問題児の第二王女(1)
馬車の窓から白い城壁に赤い屋根のトルテ城をみて、コレットは喉を鳴らす。
「イチゴタルト、イチゴパフェ、イチゴのムース……」
「ちょっと、しっかりしてちょうだい。あなただけが頼りなのよ」
向かいに座るカロリーヌは、意識を飛ばしがちなコレットを叱りつけた。
ふたりはこれから、とある貴人の茶会に参加するのである。
「自領の従属貴族でもなく、しかも子爵令嬢と伯爵令嬢に声を掛けたなんて、ジェラト公爵家のご子息様は一体どういう感性の持ち主なのかしら。一度問いただしてさしあげたいわ」
話を聞いたとき、コレットもカロリーヌと同じことを思った。
だがしかし、弟の件に宮廷植物園の利用許可証にと、お世話になりっぱなしのフランシスから頼まれたら断ることなどできないのであった。
「ごめんなさい。きっと一度きりだろうし、無難に乗り切るために協力してちょうだい」
「商いなら気難しい顧客の相手だってするもの。頼ってくれていいわよ」
なんとも頼もしい友人である。コレットは少し息を吐くと、これから向かう先――第二王女殿下の茶会に、肩を落とした。
トルテ国第二王女のレティシア・ド・トルテは、アマンド国から輿入れした第二妃が産んだ姫である。幼少期から体が弱く、それが理由で第二妃の母国であるアマンド国にて、長らく療養生活をしていた。
ある日、妹姫に会うため、第一妃の産んだ第一王女のアガットがアマンド国へと見舞いにいったところ、かの国で運命の出会いを果たしたのである。
第一王女のアマンド国への輿入れが決まると同時に、体調はすでに改善したとして第二王女はトルテ国へと帰国となった。
とういのが、表向きの理由。
本当は、第二王女もアマンド国の誰かに見初められると、ふたりも姫をとられてしまう。それをよしとしなかった国王が、半ば強制的にレティシアの帰国を決めたのだった。
帰国後のレティシアは非常に精神が不安定となり、周囲に悪態をついているらしい。
どうにかトルテ国での生活基盤を整えさせようと、第二妃は年頃の貴族令嬢を城に招いたのだが、ことごとく失敗に終わっていた。困った王妃が懇意にしているジェラト公爵家に相談をし、フランシスからコレットへの打診に繋がったのだった。
「それにしても、第一王女殿下の婚姻話の裏で、そんな問題がおきていたとは、びっくりよね」
この話を聞いたカロリーヌは、レティシアに友達を勧めたところで誰も受け入れる気はないだろうと思っていた。
強制的に帰国させたのが気に入らないなら、トルテ国の誰かと仲良くなんてしたくないはずだと考えていた。
「本当ね。きっとアマンド国のお友達とお別れしたせいで寂しい思いをされたのよね。私たちでお相手できるとよいのだけど」
コレットは、ひとり帰国したレティシアに同情していた。気心知れた友達というのはそう簡単にみつかるものではない。
もし、コレットやカロリーヌと気が合わなくても、ほかに仲良くなれる令嬢がみつかることを願ったのである。
「私、コレットのそういうお人好しで勘の鈍いところ、気に入っているわ」
「褒められた気がしないのだけど」
「褒めてないもの。好きっていっただけよ」
「ありがとう。――好意として受け取っておくわね」
話し込んでいるうちに馬車が停車する。侍女に案内されて、噂の第二王女の待つ部屋へと足を踏み入れた。
ふたりを出迎えたのは、金細工の調度品に異国風のランプ、マゼンタ色の布地をつかった天蓋のある部屋だった。手前に置かれたローテーブルの周りには、座椅子の上にクッションが乗っている。どれも赤、青、紫といった原色に、幾何学模様の賑やかな調度品だ。
トルテ国は春の女神と冬に降る六花を敬愛するため、白や淡色の柔らかい風合いを好む。温暖で太陽神を中心とした天体の神々を崇めるアマンド国とは、なにもかもが正反対だ。
見慣れない品々に驚き、その中心にいる人物に注目した。
上座のカウチソファに、異国風の少女がもたれるようにして読書をしている。
深く腰までスリットの入ったワンピースにズボン、足元は金色のローヒールシューズ。頬杖をつく手首には連珠の腕輪がはめられ、頭から肩に掛けられた、透きとおったベールに刺繍とビジューが、光の反射でキラキラ輝いていた。
「アマンド国の伝統衣装のひとつよ」
被服に精通してるカロリーヌが小声で教えてくれた。
部屋の主人が本のページをめくると、衣装の飾りがシャラシャラと鳴る。
長らくアマンド国で療養生活をおくっていた第二王女。レティシア・ド・トルテ。
コレットとカロリーヌは、話し掛けられるのを静かに待ちつづけた。
沈黙に耐えかねたレティシアが、うんざりした顔をする。
「――ずっとそこに立っているつもりなのかしら?」
「本日はお招きいただきありがとうございます。私はシルフォン伯爵家のコレット、こちらは私の友人でショコル子爵家の令嬢カロリーヌでございます」
自己紹介を済ませたなら、ひとまず役目を果たせたといえるだろうか。
このまま解散といいだしかねない雰囲気は、少々鈍いコレットにもしっかりと伝わっていた。
(でも、テーブルの上には、お茶会の準備がしてあるのよね)
派手な柄のポットに柄のないカップが置いてある。銀の大皿には薄く平たいクレープに、ナッツ、ドライフルーツに菓子パンらしきものが乗っているのだ。
視線を本に戻したレティシアは、興味なさげに呟いた。
「わたくし友達とか作る気はないの。でも、あなたたちの立場もあるだろうし、適当にお茶を飲んで時間を潰してから帰ってくれるかしら」
【お願い事】
楽しんでいただけましたら、下にスクロールして
【☆☆☆☆☆】で評価 や いいね
を押していただけると、すごく嬉しいです。
(執筆活動の励みになるので、ぜひに!!)
。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。.。:+*゜





