募金集め
ベックスに相談にいった。夫婦間のことじゃない、お昼の仕出しのこと。
安くて手軽で、できたらリオの街の名物料理にできそうなレシピ。
「お昼の定番と言えば、侯爵領西部のパスティが有名だね」
「パスティ?」
「ひき肉とジャガイモ、ニンジン、エンドウ豆なんかをパイ皮で包んで焼くのさ。外が硬いから少々手が汚くてもいいってか、汚れたら中だけ食べたりもするそうで」
「パイ皮は小麦よね? ライ麦より高いんでしょ? それからひき肉も手に入らなそうよね」
「次に子羊料理をするまでお預けです。うちの穀物庫にはライ麦はなくて、改めて誰かから買うよりは小麦のほうが融通できます」
「ニンジンって見たことない……」
「え、ちゃんとお出ししてますよ? 白っぽい根っこで細くて甘い」
「白いの?」
「白と黄色と灰色の中間です」
「メルが作ってる?」
「いえ、野原で掘ってきます」
まだニンジンは野生らしい。
「じゃ、探せば手に入る?」
「はい」
「ひき肉の代わりに、動物系が要りますね、何か味の中心になる物」
たんぱく質系という意味だろう。
「うちの湖の魚は?」
「あっさりしすぎますかね、あ、待って、あれなら」
「何なに?」
「ザリガニ」
「ざり? がに? 何か泥臭い、汚いとこに住んでるイメージがあるんだけど」
「うちの湖に居るんですよ? 汚くないです。エビよりコクがあって美味しい」
「そう、なんだ……」
「論より証拠、材料揃ったら作ってみますから味見ヨロシク!」
と言いながらベックスは仕込みに戻った。
次は募金箱作りだ。
自分の部屋にある、蓋つきの衣装箱がいい。コッファーというらしい。重厚な造りで、子ども一人楽に隠れられそうな大きさ。
サラに、「鍵と鎖を付けたい」と話を持ちかけたら、
「奥様のはそのままにしてください、物置部屋に似たようなのがないか見てきます」
というので、宝探しの気分で物置までついていった。
古い家具や使われていない調度品もろもろ、絵画に彫刻。
「お母様やお兄様の遺品もありますから、旦那様に使っていいかどうかお伺いしなくては……」
リオの家族の思い出。
今はたったひとり。奥さん欲しくなって当たり前だろうな。
「聖地巡礼」に行ったお父様はいったいどこまで?
もしかしてエルサレムだったら、もう二度と会えないのかもしれない。余りに遠い、余りに危険だ。
「そんなに立派なのでなくていいの、外に置くから。雨ざらしになるし。マリア聖堂の建築現場の近くに置いて、寄付金を募りたくて。税金を取るんじゃなくて、みんながマリア様の聖堂ならあってもいいなって小銭を入れてくれたら……」
「皆がお金を出す余裕があるのかどうか、疑問です……」
「ええ、私も心配。寄付してくれた後で結局お金が足らないから税金もってことになったら、顔向けできないわ」
調度品の中に、花瓶か彫刻を置くような、石造りの台座があった。
「花瓶。マリア様にお花を供える。あ、でもキャンドルも。えっと、要らなそうな花瓶ある?」
その夜何とかリオを掴まえて、物置部屋にあるコッファーと花瓶、台座を使わせてくれと頼んだ。
「どれだ?」
ふたりして薄暗い物置部屋に入った。ろうそくの灯りだけが照らす。
「これとこれとこれ」
「好きにしなさい」
リオはすっと部屋を出た。足音が石の廊下に響いて去っていった。
拍子抜けした。
「おねだりするならキスくらいしろ」とか言われると思っていた。
もっと先まで求められるかも、とも。
夫はまるでもう、私には関心が無くなったみたい。
コッファーにお金を入れる細い穴、スリットを開けてもらった。蓋には蝶つがいが付き、こまめに中をチェックしお金を回収できる。
そして、これみよがしな錠前と木に繋ぐための鎖。
建築現場の一角に、聖母マリア様について知っていることを書いた立て札を置いた。文面の最後に「ご寄付願います」と添えて。
その前にコッファーを据えた。
コッファーの上に花を活けた花瓶を置く。私が毎日水を替え、活け直す。
1つの理由は、軽い気持ちでコッファーを動かそうとする人々を減らすため。盗んでみようかと思わせないため。
もう1つの理由はみんなに花を買うのに慣れて欲しい。お腹は一杯にならないけど、心を温めるもの。
私はメルから花をもらうけれど、みんなは、余り流行っていない街の花屋さんから買ってくれるといい。
その隣に石の台座。キャンドルを灯す。雑貨屋さんからひとつ1ピーの白玉団子みたいなキャンドルを買う。
ひとまず私のすることは、花もろうそくも絶やさないこと。建築途中の聖堂に向けて祈りを捧げること。
自分はキリスト教徒ではないけれど、家は浄土真宗のお寺が菩提寺だけど、特に何の宗教も信じてはいないけれど、リオがマリア様を信奉しているなら、「彼とうまくいきますように」と祈った。




