3話
「ゲームをしましょう。」
全授業が終わるなり前と同じことを言う悠木縁さん。全授業といっても、2時間前の出来事なんだけどね。
どんなゲームかは知らない。けれど、僕が必要なことは間違いない。初回特典、お友達紹介特典。異性を頼るというのは、男女で特典が違う可能性も。スタートダッシュキャンペーン? とりあえずは、
「プリントを、貰いに行くから、無理かな。」
優先順位は高い方から。悠木さんは、足早に立ち去ったと思ったら、鞄をもって戻ってきた。足速いなぁ。そして、隣を歩く。行き先が一緒。別々に行く必要はない。
けど、僕は、歩くのが遅い。前に大変じゃないか、と言ったら、凄い勢いで否定された。罪の意識か。ただの好意か。
漫画か、アニメかのどちらか忘れたが、好きになるは風邪に罹る、勘違いすること、と同じ。突発的な事故にあったようなモノらしい。うまいこという。一目惚れは、それを表していると思う。
彼女の好意は、知っている。
けど、助けた恩につけ込むようなことは、したくない。もっと簡単に考えればいいのだが、勘違いになったら恥ずかしい。特別に、恋に恋して恋したいはけでは、ごめん。嘘。お年頃ですから、興味がある。
「貰いに行くのね。」
わかっていることを、確認した。こういうのは大事。
「0.5を舐めていけません。されど、0.5。田野崎先輩が言ってました。」
「あ~。何か言っていたような気がする。」
悠木さんにとっては先輩なのだが、僕から見ると隣の家に住む幼馴染で元同級生。残念なことに、姉弟内ヒエラルキーが低い。故に、定番の買い出しから女装までさせられる。定番? な経験を無理やり、積まされている。
ちなみに、僕は、買い出しまでしかない。家族同然の扱いを受けるが、その辺は、よその家の子だからね。
最近、学校指定の女子制服をよく着ているのを見る。姉弟喧嘩に負けたか、上の機嫌が悪いか。僕ところまで、被害がこなければ、基本、そういうものとしている。
この幼馴染、所謂、イケメン。ただし、御姉様と、一部の女生徒に大人気だ。もう一種の才能だと思う。
口を出すと、多くのファンを敵に回す。それは避けたい。こっそり、女装時の写真を撮って献上しないと許してもらえない。小遣い稼ぎができるならともかく、タダ働きで、大変な思いはしたくない。
済まぬ。親友。あの人たち、こっちの事情は、お構いなしに攻めてくるから。
大翔という名前の通り大きく羽ばたいて欲しい。今のところ大きく飛んでいく様子はないが。
「そうか。あれの影響を受けているのか。付き合い方を考えるしかないな。」
「お付き合いしいたのですね。どこ行きますか。仮に手痛い仕打ちを私が受けても家の人は文句いいませにょ。」
「いいませんよ。」
とても適当で、ベタなやり取り。そして、噛んだ。顔を赤くして言い直す。うん。純粋に可愛いく思う。 ちょろいな。僕が。
「命と引き換えにしてるからね。よっぽどなことではない限り大目に見られているんだろうね。」
「それ違いますね。まぁ、少しはあるかもしれませんが。大丈夫です。私に文句をいえる立場にいませんから。きっと、真っ黒です。政治家もビックリします。」
「言ってやるなよ。会ったことないけど。」
否定された。少しはある、が疑わしいく思ってしまう。利益優先的な人なのだろうか。高校生に恩売っても意味がないから、全部代理。それはないか。確か、会社を、経営しているか、幹部か、といってような気がする。少し調べれば、宮江か、繭生原のどりらかにたどり着けるはず。
会社を動かすのに、時には、強引な行動が必要と、聞く。大変なのだろう。他に気を回す余裕がないほどに。多分。きっと。お食事券なんてない。
そんなこんなを、考え、横から聞こえる声に、適当な、相づちを打つ。前を見て歩き、考えて、別方向から話を聞く、なんて複数のことを一度にできない。せいぜい2つが限界。僕自身は、それほど、高性能にできていない。と思う。
廊下の奥、僕らとは反対側に、人だかりが見える。女子生徒の中にいる頭一つか、二つか、高い女子生徒風の男子。嫌でも目立つ。
「相変わらず人気ですね。田野崎先輩。」
「だなー。」
悠木さんの声から、興味がないことは、すぐに分かった。まぁ、僕も、興味はないので。
それにしても、最近、女装率が高いな。週の半分は、制服違う気がするのだが。去年は、少なくとも、僕と学校に行くときは、普通に男子高校生だった。他は知らないけど。
「放って行くんですか。」
「勿論。」
「凄くいい返事で、切り捨てましたね。びっくりです。まぁ私も、さっきの中に入るのは、怖いです。わかります。」
そんなにいい返事だったのか。はっきりと断言はしたが。気のせいだ。きっと。
「君はあれにちょいちょい厳しいな。」
知り合って、間もない。だから、そう感じるだけかもしれない。けど、なんて言うか、声に色がない。平坦な棒読みとも感じが違う気がする。気のせい?
「そんなことより、前々から、聞こう、聞こう、聞こうと、思っていたのですが、」
3回も重ねているが、全然、重要と思えない。とりあえずは、話を区切る。どうせ、何故、女装、だし。
「聞くな。特に本人には。引くぐらいに泣くぞ。」
「え。」
不思議な顔をされても困る。この子は、あれを進んでやっていると、思っていたのか?
実際に、泣きはしない。落ち込む。急に怒る。威嚇される。真顔で両肩を掴み笑う。ちょっとした恐怖体験が出来るが。
「事情があるのですね。」
「あるんですよ。」
他人から見たら、姉弟喧嘩や、八つ当たりの対象、ただのお遊びなので、大それた事情ではない。ただ、当事者からすれば、そうではないだけ。
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「今日からのはこれだ。」
「あ、わかる。」
「私もです。」
ここに来るまで何事もなかった、ということにして、プリントをもらう。
けど、このプリント、今まで見せてもらった物と、違う。かなり簡単に出来ている。現に、今日の習った範囲がほとんど。解らない所は、今までの名残か、予習か。復習用に路線を変更したのか。
「最近、名前だけで出す、のが多いから。復習と予習形式にすることにした。」
強調して言っているが、最近だけではないと、思う。大翔から聞いた話では、新人の時、何かの顧問を押し付けられた、という理由で、授業以外で無理がきくらしいし。
「間違えても、問題ありませんでしたから、今更のような気が。何故、いまだったのですか。」
「貯蓄が切れただけだろう。」
「貯金?」
悠木さんは、分かっていない様子。こういうのは、同じ学校関係者がいないと、わからないからな。今までのが、優遇期間、という考えには、ならなんだろう。
「この学校、新人の先生に、とりあえず何か役職を与える、という風習があるらしいよ。」
「察するに、私が入学前までに、何かの顧問をさせられ、その報酬があった。ということですか。いじめですか?」
「風習だ。風習。強いて言えば、パワハラに近いかもしれんが。皆、通る道だ。」
「先生が、パワハラって言っていいんですか。」
「大丈夫。みんな言っているから。」
自由だなこの学校。女装男子をスルーしている時点でわかっていたけど。
「確か、3年ぐらい、何かする、だったかな。」
「先輩、なんで、そんなに詳しく?」
「そういえば、田野崎と仲良かったな。」
「隣ですから。」
「あ~。田野崎先生の方。」
思い出した悠木さん。田野崎は、大翔以外にももう1人、先生でいる。田野崎翼。田野崎家の長女。とても強い。物理的に。ついでに、年上の幼馴染?で兄、六花の恋人。
「白石先生。」
「はい。ン~。はい。田野崎先生。」
先生の声が、驚いたかのように高い。そして、咳払いをし、やり直す。弱いな。流石、見せかけの筋肉と自称することだけある。
「夏君、さぼりダメですよ。あと、女の子には、優しくです。ねぇ。」
何故か、さぼり扱いされた。成り行きで、貰いに来たのだが。
「イエス・マm。「ぁぁ。」ごめんなさい。冗談です。悠木さん、今度、ジュース奢るよ。」
自分自身でも驚くほどの、早い手のひら返し。小さく、本当に小さく唸るような声が、聞こえた。だって、怖いんだもん。仕方ない。機嫌が悪いんだな。女装の原因はこれか。兄よ電話でもしてくれ。あなたの弟がピンチですよ。
長い物に巻かれる。命は大事に。ガンガン行かない。石橋を叩いて壊して引き戻る。藪をつついて蛇を出す、どころか、出てくるのが、虎か、ライオンか、なんてごめんだ。地雷探知機なんて持っていない。
「しつけられてるな。」
「なつみちゃん。弱いです。」
「いっだああああ。」
つい、空いている手で、悠木さんの頭をつかんだ。腕をつかまれているが、仕方ない。
「やめなさい。」
スパーンッと、音を出しながら、頭を叩かれた。思ったより痛みがない。音だけ。やり過ぎた。だが、後悔はしていない。
「ところで、何か言いましたか?」
「いえ。」
髪をなでながら、顔を横に振る悠木さん。言葉一つで顔を逸らす先生。うん。人のことを言えない、と思う。言うと、ブーメランが戻ってくると同時に、蜂の巣を傷つけられた蜂が、報復でやってきそうな可能性もあるので、言わないが。
「はぁ~。学校では公私の区別をつけてください。冗談もほどほどに、です。」
あからさまな、ため息は、やめてほしい。なんか怖い。精神的によろしくない。
そしてなぜか、隣の女の子の目が、輝いて見える。気のせいだと思う。多分、そう。なんで、あの流れを見て、感心する? あこがれる要素が、ないと思うのだが。もし、あるとしたら、有無を言わさない力関係ぐらい。
「はい。」
「よろしい。体調が悪くなったら、すぐに言うんですよ。」
「はい。」
「うん、まあ、そういうことだ。気を付けて帰れ。」
手で追い払う様に、さらっと逃がしてくれる先生。ありがとう。マジ感謝。明日には忘れる、かもしれない。けど、尊敬する。
「あっ、夏君。帰るときに、酒屋さんで、みりんを注文してきてください。あの子に買いに行かせたいのに、連絡取れないので。」
「はい。」
「失礼します。」
「お疲れ様でした。」
悠木さんの後に声を出す。最後の方。はい、しか言っていない。
作中、お食事券はそのままで。
2018,12,20 訂正