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疑念

* マグダラのマリアはキリスト教の聖人です。 罪を悔悛してからイエスに従ったという説、イエスの伴侶、いろいろな説があります。元娼婦だと見做す説も強くあるので、この話の中ではそのように書いています。この作品全体がフィクションですのでご理解のほどお願い致します。


 ご丁寧に長々と続くテーブルの並びを一周して、リオは老若男女に声をかけている。私はそれを眺めながら、お茶を(そそ)げもせず固まっていた。


「イーヴァ、ちょっと来てくれ、話がある」

 気が付くと、人々のイスの後ろのぎりぎりの幅を、リオは固い表情で馬の手綱を引きながら歩いていた。


「ここは私たちに任せて下さい」

 サラに言われて、テーブルを挟んだこちら側を、水車小屋の方へ向けて歩いた。


 会いたかった。会いたかったけれど、ふたりで話したらまたうまく行きそうにない。ドキドキもするし、怖いし、意見も合いそうにない。何を言っていいのかもわからない。


 事務的なことに頭を向けた。


 えっと、私のお金。一度は二千五百ピーに届いたけれど、このお茶会の準備に五百ピー使った。今リオに渡せるのは二千ピー。当初の予定の半分だけ。

 今日コッファーに入る金額はどのくらいだろう?


 テーブルが途切れたところでリオの後ろについた。水車小屋まで来て、馬に水を飲ませると、夫は私を馬に乗せた。


 久々の横乗りだ。男の胸がすぐ私の横にある。頭をもたせかけていいかどうか、わからなかった。


「王都はいかがでした?」

「難しいな」

「大変、だったの……」

「石を積み上げる方が楽だ」

「そう」


「会いたかった」

 リオはそれだけ言って、馬を止めてキスするわけでもなく、速めて抱きつかせることもしなかった。

 私は俯くしかできなかった。


「どうしたら、笑ってくれるんだ? お茶会であんなに笑顔を振りまいて、パスティの客にもにこやかなのに、私にはまるで冷たい」

「冷たくは……ない」

 熱過ぎるせい。


「髪を切っても髭を剃っても、私の方は見てくれない」

「それは……」

 声にならない。

 私が言ったから髪切ったの? 作業中、鬱陶しいからじゃなく?


「もう街でのお茶会は、止めてくれるか?」

「ダメ、でした? もしかしたらたくさん募金もらえたかもしれないのに?」


「冬が来る前に、屋根は葺かねばならない。マリア像の支払いも迫っている。税を徴収するしかない」

「ダメ、それだけはダメ。税金払わなくていいようにって募金してくれた人々が絶対怒る」


「民もマリア様にお祈りを捧げるために募金したのであって、税を逃れるためではないだろう?」

「それでもだめ。もう少し待って、やっと二千ピー貯まったから、二倍にしてみせるから」


「だめなんだ、おまえから四千ピーもらっても足りない」

「足りない?」

「石の値段が上がった。デーン人がイースト・アングリアに集落を築いている。アイツらの家は全て石造り。その分、こちらに廻ってくる石が足らない」


 馬上で頭がぐるぐる痛み始めた。

「詳しいこと、おうちで話して」

 そう言って私は夫の胸に目を瞑った。


 書斎に入った。

「今、話しても大丈夫か? 疲れているのなら少し休むか?」

「大丈夫です。お話聞かないと落ち着きません」

「おまえが私に気を許すのは体調の悪いときだ」


「そんなこと、ないです……」

 と否定しても、そう取られても仕方ない行動をしてきてはいる。


 書き物机を挟んで、イスに座らせてもらった。長い話になりそうだ。リオもひとつ文章を紡いでは考え、そしてまた言葉にしていく。


「私はあの聖堂を『純潔の聖マリア教会』と名付けることにしている。作らせているマリア像も、聖母というより乙女の姿だ。そして本当は今日までに完成させたかった」


「マリア様の誕生日を知らしめて祝ってくれたのは感謝する。だが私はおまえにあんなことをさせたくない」

「あんなこと、とは?」


「人足達に言われた、『妻なら大事にしまっておけ、あれじゃ商売女か花売り娘、今日は酌婦だ』と」

「そりゃ、サラにも商人の真似ごとって言われて、お花売ってお茶を()いだけど」


「そういうことじゃない。低俗な意味だ。どれも『金を払えば自由にしていい女』というニュアンスで使う」

 そうだ、売春婦とかの婉曲表現だ。


「それで私の心に疑念が湧いた。おまえは私だけ、拒んでいるのではないかと」

「へ? 何?」

 聞きとれなかったのか、私の頭が理解を拒否したのかどちらかだ。


「私が王都に行った間に、作業場の皆がおまえを知った。おまえは聖女マリア様ではなく、マグダラのマリアか?」

 何ソレ、そんな話どっから出てくるの? 

 私が娼婦だと言ったの? 

 

「私を知った」ってそれも低俗な意味? 身体を知ったって意味なの?

 パスティの常連さんでも名前を聞いてる人なんていないのに?

 

「おまえになら一回400ピー払ってくれるそうだ」

「はあ?」

「20人相手にしてくれたら税を取らなくて済む。『太ってはいないのに出るとこは出ていてソソる。あの初々しい、本物のマリア様みてぇな身体だったら、裸を拝ませてくれるだけで100ピー』だそうだ」


 そんな下品な話をお茶会のテーブル周りでしていたとは。


「人足」等、現代では使うべきではない語彙は、中世の領主ならそう言うだろうと思って選択しています。

一言、お断りしておきます。

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