22-2. 女王の潜入 2
翌日、出発した私たちはまず、帝国欧州軍第61偵察中隊と合流することとなった。
先方の指揮官であるクルト・ブロイティガム少佐は、ラトカたちがフェリックス殿下を連れて戻ったのを認め、彼女を激賞した。次いで、一団の中に私がいることを知ると、明らかに戸惑った顔をしていた。まあ、当然だろう。
ここが、始めの難関だった。第61偵察中隊、彼らの協力を得たい。
『少佐は、話の分かる奴だ。必ずあたしが説得する』
という、ラトカの言葉が頼りだ。殿下とラトカによる、少佐の説得が始まった。
「フェリックス殿下の身柄は、現在、『銀髪のシャールカ』が預かっている。われわれは犠牲を減らして戦争を早期終結させたいという、王国の求めについて、その趣旨には賛同する。女王に協力してくれ。でなければ殿下の身柄は渡せない」
「少佐、女王陛下に協力してください。でなければ、私も帝国軍には戻れません」
説得というよりも、脅迫のような気がする…… 少佐はため息をついた。
「あのね君たち。自分らが何をしているのか、わかっているのか? 敵国の策に協力するなんて、おかしいだろ。反逆に等しいぞ」
ラトカはしらばっくれた。
「反逆とか言われてもなぁ…… あたしらは帝国軍との契約は果たしたし、帝国軍の軍人でもないし……」
フェリックス殿下も、しらばっくれた。
「私は、捕虜になってしまったので、帝国軍の指揮下にはないですし……」
「そうだ! 今思い出したけど、あんたらも欧州軍司令部の正式な指示で動いてるわけじゃないんだよな、確か」
ラトカの指摘に、少佐は目をそらした。
「だったら別に帝国の指示に逆らうわけじゃないんだから、いいじゃんかよ」
「なんという屁理屈……」
少佐の隣にいた副官のレイスコヴァー中尉が言った。
「少佐はお前の父を越境して助けたせいで、受けた謹慎が解けたばかりなんだぞ。今度は我々の職まで奪うつもりか。なんという奴だ」
父親の話を出されては、ラトカも分が悪いようだった。
「それは…… 悪いとは思うけどさ」
「少佐、わたくしからもお願いします」
私も頭を下げた。
「わが国は、先日貴官らがわが国の領内へ越境して軍事行動を行ったことに関しては、不問にする次第です」
「それは、この際大きな問題ではありません、女王陛下。帝国は貴国と戦争中です。今、銃で撃たれて死にそうになっている人間から、銃弾で服に穴を空けたことは不問にする、と言われましても」
……まあ、そうですよね。
「それよりも、今、女王陛下を捕らえ、司令部へ連行すれば、我々の大きな手柄になることは間違いない。それをあえて逃すほどの理由が、何かありますでしょうか?」
ラトカとフェリックス殿下の顔色が変わった。
「そんなことをしたら、あたしは許さない」
現場に緊張が漂う。
「まあ、ちょっと待ってください」
争いの原因の張本人である、私が割って入った。
「少佐。お気持ちはわかりますが、まず、この2人がなぜわたくしに味方してくださるのか、お聞きになってはいかがですか」
少佐はひとまず折れた。
「いいでしょう。では少尉、貴官の意見は?」
フェリックス殿下は答えた。
「この戦争は、最終的には帝国が勝つでしょう。しかし、下手をするとそれまでに、両軍によって、互いに大量殺戮が行われるおそれがあることを知りました。私は帝国軍の将兵がこれ以上むやみに命を落とすのを見たくありませんし、私の母が死ぬところも、母がそのような命令を下すのも、見たくないのです」
「大量殺戮とは穏やかではない。どういうことだ?」
「……ここでは詳しくお話しできません。司令長官殿下に直接お伝えします」
「そうか…… ラトカ。きみはどうだ」
「あたしは…… 少佐たちのおかげで、あたしの父さんは命が助かった。そのことには感謝してる。でも、解放同盟の武装闘争派が排除されたせいで、王国は帝国の要求を受け入れにくくなって、戦争の一因になったんだと聞いた。今回の戦争の原因にあたしが絡んでるなら、あたしはこの戦争を終わらせるために役立つことを、何でもやらなきゃならない。そう思ったんだ」
「ふーむ……」
少佐はしばらく考えていたが、今までで一番大きなため息をついて、言った。
「はぁー、しょうがないな、まったく。いいだろう。女王陛下に協力するとしよう」
「正気ですか、少佐」
副官の問いに、少佐はこう答えた。
「今回の作戦の趣旨をゼレンスカヤ大佐に尋ねたんだが、司令長官殿下が指揮をなさる上で懸念を生じそうなことを取り除きたい、のだそうだ。ま、もっとわかりやすく言えば、殿下にこれ以上、つらい思いをしてほしくない、ということだろうな。確かにその方が、指揮下にいる我々にとっても、良い影響がありそうな気がする。今聞いた少尉の意見にも合うと思うがな。それに、例の越境活動が戦争の一因だと言われてしまってはね…… 俺も黙って見てるわけにはいかんでしょ」
かくして私たちは、第61偵察中隊の協力を得ることに成功した。とはいえ、彼らに面と向かって帝国軍に敵対するような行動をとることを求めることはできない。彼らもそこまではできないだろうし、そんなことをさせるのは申し訳ない。私たちがお願いしたのは、あくまでお目こぼしと便宜を図ってもらうだけ。
私は、皇帝に直接会って話をしなければならない。そのためには、相手が断れない状況に持ち込むことが必要だ。そこで、皇帝が行う記者会見に潜り込み、メディアの注目がある中で、皇帝に会談を申し込もうというわけだ。第61偵察中隊は、帝国が発行する取材許可証を用意してくれた。どうやったのかは知らないが、偽造ではない正式なものらしい。もちろん、記載されている名前は偽名なのだが。これで会見場に入ることができる。
そして、皇帝が前線の視察などを行い、その後、欧州軍司令部のあるシュトゥットガルトで会見を開くという情報が入った。いわば敵軍の本拠地に乗り込まなければならないわけだが、これは好機だ。
フェリックス殿下は、欧州軍司令長官に会いに行く。向かう場所は同じだが、別行動だ。マルティナ殿下に会いたいというラトカも、彼に同行することになった。
第61偵察中隊のおかげで、シュトゥットガルトにも会見場にも、難なく入ることができた。
会見が始まる。
まず、皇帝による冒頭の説明で、帝国軍は戦争の早期終結に向けて努力すること、破壊されたインフラの再建は帝国が支援することなどを述べた。続いて記者たちからの質問である。
「開戦から3ヵ月余りが経過し、両軍の戦死者は5万人を超えているとも言われています。戦争の早期終結と言われますが、具体的な見通しはあるのですか」
「戦争の混乱により、欧州域内の消費が冷え込んでいます。経済への影響にどう対処されるのですか」
「帝国軍は組織的に都市を破壊しているとのことですが、やりすぎではありませんか」
皇帝は、これらの質問に対し、帝国軍は鋭意努力している、同盟国の皆さんの安全は帝国が保障する、そのために必要な措置をとっているし、今後も継続する、などと回答していた。
私の番だ。挙手して当てられた私は、発言した。
「皇帝陛下にうかがいます。王国との戦争ですが……」
ここで、司会者が遮った。
「すみませんが、所属とお名前をお願いします」
私は正直に名乗った。
「失礼。ベルジカ王国のカオル・A・グランシャリオです」
会場が騒然とした。まあ、当然だ。対する皇帝は、あまり驚いたようには見えなかった。あくまで悠然と構えている。私は発言を続けた。
「陛下に伺います。王国との間で、和平交渉を行うお考えはありませんか。王国は今すぐにでも話し合う準備があります」
皇帝はそれを聞きながら、何やら司会者に耳打ちしていた。皇帝の回答はこうだ。
「帝国は、王国に対して無条件降伏を求めています。それ以外の話はありません。以上」
すると、
「記者会見を終了します」
という司会者のアナウンスに合わせて、皇帝は会場から出ていこうとするではないか。私の周囲は警備の兵士たちに取り囲まれようとしていた。
まずい。ここで皇帝を逃すわけにはいかない。
「陛下! 皇帝陛下!」
私は、靴を脱いで目の前の机に上り、立ち上がると、必死に叫んだ。
「皇帝陛下! 私の話を聞いてください!」




