングを決めた。少々ふざけ合いながらフロアを横切る。少々はしゃぎすぎたせいか曲の終わるころには息が上がっていた。
「こんばんは、アンリにコレット。すごく目立っていたから、すぐにわかったよ」
「フランシス様!」
「ジェラト隊長もクルヘン公爵主催の舞踏会に参加される予定だったのですね」
「ああ。ノエルから招待状をもらっていてね。少し寄らせてもらったんだ」
嘘である。アンリから姉を誘って参加すると聞かされたフランシスは、ノエルに無理をいって招待状を入手したのである。
「ノエルを待つあいだ、飲み物でもいかがですか」
フランシスに誘われて、給仕からグラスを受け取り、乾いた喉を潤す。
「コレットはダンスが上手ですね」
「昔から好きなのです。アンリも得意で、いつも練習相手になってもらっていました」
コレットもアンリも手足が長く、おかげで、体型の変化に関係なく踊れるのだ。
(踊って火照った体だと冷たいジュースがおいしいのよね。あとジェラートとか、アイスとか。ダンスのあとに食べる冷たいものは最高だってアンリといつも盛り上がっていたわね)
あまいものを、おいしく食べるための努力は、いくらでも買ってでる姉弟なのであった。
「姉さん、これ食べてみてよ」
差し出されたのは、クリームの上にツヤのあるチェリーやイチゴがのった小さなタルトだ。
「……我慢できずに食べてしまったからって、私を巻き込むのはどうかと思うわ」
「おいしいよ?」
見た目に惹かれてふたつも口にしてしまったアンリの心は、罪悪感でいっぱいだった。
なんとか姉も巻き込んで、誘惑に負けた仲間を増やそうとしている。コレットは毅然とした態度で拒否した。弟の企みなどお見通しなのである。
「姉さんは美味しそうな料理を前にして、どうして自戒ができるのさ」
姉よりも自制心は強いと自負していたので、誘惑に打ち勝つ姿を恨めしく思った。
「それはもちろん、やっと着ることの叶ったドレスたちが入らなくなってしまったら困るからよ。私はシーズンが終わったら食べるの。そう決めているの!」
「本当に仲のよい姉弟ですね。あまいものを控えているなら、こちらをどうぞ」
フルーツの載った皿のほうは、喜んで受け取る。
「ありがとうございます。私はこちらをいただくわね」
「ずるい。僕も食べる」
その言葉に反応したコレットは、メロンひと切れをフォークに刺してアンリの口元へと添えた。
渋い顔のアンリに睨まれて、コレットは失態を悟る。
この姉弟、幼少期より別々の種類の料理を選んではシェアしていた。弟が口をあけて催促すると、コレットが料理を運んでやり、空いたフォークでアンリの皿から料理をキッチリもらう。幼少期の癖が、ついついでてしまったようだ。
「……自分の分は、自分で取ってくるよ」
立ち去るアンリを眺めながら、差しだしていたフォークを口に突っ込んだ。
「仲がよろしいのですね。――もしかして、実はどちらかが養子だったりしますか?」
「いいえ、血を分けた姉弟です。幼いころに食べさせてあげていた癖がでてしまったのです。お恥ずかしいところをおみせしました。ほほほほほ」
「本当に仲がよいですね。いっそ、うらやましい――」
「おいしいものは誰かと一緒にシェアするのが、より美味しく食べられるんです。それ以上はなにもありませんから!」
顔を赤くして慌てるコレットは、フランシスの知っている、しっかりとした印象とは縁遠い。
誤魔化すために、フルーツを次々に口へと運ぶものだから、頬が膨らんでいる。
なんとも可愛らしいではないか。
「このあと、一曲踊りませんか?」
ごく自然に、誘いの言葉を口にしていた。
「よ、よろしいのですか?」
「あのダンスをみせられたら、腕に覚えのある者は挑みたくなるものです」
少しのあいだ躊躇ったものの、にこやかに求められる手を断りきれず、コレットは「はい」と小さく頷いて、手を重ねた。
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