その1.5
私の人生はある意味濃い味である。
だが更に濃くなりそうである。
拝啓
19年の人生でお世話になりました皆々様。
冬の厳しい寒さが和らぎ時折春の気配を感じられるようになりました今日この頃、如何お過ごしでしょうか?
皆様お変わりありませんでしょうか?
私はと言いますと、残念ながらこの3日間、平穏無事とは言い難く、いやはや平穏無事・順風満帆・和気藹々なんて言葉ににょっきり脚でも生えていたのなら、脱兎の如く逃げているであろう日々でございます。
まぁ元を正しますと、浅慮な私にも非が0.32%くらいはあったかもしれません。
“知人が仕事場の玄関に飾りたがっているから、先日の課題の絵を譲ってほしい。”
大学の構内で接点のないチャラ男に声を掛けられたのが丁度3日前でございました。
私の個性もクソもない、ただ正確性だけが突出している駄絵を欲しがるなんて奇特な方もいるものだなぁ、なんて思ったものです。
話したこともない、見た目からして頭の悪そうなチャラ男に怪しさが微塵もなかったか、と問われれば少々言葉に窮しますが、どうせ押入れにしまい込む予定の絵でありましたし、望む人の手に自分の絵が渡ることは、絵を描く者として嬉しくないはずがありません。
私は快く絵をお譲りすることに致しました。
……決して謝礼の諭吉さんに目が眩んだわけではありません。。1週間もやしと豆腐しか食べていませんでしたが、決して、けっっっっして空腹で判断力が鈍っていたわけではございません。。。。たぶん。
それが3日前の夕方頃でございました。
そして次の日、チャラ男に絵を渡し、謝礼の諭吉さんを受け取りました。
私の絵が誰かの玄関を彩る存在になれる。
(これで味がある白以外の色素の物が食べられる。)
この出来事で私の心(胃袋も含む)は久し振りに満ちたりたような気がしました。
ここまでが私sideの2日前。
ここからは状況から見て取れた私の推察になりますが、チャラ男はこの日、とても、えぇそれはもう歴戦の企業戦士も賞賛する程の行動力を発揮していたようでございます。
ターン1、身なりを整える
ターン2、名刺を偽造する
ターン3、私の駄絵を持って立派過ぎるお宅に訪問する
ターン4、イカついおじ様に弁舌巧みに私の駄絵を売り込む
ターン5、交渉成立により大金を手にする
……こんな感じでございましょう。
チャラ男が欲しがった私の駄絵、それは美術の教科書に載っている名作の模写でございました。
本物はパリの美術館に厳戒態勢で展示中。
サイズも半分ほどに縮小して、描いた代物。
本物の時価総額24億円のところを、275万円で提供するという若い男(チャラ男:清潔ver)。
“いったい誰が本物であると思おうか?、いや決して本物であると思う人など居まい。”
反語の表現を使いたくなるような状況であります。
が、チャラ男の交渉相手のイカついおじ様、ご想像の通り「ヤ」のつく自由業のお偉いさんは、チャラ男の悪知恵の餌食となってしまったのです。
あのチャラ男、見るからに頭が悪そうなポンコツでしたが、悪知恵にだけ脳みその大部分を使えるようです。
それかイカついおじ様の頭の中身が脳みそと見せかけて、腐りきったお豆腐か何かだったのでしょうか。。
こうしてチャラ男は275万円を、おじ様は素人の描いた駄絵を、同時刻の私はブラジル産の鶏胸肉のステーキを手に入れたのでした。
ここまでがチャラ男sideの2日目。
更に次の日、1日前。この日はある意味皆平和だったのかもしれません。
私は100円のハンバーガーを買いに、チャラ男は推しのキャバ嬢に会いに、おじ様は自ら立派な額縁を買いにそれぞれ出掛けました。
久方ぶりのハンバーガーに心を躍らせていた私は、「ヤ」のつく自由業のおじ様の手に自分の駄絵が渡っているなんて想像出来るわけがありません。
しかもそのおじ様ときたら、お顔は大変イカついのに心は純粋だった、それともお豆腐脳みそだったのでしょうね。
我が模写を本物と信じて疑わず、とびきり立派な額縁を購入した後は、立派な玄関に飾られ、他の「ヤ」のつく筋の方々に鼻高々に自慢し回っていたらしいではないですか。
“(これから知り合いになる「ヤ」のつく自由業の)知人が仕事場の玄関に(世界的名画の本物を)飾りたがっているから、(俺が推しに会う資金稼ぎの為に)先日の課題の絵を(売りつけるから)譲ってほしい”
チャラ男は私に嘘は言っておりません。本当に悪知恵だけは頭の働くポンコツでございます。
そしてまた次の日、今からおよそ1時間前。
そろそろ寝る準備でもしようか、なんて思い出した深夜1時頃。
私のオンボロアパートの部屋に嬉しくないお客様がいらっしゃいました。アロハシャツのイカついヒャッハーな感じのお兄さん達と、一目でその筋の方と解るコメカミに青筋ピクピクなイカついおじ様、そして1年間使い古されたぞうきんの方がマシに思えるほどボロボロになったチャラ男。
“………詰んだ。”
幸の薄い人生でございました。
黒塗りの車にチャラ男共々押し込まれたのが55分前。
車に乗せられ、めそめそべそべそ騒ぐチャラ男、ぺらっぺらな脅し文句を吐くヒャッハー兄さん達と移動すること、50分。
両足は頑丈なロープでぐるぐる巻きにされた上、ロープの先にはコンクリートブロック。私の後ろには太平洋らしき大海原が広がり、私とチャラ男の前に並んだイカついお顔達の向こうには工場群の赤いランプが点滅しておりました。
おじ様曰くせめてもの情けで、私の両手は縛られておりませんでしたが、そんなごま塩程度の情けを掛けるなら、コンクリートブロックを無くす、はたまた無罪放免にして欲しかったものです。
一方チャラ男は両手両足ぐるぐるの上、目隠しに猿轡のおまけ付きな、ドMのど変態な方々がそれはそれは羨ましがりそうなお姿でございました。
そんなチャラ男にざまぁ、と思ったのが今から5秒前。
トン、と肩を押され、大海原のお魚さん達の餌になるか、はたまた奇跡の大脱出を成功させるかのカウントダウンが開始したのが3秒前。
海水に備えて目を閉じたのが2秒前。
「我の下僕となれることを光栄に思うが良い!!」
ヒャッハー達とは別のウザい男の声が目の前から聞こえたのが1秒前。
目を開いた先には、
頭が悪そうに胸を張ってふんぞり返る着物コスプレ男が一人。。。これが今現在でございます。
19年間の人生でお世話になりました皆々様。
幸の薄い人生でございましたが、さらに薄くなる気配
しかしない今日この頃でございます。
敬具