恋の終わりとはじまり(1)
「こんにちは、コレット」
「ごきげんよう、フランシス様」
宮廷植物園のベンチで休憩していたコレットは、内心慌てた。
今日は騎士団への差し入れは受付係に手渡すだけにした。というのも、先日の茶会で食べ過ぎた分を消費すべく、散歩の時間を長くとりたかったからだ。
当たり前だが、カロリーヌとミアにはこってり絞られたあとである。
「少しお時間をください」
「はい」
ここにミアはいない。宮廷植物園のなかへは王侯貴族しかはいれなので外に待機している。つまりふたりきりだ。
「まずは先日のお礼を伝えたい。第二妃から、我が家に感謝状が届きました」
「か、感謝状ですか? そ、それは喜ばしいですね」
「はい、レティシア殿下のお心を開いていただき、ありがとうございました。
「――きっと、同年代より少し歳上の私や友人のほうが、頼りやすかったのだと思います」
部屋に入ったときと、帰り際のレティシアは、あまりにも別人のようであった。
(きっと帰りがけのレティシア様が本当の彼女なのよ。どうして、あんなにも――)
頑なな態度で拒絶して、そのことに苦しんで後悔していた。人格が変わるほど追いつめられていたのだと思うと、心が傷んだ。
「殿下のわがままには、みな困り果てていましたから」
「――わがまま?」
「ええ、調度品もドレスもすべてをアマンド国のものに取り替えさせて、部屋に籠りきりでしたからね。訪れた令嬢たちも冷遇してしまわれた。頭の痛い話です」
「違うと思います」
「はい?」
泣いてつらいと訴えていた。侍女は笑顔が減って心配していたと嘆いたのだ。コレットには、あれらの言葉が嘘だったとは到底思えない。
調度品を替えさせたのも、部屋に籠りきりだったことも、冷遇したのも、事実なのだろう。
でも、わがままが理由なのかと聞かれたら、答えは違うとはっきりわかった。
「レティシア様は、トルテ国に馴染もうと努力されています。」
「――しかし」
フランシスの周囲では、レティシアの問題児ぶりにみんな頭を悩ませている。特に第二后妃はその立場ゆえ、肩身の狭い思いをして心労を重ねているのだ。
「めいいっぱい努力しても、結果のでないことはあります。私も、頑張って痩せましたが結果は散々でしたし――」
間近でアンリの変貌を手伝っていたフランシスには、コレットも相当な努力をして痩せたのだと、すぐに理解できた。
「たくさん努力したのに結果がダメだと、本人が一番傷つくんです。私もしばらくは部屋に引きこもっていましから、殿下の気持ちがわかるんです」
今も突然意識を奪われることがある。絶望と悲しみに全身が染まるのだ。
「嫌なことを思い出させてしまって、すまない」
「いいえ、私が話したかったんです。――レティシア様は困っているのではないでしょうか?」
「……」
「私と友人も、微力ながらお手伝いすることになりました。でも、もっと近しい人たちからの手助けも必要なはずです」
きっと困っているはずですから、というコレットに、フランシスは返す言葉がみつからなかった。
レティシアの態度は間違っていて、彼女が改まりさえすれば問題は解決すると思っていた。だれしもがそう認識している。
(心の差、というものだろうか……)
騎士団に所属し隊長を務め、常に自分を律して生きているフランシスには、簡単に誤った選択をする者の気持ちがわからない。
自国を捨てて嫁いだ第一王女。周囲を振り回す第二王女。
どちらも目先の感情を優先し、多くの者を困惑させた。
本意でないなら、しなければいい。困っているなどといわれても理解に苦しむ。
ただ、コレットが第二王女の心を開いたなら、改めるのは自分たちなのかもしれない。
「ぜひ、私も協力したいと思いますが、どうすればよいか――」
「ありがとうございます!」
コレットは、フランシスの手を握って喜んだ。
「っ! あの――」
「難しいことはありません。話しやすい雰囲気をつくって殿下の言葉を聞いてあげてください。一緒に考えて、寄添ってあげればいいんです」
フランシスの耳がほんのりと染まる。異性への免疫がないわけではないが、それらは体裁を気にする社交場での経験ばかり。ふたりきりで手を握りあう場面はそうそうない。
「できるかぎり協力しましょう。悪い噂も私から注意しておくようにします」
「はい、ぜひお願いします!」
レティシアは前向きに頑張りだしたところだ。四大公爵の令息が悪い噂を諫めてくれれば、この問題は早々に落ちつくだろう。
****
「こんにちは、ジルベールさん」
「っ! ――やあ、アンリ君。奇遇だねぇ」
城の敷地にいるジルベールと遭遇するのは、何度目だろうか。見つけだしては追い返すのだが、性懲りもなく現れる。
「なあ、アンリ君。一度でいいんだ。コレットと話ができるよう取り計らってくれないかな」
ジルベールの狙いは、もちろんコレットだ。
「用もなく城へくるなといったはずだ。今度こそは通報します」
「そんなに冷たくしないでくれよ。俺も困っているんだ」
ギリリとアンリは奥歯を噛み締めた。自業自得だ、バカヤロウ、と怒鳴ってやりたい。だがしかし、ここは職場であり今は勤務中なので、我慢一択。
「お断りします。さあ、お帰りはあちらです」
闇色の混じる紫の瞳が睨みつける。かちゃりと親指でガードを押しあげ剣身をちらつかせると、ジルベールから小さな悲鳴があがった。
(はやく追い返さないと、姉さんが宮廷植物園からでてきてしまう)
いつも差し入れのときは呼び出すのに、今日は受付係に預けるだけにしたらしく、おかげで気付くのに遅れた。
「さあ、門まで送りましょう。遅れず付いてきてください」
地を這うような声で命令すれば、ジルベールも嫌々ではあるが従った。
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