恋の終わりとはじまり(2)
宮廷植物園をでてミアと合流し、フランシスのエスコートで馬車に向かっている途中。
「コレット!」
名前を呼ばれて息の止まる思いをした。
忘れたくても忘れられず、未だコレットを苦しめつづける事件を起こした張本人の声。
「ジルベール様……」
硬直したコレットを、フランシスが背中に隠す。アンリがジルベールの肩を掴んで止めようとしたが、乱暴に振り払われた。
「どういうことだ、コレット。どうしてフランシス殿と一緒なんだ」
はく、とコレットの口が動いたが、声がでない。なぜジルベールがここにいるのか。どうして怒っているのか。混乱した頭では、彼の問に対する答えが組み立てられなかった。
「はっ、こっちが針の筵で困り果てているときに、次の男に乗り換えて楽しんでいたなんてな。――ひどい裏切りだ」
ジルベールの怒気に怯え、投げかけられた厳しい言葉は心を抉る。
「ジルベールさん、あなたが最初に姉さんを――」
「ああ、確かに俺も悪かった。だから謝ろうと思っていたのに、ちっとも会えやしない。やっとみつけたと思ったら、ほかの男と逢瀬とはね。――恐れいったよ」
きゅっと口を結んで耐えるコレットの耳を、ミアが慌てて塞いだ。
「ジルベール、なにか誤解があるようだ。それ以前に、正当な理由なく城の敷地に出入りする者は見過ごせない。――用がないならさっさと失せろ」
フランシスに厳しく諫められて、ジルベールは、やっと諦めて去っていった。
「姉さん、ごめん!」
「――どうして、アンリが謝るの?」
こういったことがおきないよう見張っていたのに、しくじった。
ようやく立ち直りかけたコレットに負担をかけたくなかったのに、最悪のかたちで出会わせてしまったから。姉を守れなかったことをアンリは心底悔やんだ。
「私は大丈夫、大丈夫よ」
顔をゆがませているアンリを慰めようと、コレットは優しく頭を撫でた。子供のころによくしてくれた仕草だと、アンリはすぐに気がついた。
(壊れてしまわないか、心配だ――)
優しい姉だ。少しおっとりしていて、言い争いには勝てたためしがない。
「大丈夫だからね。――私、予定を思い出したから帰るけど、心配しないでね」
何事もなかったかのように笑うから、ますます不安になる。
「フランシス様も、お仕事中にきてくださってありがとうございました。レティシア様のことを、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、コレットはしっかりした足取りで帰っていった。
「アンリ、姉君は本当に大丈夫なのか?」
「いいえ。姉の大丈夫は、大丈夫だったためしがありません」
嫌な予感がする。フランシスはアンリを急ぎ家に帰らせて、様子をみてくるよう命令した。
****
アンリがシルフォン家の邸に戻ると、エントランスには山のような荷物が積まれていた。
忙しそうに運び出しを指示していた執事は、アンリをみて慌てて駆けつける。
「アンリ様、おかえりなさいませ。お迎えできずに申し訳ありません」
「いや、前触れなく帰ったから気にしないでくれ。それより一体なにがはじまったんだい?」
「コレット様が、お戻りになられてから荷物の整理をはじめられたのです」
「荷物の、整理?」
嫌な予感がムクムクと膨れあがる。
階段を駆け上がりコレットの部屋へ乗り込むと、部屋の半分がすっからかんになっていた。
「姉さん、なにをしているの?」
まさか荷物を処分して、修道院にでも入るつもりなのだろうか。
「あら、アンリ。おかえりなさい。――大丈夫?」
掠れた声に真っ赤な目をしたコレットをみて、アンリの嫌な予感が核心に変わる。
「あんな男のために、姉さんが遠慮する必要はないんだ!」
「――アンリ、なにに怒っているの?」
「絶対にダメだ、行かせない」
急にアンリに抱きしめられて戸惑ったコレットは、首を傾げている。
「私ね、思い出の品を整理していたの」
「――思い出の、品?」
体を離したアンリは、姉の顔色をもう一度よくみようとした。泣きあとはあるもののスッキリとした表情を浮かべている。
「ジルベール様との七年間の思い出をね、処分したの。おかげで部屋がからっぽよ」
ジルベールの暴言は、まだほんの少し残っていた未練を綺麗に吹き飛ばしてくれた。あの場では言い返せなかったが、時間が経つにつれて、ふつふつと怒りがわいたのだ。
(――いつまでも引きずっていないたくない。もう、終わりにしたい)
つらい過去と不誠実な男に、これ以上、コレットの貴重な人生を消耗されるのはごめんだ。
邸に戻り部屋にあったものを全部捨てると決めた。
感傷に浸って涙があふれたのは最初だけで、すぐに大量のゴミに愕然とした。どんどん運び出してちゃっちゃと処分しなければ、今晩はベッドで寝ることも難しそうだ。
「まだクローゼットに山ほどあるのよ。もう日が暮れるというのに嫌になってしまうわ」
「僕も手伝うよ。この箱はもう運びだしていいの?」
「ええ、ここのも全部いらないわ」
思い出の品をすべて片付けたあと、コレットとアンリはサロンで休憩をとった。疲れたのであまいお菓子が食べたかったのに、すぐに夕食だから我慢するようにミアに断られてしまった。
「明日からはどう過ごすの?」
「変わらずダイエットに集中するわ。素敵なドレスをはやく着たいもの」
思いっきり怒ったことと、一切合切捨てて身軽になったことで、コレットはやっと前に進みだそうとしていた。
「そっか。きっとできるよ、姉さんなら」
清々しい表情をみたアンリは、心底安心していた。
この様子なら、きっともう大丈夫そうだ。
【お願い事】
楽しんでいただけましたら、下にスクロールして
【☆☆☆☆☆】で評価 や いいね
を押していただけると、すごく嬉しいです。
(執筆活動の励みになるので、ぜひに!!)
。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*゜





