恋の終わりとはじまり(3)
騎士団の寄宿舎。
アンリが戻ってきたと連絡を受けたフランシスは、すぐに部屋へと向かった。
「ジェラト隊長、ただいま戻りました!」
「ご苦労だった。で、どうだった?」
「もう大丈夫そうだと判断したので、戻りました」
アンリの簡潔な報告に、フランシスは少しだけ眉根を寄せる。
「どう大丈夫なんだ。詳しく話してくれないとわからないだろう」
おや、とアンリは不思議に思った。騎士団での報告は結論優先で簡潔な報告を求められる。必要のない経過話は、有事の際には危険を招くため常日頃から省くよう徹底されているのだ。
「あの、ジェラト隊長のお時間が空いていましたら、詳細をご報告します」
「問題ない」
ほのかに伝わってくる苛立ちに配慮しながら、求められたとおりに状況を伝える。
「姉は部屋の荷物をすべて処分して過去を清算していました」
「荷物を、すべて?」
フランシスの脳裏に、修道院の三文字がよぎった。
「その後は、どうするつもりだ?」
「変わらずダイエットに励むといっていました。新調したドレスを着たいそうです」
年頃の令嬢らしい目標に、フランシスは目を丸くした。
「なので大丈夫だろうと判断しました。いかがですか?」
「ああ、そうだな。――ということは、変わらず宮廷植物園に通うということだろうか」
「はい、シルフォン家は誘惑が多くてダイエットには不向きですから」
ようやく安心したフランシスは、両手で顔を覆い、大きな深呼吸をひとつした。
「城の警備を強化しておこう。見回りの回数を倍に増やしておくように」
「はい!」
やれやれと、フランシスは備え付けのベッドに腰をおろした。夜通し心配していたので気が抜けたのだ。
「あの、ジェラト隊長。――そこまでして姉を心配してくださるのは、なぜですか?」
「それは、君の大切な姉君だからだろう。それに――」
大勢いる部下のひとりの姉。やけに遠い存在だ。
「――それに、第二王女殿下の件で世話になっている」
少しだけ歩みよったが、まだ違う。
宮廷植物園でふいに握られた手や、第二王女を心配していたときの会話は、もっと身近な存在だったはずだ。あの笑顔も、少し怒った様子も、気心の知れた相手だと感じていた。
「気にかけていただいて、ありがとうございます」
ふわりと笑うアンリは入隊当初より好ましい人柄だ。心身ともに瞬く間に成長していく彼をみていると、知らず指導に熱がはいってしまった。
好ましい部下の親族だから、同じように心配したのだろうか。
(いや、コレットだから、心配したんだ――)
善良で思いやりのある好ましい人柄なのに、理不尽な目にあっていたから庇ってあげたくなった。
堪えて笑ってやり過ごす姿はいじらしく、守ってあげたいとも思った。
でも一度も守らせてもらえていない。それどころか助けてもらったばかりだ。
必要とされていない現実に、なぜかフランシスの心はざわついている。
「実は、昨夜父と話をする機会があったのですが、姉に縁談の話が届きはじめたんです」
婚約解消の話は、シーズンを王都で過ごす貴族のあいだで広まっている。シルフォン家でも遅かれ早かれ打診がくるだろうことは想定していた。
「ただ、条件の悪いものばかりで、父が怒っていました」
年齢的にも焦っているだろうから、と足元をみられているのだ。
「今のところはすべて断っていますが、姉も立ち直りつつありますので、条件の合うものがあれば進めるといっていました」
もし、フランシスがコレットを好ましく思っていたのなら知りたいはずだ。
そう思ったアンリは、あえてこの話をした。
「そうか」
薄い反応に、アンリはがっかりしてしまった。
尊敬する上官が大好きな姉のパートナーになってくれたら、こんなに嬉しいことはないのに。先ほどフランシスから感じた苛立ちは、好意からくるものではなかったのか。
「あの、ジェラト隊長は姉のことを、その。――どう思いますか?」
「しっかり者な美しい令嬢だと思うよ」
「なら、もしよろしければ姉のことを考えていただけないでしょうか?」
「ああ、――誰かいい奴がいたら紹介しよう」
やはりアンリの勘違いだったのかもしれない。今度は変に話が拗れなくてよかったと冷や汗をく。
「君の姉君に私は怒られてしまったからね。頼りになる奴がみつかるといいんだが」
「姉さんが、怒る? まさか、ありえません」
「なんだ、弟なら怒られたことくらいあるだろう?」
「姉が強気に接するのは僕くらいです。おっとりしているから口喧嘩ではまず負けます」
フランシスの思い描いたコレットの性格とは、少々異なっていた。
「近しい人にはよく喋りますが、僕のみるかぎり聞き役になることが多いです」
「それだと社交に苦労するだろう。とても、そうはみえない」
「姉の友人が一言も二言も多いタイプでして。姉がとぼけたフォローをいれて、なんやかんやふたりで乗り切っています。その友人とは女子会で一晩中おしゃべりしてますね」
カロリーヌとコレットは、お似合いだとアンリは思う。コレットが言えずに我慢することを、カロリーヌが横であけすけにいうものだから、遠慮がちな姉があっさりと本音を口にする。
コレットがフランシスに臆せず意見をいえたなら、もしかして。
「姉はジェラト隊長のことを好意的に思っているんですね。や~、知らなかったな~」
「アンリ、あまり上司をからかうな」
「失礼しました。それでは見回りの件を伝えにいってまいります!」
敬礼を取ってすぐ、アンリはいってしまった。
「まったく、逃げ足がはやいな」
緩む口元をフランシスは必死で堪えていた。コレットが好意を持ってくれていると聞いて、悪い気がしなかったのだ。
王配候補の肩書が外れたいま、フランシスだって相手を求めて探すひとりの男性なのだ。
(第二王女殿下とは歳の差が開きすぎているから、王家は新しく候補を選定するはずだ)
いまだ王配候補の解消話はでていない。四大公爵たちはといえば、王家に従う姿勢を貫いている。
「そのせいで、あいつらも悪態をついて、面倒なことをいいだすんだ。――バカバカしい」
どうせ四人を我慢させれば済むはなし、とでも思っているのだ。
苛立ちをおさえようと目を瞑ると、ひとりの女性の姿が脳裏に浮かぶ。
長年、選ばれるかもしれないと想いつづけていた第一王女、――ではない。
「うそ、だろ」
手を握り笑ってくれたコレットの顔が、焼きついて離れないことに気付いてしまった。
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