失恋には、あまいお菓子(2)
「なるほどね。なかなかのゲスでクズなクソ男だったのね。ジルベール様って」
気落ちしたコレットから根掘り葉掘り聞きだしたカロリーヌは、すべてを知って端的にジルベールの評価を下した。
カロリーヌは母親と一緒に商いに携わるので、様々な人と関わり話しをする。よくも悪くも口は達者で、操る語彙の品性は幅が広かった。
若干耳年増でもある彼女からみたジルベールという男は、人として最低ラインのクズ街道を走っている。今回の件を悪気なくやったのだとしたら、タチの悪い部類だろう、とも。
「……ひどいわ、カロリーヌ」
未だ婚約解消のショックから立ち直れていないコレットは、ジルベールの悪口にも敏感に反応してしまう。傷ついた心はジクジクと痛み、聞かされた酷評に恨めしい顔をしている。
「愛ゆえの発言なのよ。受け入れてちょうだい」
カロリーヌは、クズ男に未だ引きずられるコレットにも苛ついていた。
七年の歳月を思えば当然の傷心といえた。だからといって時間は待ってはくれない。グズグズしていれば舞踏会シーズンはあっという間に終わる。少女たちはどんどん年齢を重ねてしまう。十七歳での婚約解消は、女性側にとって痛手でしかないのだ。
「さっさと忘れてしまいなさいな、そんなクズ。結婚前でよかったと乾杯しましょ!」
すぐに軽食と飲み物が、テーブルに並べられた。
気心知れた女子同士、会話が弾む。
コレットは鬱屈した気持ちを吐きだしつづけ、カロリーヌはあの手この手でジルベールとフルールをこき下ろす。コレットの気持ちが整理されて心が軽くなると、徐々に笑顔戻ってきた。
「ありがとう、カロリーヌ。私、明日からは頑張れそうだわ」
「それはよかったわ。あと、今日は泊らせてもらうわね。明日はドレスの試着をするわよ」
その言葉に、コレットはぎくりと身を竦ませた。少々怠惰な生活を満喫しすぎたせいで、体のあちこちがポヨッているのである。
(ま、まぁ、カロリーヌ特製のコルセットがあれば、きっと大丈夫よね)
メイドたちが総力を集結して掃除したコレットの部屋で、ふたりは眠りについた。
翌日、コレットの体はドレスに入ることを拒んだ。コルセットで締め上げたとて、はみでた肉が主張している。
「昨日会ったときに、嫌な予感はしてたけどさ。これはないわ」
カロリーヌの淡々とした声が、コレットの心にチクチクと刺さった。
「こ、コルセットとガードルでなんとかなるわよね?」
「物事には限度ってものがあるのよ」
たとえ締め上げてドレスに身を収めたとしても、露出する部分は隠せない。絞ったウェストに不自然なバランスは、肩や二の腕のふくよかさを目立たせている。
「みっともなくて見れたものではないわね。これはどうにかしなければマズイわ」
「お、お願いよ、カロリーヌ。お直しでなんとかしてちょうだい。肩や二の腕はボレロやストールで隠せばいいわよね?」
ふくよか体型時代にカロリーヌに教えてもらった知恵である。きっと隠せば乗り切れるはずだ。
「まさか。詰めた分の布地はカットしてしまったからお直しは無理よ。デザインを変えて今から直すとなると、時間的にもっと無理だわ」
「なら、まだ直していないドレスは? それなら今の体型にピッタリかもしれない」
「ないわ。全部直したもの」
「そんな!」
コレットの変身に感化されたカロリーヌは夜を徹してドレスのお直しを終えていた。コレットの喜ぶ顔がみたくて、それはもう、ありとあらゆる無茶をしたのだ。
「手はひとつしかないわ。――コレット、もう一度痩せなさい!」
「え」
「戻すだけでしょ。どうにかしなさいよ!」
「無理よ。ダイエットするだけでジルベール様が脳裏に浮かんで死にたくなるの」
今も思い出してしまい、コレットは頭を抱えて前かがみになった。
痩せて浮かれてのぼせ上がっていた黒歴史も追加されて、精神的苦痛に体中を支配されてしまう。
「チッ。いつまでも縁の切れた男に振り回されている場合ではないのよ。気合を入れなさい!」
「ひぇ!」
カロリーヌの剣幕に、コレットは身を竦ませた。反論すると十倍でやり込められる、いつものパターンである。
彼女と口喧嘩をすれば、いつも泣かされるまで追いつめられるのはコレットなのだ。
積み重ねられた経験値が、従順に頷くことを全力で勧めてくる。
「どのドレスもデザインは私が魂を込めて考えたものよ!」
ハイヒールの底で力強く床を打つ。
「布地も、レースも、リボンも! こだわりぬいて選んだの!」
また一歩、カロリーヌは近づいた。
「今さら誤魔化すために手を加えるなんて、デザインへの冒涜よ!」
もう目と鼻がくっつきそうなほど、距離が詰まっている。
「私の努力をすべて無駄にしようものなら、絶対に許さないから!」
「そ、それは申し訳ないと思うけど。――でも、ちょっとくらい、なんとかならないかしら?」
「コレット、すでにいい金額になっているのよ。まだ出費を重ねるの?」
「うっ」
「私に、お金をかけてダサいドレスに直せっていうの!?」
世の中には顧客から湯水のようにださせることをよしとする商人もいるが、カロリーヌはその考え方が嫌いだった。
価格に対して良品を提供し、喜んでもらうところまでを大切にする。それが彼女の商魂なのだ。
「うぅ、頑張る、けど。でも、なにか折衷案を――」
あまったれた発言をつづけるコレットの説得を、カロリーヌはついに諦めた。
そして、信頼に足る人物の名前を大声で呼びつけ命令をしたのだ。
「ミア、あなたの主人の一大事よ。この危機的状況を打破するため、徹底的に管理なさい!」
「かしこまりました!」
「!?」
大切な主人のためである。
ミアはあっさりコレットを見限り、カロリーヌの側へと下った。
再びコレットのダイエット生活が幕をあげたのである。
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