問題児の第二王女(3)
気まずそうに揺らぐ視線が、レティシアの心の不安定さを物語る。
心配したコレットは、少しでも気持ちが晴れればと、話し掛けた。
「レティシア様が長く住んでいらっしゃったアマンド国のお話をお聞きしてもよろしいですか? 食べ物とか、気候とか。娯楽などもトルテ国とは異なるのでしょうか?」
レティシアはすこしのあいだ目を見張ったあと、指先で髪を弄びながら、ぽつりぽつりと話しはじめた。
「お菓子は、今テーブルにでているものが主流です。アマンド国はトルテ国に比べて年中暖かいので、日持ちするよう火を通す焼き菓子か揚げ菓子が多いの。あと冷たい果実水やジェラートにアイスクリームは毎日食べていました。今日は寒いからやめましたけど」
「暑いなかで氷菓子を楽しむなんて、きっと美味でしょうね!」
年中涼しいトルテ国は、冷たいものを楽しめる夏の季節が非常に短い。ダイエットに励んでいて、去年は一度も食べられなったアイスクリームが恋しくなる。
「ドレスは通気性のよい素材をつかいます。動きやすいパンツスタイルが主流です」
服飾の話しに、カロリーヌが身を乗りだした。
「アマンド国の布地をはじめて手にしたとき、とても軽くて驚きました。通気性のよさも感動した覚えがありますわ!」
「トルテ国のドレスは、布を何枚も重ねているせいか重さが気になってしまって。わたくしそれが苦手なのです」
しゅん、とレティシアは肩を落とした。
幼少期のレティシアは、虚弱体質なためトルテ国の気候では年中風邪をひいていた。患うたびに体力がすり減り、寝たきりに近い状態にまで衰弱したのだ。
アマンド国での療養生活を経て、今では滅多に風邪をひくことはなくなったのだが、トルテ国のドレスを一日着用すると、防寒重視で布地を大量に重ねたドレスの重量に体が悲鳴をあげて、夜には全身が疲労でガチガチに固まり発熱までしてしまったのだ。
そんな話をしても「あまえであり、慣れるのが淑女の嗜みです」と一蹴された。
レティシアが悪いのだと、周囲はみんなそういうのだ。
「ドレスもお菓子も、国が違うと大きく異なるものなのですね」
「そうね。アマンド国の布地はいいわよ。原色や濃色なのに特殊な染色をしているから色移りがしないのよ。これはとても素晴らしいことだわ。色も美しいしドレープが綺麗にでるのよ」
「まぁ! 素敵ね」
「コレットのドレスにも使っているのよ。青と白の切り替えしのドレスとか、マゼンタ色とクリーム色のドレスがあったでしょう」
「まぁ! あのドレスがそうなのね」
「縦に切り返しを入れて濃淡を変えてデザインして、細くみえるよう目の錯覚を利用したのよ。ほかにはないこだわりの逸品なんだからね!」
カロリーヌ渾身の作品たちは、未だお披露目の日取りすら決まっていない。
恨めしそうな視線に気付いたコレットが思わず目を逸らす。が、やはりカロリーヌのドレスは魔法がかかっているようだと密かに感激した。
「レティシア様、カロリーヌは私のドレスを作ってくれているのです。とても優秀な自慢のデザイナーなのですよ」
「手広くはやっていませんから名前は売れていないのですが、腕にはそこそこ自信があります」
楽しそうな雰囲気が、レティシアの拒絶で凝り固まった心に優しくふれる。
「――アマンド国のドレスにも興味があるのですか?」
「他国のセンスを取り入れてデザインしてみたいと、密かに企んでおります」
「いいわね、それ。確かにキラキラのビジューを使った刺繍は見栄えがするものね」
「コレットは、はやく痩せて先に作ったドレスを舞踏会でお披露目しなさいよ。さっき揚げ菓子ふたつ食べたでしょ。バレてるのよ!」
「うぅ。だってコレ、すっごくおいしいのよ!」
今日は、初見のお茶会である。互いの事情に深入りはせず、よい雰囲気で終わることが望ましい。
(でも、わたくしは、もっと知りたい)
このふたりなら、レティシアが望めば、ちゃんと向き合ってくれるのではないだろうか。
互いの違いを認めて、理解し合えるように歩みよることを許してくれるだろうか。
(だって、さっきアマンド国のデザインを取り入れた新しいドレスを流行らせたいって、いってくれた。お菓子も美味しかったって喜んでくれた)
他国の文化に感化された来訪者が、自国の食事や衣装の参考に取り入れる。巡り巡って元の国へと流れつき、目新しさと懐かしさから流行りだしたという話を聞いたことがあった。
違うものを排除せず、認めあえた結果の先に辿り着く、答えのひとつ。
(アマンド国に長く滞在したわたくしが、トルテ国に馴染むには、そういうことが必要なのよ)
教えを授けてくれる人が必要だった。
橋渡ししてくれるような人材は稀有で、幸運にもみつけることができたなら、チャンスを掴む努力をしなければならない。
(――受け入れてほしい)
誰も助けてくれないと、周囲の態度を嘆いている場合ではない。
「――カロリーヌさん、そのお話、わたくしも混ぜてください」
俯いて、ぎゅっと奥歯を噛み締めていた。
「お菓子も茶葉も、ほかにも紹介したいもの、いっぱいあるんです」
生まれ故郷に帰れると決まった日、レティシアは喜んだ。忘れられていない、ちゃんと覚えていてくれた。やっと呼び戻してもらえた、と。
アマンド国で気に入ったモノと、これは素敵だから紹介したいと思った品を荷物に詰め込んで、期待と不安で胸をいっぱいにして帰国したのだ。
なのに気付けば、思い描いていたのとは逆へ逆へといってしまった。
もう、どう戻ったらいいのかわからない。
「レティシア様」
立ち上がったカロリーヌは、手を腰にあてて尊大な態度をとっている。
態度を軟化したせいで舐められたのかもしれないと、レティシアは委縮した。
「そのご要望は、本気で真剣なものとして受け取ってもよろしくって?」
元の釣り目に眼光を宿らせて、カロリーヌがレティシアに詰め寄っていく。
「か、カロリーヌ。急にどうしたの?」
「だって、私と一緒にドレスを検討するなら、ある程度専門的な知識が必要だわ。中途半端に巻き込むほうが不幸になるもの。だから確認するのよ。悪い?」
彼女らしい考え方ではあるが、相手は第二王女である。コレットは大慌てでカロリーヌの袖を引き、控えるように首を横にふった。
「コレット、これはレティシア様が決めることなの」
「そうかもしれないけど、不躾な態度はよくないわ。何回かお茶会をしてお互いを知って仲良くなってからでもいいでしょ。早急すぎても楽しめないものよ。そうですよね、レティシア様」
我に返ったカロリーヌは、ぽんっと手を叩いて、静かに着席する。第二王女に軽率な態度で接したことをやっと自覚したようだ。
「失礼しました。――ゴホン。服飾の話になると、つい興奮してしまいますの」
尊大な態度は、興奮ではじけたテンションが表にでてしまったからだった。
痛恨のミスに、コレットとカロリーヌの体は、いっそう小さくなっている。
途中からポカンと呆けたようすで眺めていた。横柄な態度が一変して殊勝になり謝罪までしてくるなんて、素直というか、考えなしというか。
(真面目に、真剣に取り合ってくれたのよね。それでも間違ったり、するのだわ)
自分もいっぱい間違えた。もしかしたら今までの令嬢も、間違えただけなのかもしれない。
最初の態度ひとつですべてを決めつけて拒絶してしまったことを、少しだけ悔やむ。
いまさら取り返しはつかない。なら、せめて彼女たちのように素直になりたいと思った。
「ちっとも、ダメなことはないわ」
小さな口元に少しだけ笑みを浮かべて、レティシアは謝罪を受け入れた。
不敬を問われる心配がないとわかったふたりは、ほっと胸をなでおろす。
「それで、その……」
手元をもじもじと弄るレティシアが、チラチラと視線を向けてくる。
「また、わたくしに、会ってくれるということで、あっているかしら?」
どうやら気に入られたらしい。
「――――こんな私たちでよければ、ぜひ。いいわよね、カロリーヌ」
「ええ、こんな私でもお役に立てるのなら、ぜひ」
「うわあああああん!」
突如、控えていた侍女がエプロンを掴んで泣き声をあげた。
「セレサったら、落ち着きなさい。お客様がまだいるのに――」
「だってだって、帰国してからレティシア様の笑顔が減ってしまって、心配していたんです!」
思わず頬に手をあてたレティシアは、自分が笑っていることに気がついた。
「そうね、頑張ってもうまくいかないことばっかりで、つらくて――」
急に、瞳からポロリと涙がこぼれ落ちる。
「あれ、あれ。――おかしいな、止まんない」
とめどなくあふれる涙に、レティシアは困惑していた
「まぁ、大変! レティシア様、少し失礼いたしますね」
コレットがハンカチを取りだして、涙を拭う。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
小さいころ、泣きじゃくる弟をあやしたように優しく頭を撫でてやる。
すすり泣く声がおさまっていき、レティシアが落ち着きを取り戻しはじめたとき。
「レティシア様、お花が咲きました!」
セレサの大きな声が、部屋中に響いた。
隅に並べられた観葉植物たちが、あまい香を放っている。元々花が咲いていたかは曖昧だった。
「花ぐらい咲きますよ。この部屋暖かいし」
カロリーヌの言い分に、セレサは首を大きく横にふって大泣きしている。
花をみたレティシアが、ふたたびポロポロと涙を流す。
「違うの、ずっと蕾すらつかなかったの」
願っても想っても、なにひとつ変わらない様子だった植物たちは、鮮やかな花弁を広げていた。
「王家と契約した春の女神の権能のひとつです。――よかった」
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