再びのダイエット
蕾型をした屋根の特徴的なトルテ城。白い城壁と赤い屋根のコントラストは、蝋燭を立てたバースディケーキに例えられることが多い。
「蝋燭の炎より、イチゴのほうが似ていると思うの」
真っ白なクリームと艶めくイチゴのショートケーキを思い浮かべて、コレットは喉を鳴らした。
「お嬢様。もうすぐ到着しますから、そろそろ意識を保ってくださいませ」
ミアに指摘され、のろのろと姿勢を正す。
ダイエットを再開して数日が経過していたが、怠惰な生活の影響は今もコレットを悩ませていた。
例えば、先ほどのように建物がケーキにみえたり、パフをパフェ、アイメイクをアイスクリームと聞き返して、ミアに呆れられる始末である。
向かった先は、騎士団の寄宿舎だった。
受付でアンリの親族であることを伝えて、差し入れのカップケーキとシフォンケーキを渡して、配ってもらえるようにお願いした。
「ご丁寧にありがとうございます。アンリ殿のご婚約者さまでございますか?」
「いいえ。姉でございます」
受付係が目を瞬く。
普段彼が相手にするのは、夫や婚約者のために訪れる女性がほとんどだ。もしくは人気のある人物のファンなどもいる。逆に母親や姉などの家族が訪ねてくることはほぼない。マザコンやシスコンの噂を呼び込むため、男性側が敬遠する場合が多いのだ。
「先日、弟の上官であるジェラト隊長にお世話になったものですから、そのお礼です。突然思い立ったものですから、弟にお願いしようと思いましたの」
受付係は納得の表情をみせると、差し入れを持って奥へと引っ込んだ。
しばらくして、アンリが駆けつける。その様子はどこか慌てていて、なぜか開口一番に怒鳴られてしまった。
「姉さん、ちゃんと連絡を寄こしてよ。道中誰か変なヤツを見掛けたりしなかった?」
「ご、ごめんなさい。どうしても、お願いしたいこともあって――」
「お願い?」
「実はね――」
コレットは困った様子で、ここ数日のことを話した。
カロリーヌとミアにダイエットを誓った日、まずはタウンハウスの家人、メイドたちに協力を仰いだ。
最初は難色を示したが、コレットとミアの領地での取り組みを知ると、一応は頷いてくれた。
周囲を納得させてダイエットを再開したが、王都には領地のように歩き回れる場所がなかったのである。
「城下町に行こうとしたら、ミアからも止められてしまったの」
「当たり前だよ。なに考えているのさ」
「でも、食事制限だけでは足りないのよ。乗馬や長時間の散歩は必須なの。それと、あの邸は誘惑が多いから、どうしても外出したいの」
コレットのダイエットに協力してくれると頷いた人々は、なぜか差し入れを持ってくるのである。
なにも食べずに過ごしているの見掛けると、食事をださなければという使命感に駆られるのだという。ひもじい思いをしているのではと心配になるとまでいわれてしまった。
「舞踏会シーズンに間に合わせて作ったドレスが全滅なの。太った体をどうにかしないと!」
沈痛な面持ちのコレットを、アンリは理解できないという風に眺めた。別にどこも太っているようにみえなかったのである。
「今日のドレスはぴったりだし、久々に会ったときと同じにみえるけど」
「これは領地からミアが持ってきてくれたワンサイズ大きいドレスなのよ。舞踏会用のドレスはもう少し絞らないとダメなのよ。お願いだから、毎日差し入れにくることを許してちょうだい」
大好きな姉のためである。協力したいのは山々だが、十六歳のアンリはシスコンの評判がでることを気にしていた。
「せめて週一。いや一ヶ月に一回が限界だよ、姉さん」
「そんな!」
頼みの綱が絶たれたコレットは、途方に暮れた。もう邸と狭い庭をグルグル周回するしかなさそうである。
(それは、つづく気がしないわ。きっとすぐに部屋に籠ってダラけるに決まっているのよ)
コレットは、己の軟弱な性格をよく理解していた。
引き下がれないコレットと、引き受たくないアンリが対峙しているその場所に、少し遅れて到着した者がいた。
「こんにちは、コレット。差し入れをありがとうございます」
「っ! フランシス様。先日は見苦しい場面をおみせしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
彼の登場に、一番困惑したのはコレットである。
正直、あの修羅場に同席していたすべての人たちと会いたくないと思ってた。
アンリがこの訪問を嫌がるだろうと予測できたので、なんとか捻りだした面会理由が『フランシスへのお礼』だっただけである。
残念ながら、気を利かせた受付係が、フランシスまで呼んでしまったようだ。
「いいえ、コレットが謝ることなどひとつもありませんよ。悪いのはあのふたりだ」
「ですが、私も当事者ですので。醜聞を持ち込んでしまったことに変わりはありませんから」
「あんな目にあったのです。多少彼らを非難したところで、誰も責めたりしませんよ」
「お心遣いありがとうございます」
これ以上、恥の上塗りしたくない。コレットは、ひたすら低姿勢を貫いた。
フランシスがアンリを呼びにきた以上、訪問を認めてもらう交渉は切り上げるしかないようだ。
諦めようとしたコレットだったが、鬼のダイエット教官と化したミアは許さない。
「アンリ様、コレット様は気丈に振る舞われていますが、邸では塞ぎ込みがちです。それが理由で私もタウンハウス勤めになりました。どうかお会いになっていただけませんでしょうか」
「やっぱり大丈夫じゃなかったんだ。だからしばらくは邸から出仕するといったのに!」
「ミア! そういうことではないのよ。アンリに迷惑をかけたくなかったの」
「結局、気分転換に僕に会いにきてるなら、一緒じゃないか」
全然違う、とコレットは主張したかった。今日ここに来たのはダイエットのためであり、気落ちした心をアンリに慰めてほしいわけではないのだ。
「やっぱり邸に戻るよ。姉さんの大丈夫は、昔から全然信用できないからね」
「そうじゃないのよ。アンリ、早まらないで」
勝手に結論付けるアンリを、コレットは必死で止めた。
今戻られたら、少し前の怠惰な生活を執事が暴露する可能性がある。
(アンリには、あんな姿を知られるわけにはいかないわ)
家人、メイドにバレるのはよかったのか甚だ疑問である。が、弟の前では、いいお姉ちゃんのままでいたいのだ。姉心というやつである。
「気分転換なら宮廷植物園はどうだろうか? 許可証さえあれば自由に利用できる」
「宮廷植物園、ですか?」
フランシスの提案に、コレットは目を輝かせた。誘惑をかわしながら邸で過ごすより何倍もよさそうな場所である。――ただし、特別な場所のため、利用時に厳しい審査があったはずだ。
「とても素敵な場所だとは思うのですが、我が家の家格では難しいと思います」
「よければ私が保証人になりましょう。確実に通りますよ」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。あなたなら大丈夫でしょうから」
穏やかに笑うフランシスは、その足で利用許可書の申請にまで付き合ってくれた。
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