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片想い


 夜遅く、自室の机について、手元に集まった400ピーを見ていた。これを元手にして10倍にする。それもまだ非現実的だ。


 マリア聖堂の土台ができたら、募金箱を置こう。

 盗まれないよう鍵付きの、海賊の宝箱のように外身だけでも重たいのを、鎖で立ち木にでもつないで。

 税金ではなく、皆の意思でお金を出して欲しいから。


 バタン。

 突然部屋のドアが開いた。ノックも無く。

 後ろ手に閉めているのはリオだった。


「何?」

 ゆっくり立ち上がり、できる限り動揺を隠して言ってみた。

「おまえは、いつになったらふたりの部屋に来るんだ?」


 あ、あのお部屋。夫婦の寝室。倒れかけて寝かされた大きなベッド。


 夫の声はいつもよりもっと低い。怖かった。


「マリア聖堂ができたら、ご一緒します」

「いつのことだ?」


 沈黙が凝る。


「お金ができたら、です」

「金を作るつもりはあるのか?」

「頑張っているつもりですけれど?」


「屋敷の物も以前より安く売り捌いて、得た金も街で使い、貯めようとしているようには見えないが?」

「でしょうね。今、投資期間なので」

「トウシ?」


「私をバカにしているのか?」

「していません」


 悲しくなってしまった。リオは私を見失っている。何も説明していない私が悪い。悪いけれど。ちゃんとした夫婦になってない私が悪い、けれど。


「来いよ、抱くから」


 丁寧語でない物言いにギクリとした。余裕がない、と思わせた。

 紳士でも伯爵でもない、年相応の「男」な気がした。


「疲れているでしょ、あなたも。建築現場と行ったり来たりで」

 そう言うのがやっとだった。顔が引き攣って、目が泳ぎ、息が浅いのが自分でもわかる。


 リオは返事も無く近付いてきて、私の右手首をぎゅっと握った。

「痛い」


「今日、八百屋で楽しそうだったな。ああいうのが好みか? 短髪で髭も無く、若くて威勢がいい」

 答えられなかった。


 八百屋は軒先まで野菜棚を出しているから外で話していた。店内で二人っきりになるよりいい気がした。

 リオはその光景を見てしまったらしい。

 

 心拍数が上がる。目が潤む。怖い。でも怖いだけじゃない。

 

 悲しい。


 このまま抱かれてしまったら、私は後悔する。

 抱かれることはできる。抱かれてしまうことはできる。


 抱かれてしまうことと抱いてもらうことは、バラの棘と花くらいかけ離れてる。

 手首を握り潰しそうなこの力でこの人が私を組み伏せたら、その棘は一生残る。その後どれ程優しくされようと、何年夫婦を続けようと。


 リオが無理強いできる人なのなら、どうしようもない。

 今日逃げても明日、いずれ、時間の問題だ。


 抵抗するべきだろうに、悲しさか諦めかが心に充ちて麻痺してしまった。


 夫婦の部屋まで引き摺られても、この部屋のベッドに押し倒されても。


 それが私のみじめな、初めての経験になるだけ。

 

 リオは私の手首を放し、抱きしめた。

 触覚も痛覚も止めようと頭に(もや)がかかった。目に映るものも意味を失くしていく。


 声が聞こえた。

「私はおまえの何だ? ただの同居人か? 保護者か? やはり郷里(さと)へ帰った方がいいのではないのか?」


「帰れないのです……」


「だから仕方なしにここにいるのか?」


「仕方なしではないけれど、他に行くところもありません」


「そうか……、やはり私の片想いなのだな」


 次に聞いたのは、扉が蹴破られる音だった。

 独り部屋にとり残されていた。


「リ……オ」



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