両想い?
翌朝から食事時にも夫と顔を合わさなくなった。氷室にいるのか、街にいるのか、遊び女のところにでも行ってしまったのか、わからない。
それでも私にはどうしようもなかった。
抱いて欲しいですと言えないのだから。
好き、なのに。
好き、だから。
この世界の王様や侯爵様、他の貴族、生きている人の全てと知り合って、その中からリオを選んだわけじゃない。
伴侶として目の前に現れたリオを選ばないと不幸になる。
好きになったほうがいい。
そういう打算があるハズと思われても。
それでもいい。
好きになってしまったから。
もう、好きだから。
リオの片想いなんかじゃないから。
少しずつ、温かく、心の中で育った気持ちだ。きっかけは何だったろう? 自覚したのはいつだったろう?
ヒマワリ畑への馬上で、私はもうリオに気を許していた。
サラが入浴剤としてエグランティン・ローズの葉を浴槽に浮かべてくれた。お茶っ葉のように乾燥させて瓶詰めにしてあった。
その匂いに包まれた時に、そうなんだ、と思った。
そして今でもお風呂に入るたびに、しっとりとリオを想う。
街のみんなと話すようになって、領主としてのリオの姿が見えた。
自分に厳しく民に優しい。
マーシアという王国だった昔を誇りに思う人々もまだまだたくさんいる。
普段は、イングランド王からの重税が皆の生活に響かないように、自分の蓄えをクッションにしている。
住民税は毎月、自分の領地内に住む家賃として徴収している。
どんな商売をしようが一定額。
小作農には住む家を与え、小作料を取るのではなく、収穫は領主のものとして、毎月の生活費のほうを渡している。
主食の小麦とジャガイモ、そしてヒマワリと牧羊は小作農方式。
前に聞いた、「家族がいたら褒美をたくさん渡してしまう」と言ったのは言葉通り「褒美」、収穫終了のボーナスのようなものだ。
毎月の生活費、給与のようなもの――リオは手間賃と呼んでいた――のほうは、気分次第で増減したりしていない。
民なんてどうでもいいと蔑んでいるわけじゃなかった。
「勝手に増える」と言ったのは、単純に、たくさんいて入れ代わりもあり、新入植者もあり、憶えきれないといった意味だ。
だって、何年もかけてヒマワリの背丈が高くなり過ぎないように品種改良してきたんだ。栽培農家さんと、大切なことを守り継承してきている。
リオが安定した生活の基盤を作っているから、ムリにへそくりしたり、買い惜しみしなくても大丈夫だよ、人の商品を買ってあげれば、巡り巡って自分のお店にお客さんがくることになるんだよ。
貯金が再投資されて利息がつく銀行のようなシステムはまだない。だから。
大丈夫。
街のみんなは自分たちが思っているよりよっぽど、家計に余裕がある。無駄遣いしないことに慣れ過ぎているだけ。
リオが臨時に税金を取っても何とかなったのかもしれない。ある程度見込みがあったから、「民に負担してもらう」と言ったんだろう。
でも私は知っている、税として徴収されるのと、自分から思いを込めて差し出す募金は違うと。
税金にすると反感を持つ人もいることを。
リオを嫌ってこの土地を離れてしまう人々がいるかもしれないことを。
宗教を押しつけてしまうことにもなる。
リオフリッチ・マーシア伯爵、私の旦那様。
バラ園でくれたみたいな優しいキスをもう一度お願いします。
臆病な私が腕の中で怯えないように。
馬の上で「くすぐったい」と言った時の笑顔をください。
私が、ダイじゃなくて郷田愛葉が、「あなたのこと、大好きです」とちゃんと伝えられるように。
手遅れになる前に、どうか。
スペードのジャック顔に戻ってしまう前に必ず。
私からあなたに手を伸ばせるように。




