リオの金策
「アルはあの広告を何度も読み返して、もしかしてと思ったそうだ。私に知らせるために、王都の彫刻師のところへ必着便を手配した」
「アル?」
「旅籠屋の親爺」
そういえば彼の名前も知らなかった。
「王都から早馬を出した。像と一緒の私よりは速い。それでもアルに連絡がついたのが今朝だ。水車小屋で待ち伏せして、服を着ているうちにおまえを取り押さえろと依頼したのに、おまえはもう屋敷を出ていて水車小屋にもいない。それで大通りの封鎖にあたった。自分がポスターを止めなかったせいで、王都や他の街から余所者がやってくる。責任を感じて大わらわだ。収拾つけてもう一度小屋に行った時には、おまえの服が土手に脱いであって、消沈してここで私の到着を待っていた」
「街の皆には、家に閉じ籠って窓も戸も開けるな、外を見るなと指示した。11時から閉じ籠れと言ったが時計の無い家もある、聖ミカエル礼拝堂の鐘が聞こえない場合もある。パン屋のおかみさんが息子のトマスに、おまえが裸だったらこれを鳴らして歩けと鈴を持たせた。『かくれんぼだからおまえに気付かれないように』と。トマスはすばしっこく先廻りして屋根や二階から合図した」
「あの鈴の音……」
「あの年令が限界だ、おまえの裸を見ていいのは」
ぶっとベックスのように吹き出していた。ついさっきまで泣いていたのに。
「私の民は命令せずとも、冗談じゃない、もったいないって誰も見ようとしなかったのも本当だ。だからアルも余所者の対応を優先した。裸のおまえを自分の手で捕まえる勇気は無かったそうだ」
「屋敷の皆も、可哀想に、やきもきしながら私の連絡を待っていた。おまえと私の意思の疎通がどこまでできているのか測りかねて、止めるに止められない。もしかしたらできあがった彫像が裸身像なのかもしれない。あの文章はそうも読める。サラなんて、ルツから最終版を見せられて、変更部分に怒り心頭だ。『私を騙す奥様なんて、自分の一存で監禁してしまうべきだった』と」
「もう、みんながみんなあなたの手下で、私なんててんで相手にしてくれない!」
「そりゃそうだろう、こっちは長いつきあいだ」
「いっぱいしゃべってるリオ、初めて見た……」
「おまえを繋ぎ止めるためなら饒舌にもなる」
「でも、お金は?」
「金? 金策か? それなら、私もひとつ、考えている」
「何?」
リオはすっと片膝ついて小箱を開いて指輪を見せた。
「ウィル・ユー・マリー・ミー、アイハ?」
へ? プロポーズ?
「おまえの名前ちゃんと発音できてるか? アイハで間違ってないか?」
「大丈夫です……」
「身分や地位などどうでもいい。言ったはずだ、私はあの日からおまえの虜で、過去に何があっても構わない。おまえがおまえなら、何でもいい。私の……妻になってくれ……」
「は、い……」
リオは銀のリングを私の左薬指にそっと通し、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、これは没収でいいな?」
視界に入っていなかった、私の籐の籠を軽く蹴飛ばした。
「保管してくださるなら……」
リオがよっぽど囁き声になって訊いた。
「あの服がなぜ氷室にあったか、疑問じゃないのか?」
ふぇ? 隠してたんじゃないの?
「あそこで全部脱がせたからだ」
「うそ、信じらんない、ヘンタイ、えっち……」
目の前の固い胸を叩いて抗議した。
「こら、暴れるな、マントがはだける」
また抱きしめられた。
「他人に見せられない服を着ているのが悪い」
「もしかして……何か……した?」
「まあ、眺めた……かな」
目が泳いでいる。
ぼっと顔が熱くなった。
「だからさっさと嫁になれ」
超早口のリオの声がして、私は腕の中で脱力した。
「よし。サラ、ウェディングドレスの着付けを頼む。ベックスとルツは『これから私たちふたりの正式な結婚式をするから』と街中に知らせて。『皆に見届けて欲しい』と。メルはマリア様飾るの手伝ってくれるか? その後で旅籠まで来ておられる、聖ミカエルの神父様を呼んできて欲しい」
「うそ、結婚式って今から、ここで?」
「ああ、マリア様の前で。もうひとつ渡す指輪がある。これ以上拒まれたらたまらん」
はう? あ、リオは私たちがまだちゃんと結婚してないから、私が拒んでると思ったんだ。
自分はなし崩し的に抱こうとしておいて。
ま、女の子も、1000年たてば変わるんだけどね。
「ね、でも、金策って……?」
「あ、そうだった、ベックス、ルツ、みんなに、『結婚式のご祝儀はいくらでも、マリア様のコッファーへどうぞ』と言い添えてくれ。名案だろう?」
一瞬くらりとした。リオに支えられて辺りを見廻すと、お屋敷の仲間がそこにいた。サラもルツもメルもベックスも満面の笑顔だ。
「迷いがあるか?」
リオが尋ねる。
「ありません」
そう言って私も笑った。
サラがトレーン裾の長いウェディングドレスを両手に抱えてきた。
「ごめんなさい」
怒らせて、心配かけて、バカなことをして。
サラの顔は笑顔のままだ。
「ルツのご主人、これで忙しかったんですよ」
リオがオーダーして、仕立て屋さんが作ってくれていた特別なドレス。私に内緒で。
「これからは、ちゃんとしたご夫婦、ちゃんとした伯爵夫人になっていただきますから」
お姉さんがいたらきっとこんな感じだ。
「え〜、こないだ、私のままでいいって言ったぁ」
「そうとも言います」
笑い合った。
ああ、やっぱり私たち、仲良しだ。
一歩離れて見ていたリオと目が合った。
「どうしてうちに来たかとあなたは訊いた。あなたのお嫁さんになるためだったみたい」
「私は最初っからそのつもりだ」
無表情に戻って一本調子に話してももう私にはわかってしまう、リオの心の在り処。
口にしない分、知らないところで何かいっぱい行動している私の旦那様。
「お父さん、お母さん、兄貴、陽葵、私はここで、幸せになります……」




