春の女神と宮廷植物園
紅葉が散り少しだけ肌寒い日がつづいた。ケープを着込んだコレットは、友人のカロリーヌを誘い城へと出掛けた。
「春の女神の宮廷植物園に入れるなんて、すごい幸運ね」
春の女神。
トルテ国の国土の半分は、人の住まない厳しい雪山が占めている。本来であれば、王都と周辺も雪で埋もれるほど寒冷地であり、土地は痩せ、西の海も年中荒れ狂うほどだと伝え聞く。
大昔に王家が春の女神と契約を交わし、花と豊穣の加護を与えられたことで、人が豊かに暮らせる国へと発展していった――と建国神話には記されている。
宮廷植物園は、国中の草花をすべて集めて保護する施設であり、神話にちなんで『春の女神が芽吹かせたあらゆる植物を守る園』を掲げる特別な場所だ。
保護対象品種を多く取り扱うことから利用時には厳しい審査をクリアしなければならない。
「アンリの上官が保証人を引き受けてくださって、すぐに利用許可証が発行されたの。お父様に聞いたら、我が家の家格では絶対に通らなかったっていっていたわ」
「そんな高尚な場所に、子爵令嬢なんかを誘って大丈夫だったの?」
「貴族であれば同伴可能なの。カロリーヌなら問題ないわ」
彼女の人柄は、コレットが自信をもって保証する。
「それと少しだけ寄り道させてちょうだい。騎士団へ利用許可証のお礼を届けたいの」
受付係へアンリの呼び出しを依頼した。用事を聞かれたので、連絡なしにフランシスへのお礼を持参したので弟に預けたいのだと伝えると、受付係は品物を預かって奥へと引っ込んだ。
しばらくすると、アンリと一緒にフランシスまでやってきた。
「姉さん、もしかしてひとりで来たりしていないよね」
「ミアとカロリーヌも一緒よ。あそこのベンチで待たせてあるわ。利用許可証のお礼を渡したくて少しだけ寄ったの」
示された先の木陰に、カロリーヌとミアを視界に捉えて、アンリは息を吐いた。
「ひとりじゃないならいいけど。用心してよね」
「大丈夫よ。外出のときは必ずミアが一緒だもの」
アンリは、姉の身辺を大袈裟なほど心配する。大変身をとげ、またちょっとした醜聞つきで婚約を解消したコレットに興味を示す輩は多い。目的のある外出ですら、本音をいえば控えてほしいと思っているのだ。
「あまり姉君を困らせてやるな、アンリ。こんにちはコレット。今日はどちらへ?」
「今日は友人と一緒に宮廷植物園を利用しにきました。フランシス様に許可証をいただけて本当に助かりました。ささやかですがお礼ですが、みなさまと召し上がってください」
「先ほど受付係が届けてくれました。美味しそうなパウンドケーキとカップケーキですね。寄宿舎の食事は甘味がでませんから、前回の差し入れもみんな喜んでいましたよ」
「光栄ですわ」
姉弟の舌を虜にしてきたシルフォン家の料理人が、腕によりをかけて作った焼き菓子である。
喜ぶフランシスの横では、アンリが悔しそうな顔をしていた。きっと我慢できずに口にしてしまったのだろう。
(ふふふ。アンリもあまい誘惑に翻弄されるといいわ)
弟にちょっかいをかけたいのも、また姉心なのであった。
****
はじめて足を踏み入れた宮廷植物園の屋内は暖かく、区画ごとに様式と植物が分けられていた。ベンチに噴水、小川に渡橋まである。
「外の季節が秋なせいかしら。咲いている花は少なめね」
「建築は春の女神の名に相応しい意匠よ。いいデザインが浮かびそうだわ!」
なぜかカロリーヌの手には、スケッチブックが握られていた。
「どこに持っていたの?」
「いつでもどこでも持ち歩いてるわよ。デザインは急に閃くんだもの」
さらに携帯用の裁縫セットと染み抜き洗剤まで取りだしてみせてきた。
はじめて知る友人の一面に唖然としていると、カロリーヌはそれらをしまって急に歩きだす。
「さあ、じゃんじゃん痩せるわよ!」
せっかちなカロリーヌは歩くのもはやい。コレットは慌ててあとを追いかけた。
「ここの利用許可証を発行してくれたのって、弟君の横に立っていた男性よね?」
「そうだけど」
「脈ありじゃない? コレットのためにわざわざ仕事を中抜けしてきてくれたんでしょう? 利用許可証の保証人にまでなってくれたんだし」
「まさか。アンリによくしてくださる延長よ」
「そうかしら。その気がないなら変な誤解を招かないように顔なんてださないと思うけど」
確かに二回ともアンリを呼び出しただけで、フランシスに声を掛けるのは遠慮したはず。ならフランシスは自らの意志でコレットに会いにきてくれたことになる。
その事実を指摘し、ウキウキと恋のはじまりをほのめかすカロリーヌとは対照的に、コレットの顔はどんよりとしたものになった。
「なによその顔。春の女神に失礼よ。春は恋の季節なんだから!」
「そんな取ってつけたようにいうほうが、失礼よ」
気兼ねなく話のできる友人というのはいい。おしゃべりしているだけで楽しいし心も軽くなる。
ただ、やはりふとした瞬間、苦い記憶と苦痛が脳裏をよぎる。
ジェラト公爵家主催の晩餐会での醜態。――きっと、あれを目の前でみたせいでコレットに同情してくれただけなのだ。きっとそうだ、と投げやりな気持ちになった。
「私みたいな醜聞まみれの令嬢なんて、ほとぼりが冷めるまで誰からも相手にされないのよ」
「なら、華麗に変身して、別の噂で塗り替えてやりましょう。痩せるわよ!」
「うう……、世の中が憎い。幸せな人をみるのがつらいわ」
完全に暗黒面に心を持っていかれたコレットは立ち止まる。その手を掴むんだカロリーヌが、引きずるようにして前へと進んでいった。
すこしでもコレットを前向きにしてあげたい。彼女なりの優しさであった。
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