20-4. 王国の秘密 4
女王様は、うつむいてじっと考えていた。
しばらくそうして考えた後、大きくため息をついて、言った。
「女王をやめるなんて、できるわけないじゃないですか」
「……理由を、お聞かせいただきたいのですが」
フリーダーの問いに、女王様はこう答えた。
「もう、私は一度女王になってしまった。責任とか、いろいろな人の期待とか、恨みとかを、受けてしまったんです。これをなかったことにするなんて、できません。私がいなくなったら、私を恨んで死んでいった人たちの思いは、どうなるのですか。私を恨んでいた人たちは、誰を恨んで生きていけばいいのですか。辞して私が恨まれることがなくなったとしても、その分私は自分自身を恨んで生きていくでしょう。私が女王を続ける方が、私自身にとっても、私を恨んでいる人たちにとっても、良いことだと思います」
……あたしには、ちょっと何言ってるかわからなかった。なので、
「ラトカ、あなたもそう思いませんか」
と女王様に聞かれても、
「わかんねーよそんなこと。あたしに聞かないでくれ」
としか言えなかった。確かに、女王様は母親を殺されて憎いなら、自分を恨めと言ったけどさ……
フリーダーが言う。
「するとあなたは、誰かに恨まれるために、女王を続けるとおっしゃるのですか」
「そういうことです」
バカじゃないのか。私は思った。
「バカですね、あなたは」
フェリックスの奴、そのまま言いやがった。
「そうです。バカなんです、私は」
女王様は認めて、少し笑ったが…… あたしはどうにも悲しいことだと思えるのだった。フェリックスが、
「うちの母親みたいになっちまうぞ」
と、つぶやくのが聞こえた。
「あなたがそうお決めになったのなら、私は、できることなら何でもいたします」
フリーダーは頭を下げたあとで、言った。
「そうなると、まずしなければならないことが……」
あたしらは、また目隠しをして車に乗せられた。そして連れてこられたのは…… 王国の首相官邸だ。王国首相のヨス・ファン・アスペレンは、反乱軍によってここに軟禁されているらしい。
フリーダーは、首相の執務室の前に来ると、
「今から、首相に会ってきます。しばしお待ちを」
と言って、入って行った。扉は開けたままだ。
「首相閣下。ご気分はいかがですか」
中の話し声が聞こえてくる。あいつ、会話の内容をあたしらに聞かせるつもりのようだ。
「良いわけがないな。君は、なぜこんなことをしたんだ」
首相の声だろうか。あたしらは、扉の横に立って、話を聞いていた。
「女王陛下を帝国に引き渡しても、恥の上塗りで、わが国のためにはなりません。あなたこそ、なぜそのようなことをなさろうと?」
「国民を守るためだ。帝国の攻撃で都市やインフラは破壊され、軍人も民間人も多くが殺された。こんな犠牲は、もう止めなければならない。帝国との停戦交渉のためには、仕方がなかった」
首相が言うことは、まあ、わからないでもない。だが、続けて聞いた言葉には、少し驚いた。
「それに、女王陛下を引き渡したほうが、彼女自身のためにもなると思った。このままでは、いずれ陛下も命を落とすことになるだろう。我々の都合で王位に就いてもらい、負担を強いているというのに、命までこの国に捧げることはないのだ。帝国も陛下が引き渡されたならば、命まで取りはしないだろう」
フリーダーも首相も、多かれ少なかれ、女王様を守りたいという気持ちがあったということか。
「首相閣下、あなたがこの国の国民全員に責任を負わなければならない立場として、現実的な解決策を見つけようと努力されてきたことは、わかっています。しかし、その『国民』の中に、女王陛下は含まれていないようです。あなたは、間違えました。越えてはいけない一線を、越えてしまったのです」
「そうか。……そうかもしれないな」
しばらく沈黙が続いたあとで、首相が言った。
「私を殺すのかね」
「……はい。何か言い残すことはありませんか」
「そうだな。できるなら、女王陛下に直接お会いして謝罪したい」
「できかねます」
「そうか。では、伝えてもらいたい。申し訳なかったと」
「それは、何についての謝罪ですか」
「この国が彼女に負わせた、すべてについて」
「……心得ました。必ずお伝えします」
フリーダーは、少し間をおいて言った。
「軍に居場所がなくなった私を拾って、政治家として育ててくださったこと、感謝しております。さようなら」
そして、銃声が3発、続けて響いた後、重いものが床に落ちるような音がした。
女王様がたまらず部屋に入って行こうとするのを、フェリックスが押さえて止めた。ま、見ない方がいいだろうな。
「終わりました」
フリーダーが出てきた。こいつ、涼しい顔してやがる。
フェリックスとあたしが、事の起こった部屋をのぞき込むと、絨毯は赤く染まっていた。フェリックスは、その中心にある遺体に向かって、敬礼した。
女王様は目を伏せて唇を噛んだまま、何も言わなかった。
官邸の廊下を歩きながら、女王様がフリーダーに尋ねた。
「軍に居場所がなくなったというのは、どういうわけですか」
まあ確かに、この女はあたしの母親を討ち取ったわけだから、手柄を評価されて軍で出世してもよさそうだが。
「討伐戦で私が部隊を指揮したのは、偶然指揮官が欠けたからです。本来なら一時撤退して仕切り直すべきだったかもしれません。上官を守ることができず、部隊を危険にさらしたものですから、功を焦っただの、出過ぎた真似だのと、言われましてね。軍では肩身が狭くなったのです。そこで、政治家にならないかと誘われたのです」
「はぁ~、これだから凝り固まった組織ってのは、イヤだイヤだ」
あたしは大げさに言ってやった。
「この国のために努力したのに、それは無念だったことでしょう」
女王様はこう言うが、フリーダーは苦笑した。
「私は軍の中での出世には、あまり関心がありませんで。もともと軍に入ったのも、やけくそのようなものでしたから」
どういうことだ? その答えを聞く前に、あたしらは次の部屋に着いた。
「ここは、閣僚応接室です。閣議の前の懇談などに使う部屋ですね」
椅子がいくつも並ぶ、大きめの部屋だ。壁の天井近くを見ると、集合写真がいくつも掛けられている。
「さあ、今度はあなたが、私を撃ってください」
フリーダーの奴、どういうつもりなのか。さっき首相を撃った拳銃を、女王様に手渡した。
「どういうことですか」
「わが王国は、帝国による国際秩序は民主的ではないと批判し、自国は民主主義による政治を貫くと標榜してきました。いま、私は閣僚という立場にありながら、軍事力を利用して政権を奪いました。私は、民主主義を破壊した大罪人です。この国の王であるあなたが、その大罪人を討ち取り、民主主義の守護者になってください。そうすれば、この国をあなたの自由にすることができるでしょう。邪魔になりそうな者は排除しました。ここにする帝国から来た皆さんは、今まで見たことを伝えていただければよいのです」
こいつ…… そんなこと考えてやがったのか。フリーダーは、女王様の前にひざまずいた。
「この部屋には、これまでの政権の閣僚たちの集合写真が飾られています。私のような人間は、彼らの前で滅びるのがよいでしょう」
女王様は、何も言わず、足元で頭を垂れる彼女を見つめていた。そして言う。
「あなたは…… 民主主義のためでないならば、なぜこのようなことをしたのですか」
フリーダーは、断言した。
「あなたのためです。女王陛下」
それを聞いた女王様は、
「そうですか」
とだけ言うと、彼女に手渡されたオートマチック式拳銃を、頭を垂れたその頭に向けて、構えた。
そのまま、沈黙が続く。
それはかなり長く感じた。
「や、やめろカオル!」
フェリックスがたまらず叫ぶとすぐに、
「……バン」
と女王様が小声で一言。そして銃を持った手を下ろした。
「民主主義のためではなく小娘ひとりのために行動した、愚かなクリスティーネ・フリーダーは死にました。あなたは、今度はこの国と国民のために尽くしなさい」
女王様は諭すように言う。恐る恐る立ち上がったフリーダーは、深々と頭を下げた。
「仰せのままに」
女王様はため息をついた。
「あなたは、バカです。後ろ盾が何もない私のような小娘が、この国で何ができると言うんです? それに私は、拳銃の使い方なんて知りませんから」
女王様が乱暴に突き返した銃を、フリーダーは微笑んで受け取った。
「それはどうも、失礼いたしました」
「あなたもです、殿下」
不機嫌な女王様の矛先は、フェリックスにも向けられた。
「ま~た私を呼び捨てにしましたね。これで2回目です。ちゃ~んと、覚えてますからね。よほどさゆりちゃんの活躍をご覧になりたいようで」
「……勘弁してください」
女王様が言っている意味はよくわからなかったけれど、フェリックスの顔は引きつっていた。女王は、意外と根に持つタイプなんだろうか。
「フェリックスの奴、なんで女王様が撃つのを止めようとしたんだ? 王国のゴタゴタは、あたしらには関係ないだろうに」
あたしが何気なく言うと、ミロシュがこう答えた。
「女王陛下が殺人者になるのを見たくなかったのでしょう。私も、お嬢のそのようなところは、あまり見たくありませんので」
そんなものだろうか。あたしにはよくわからないが。
あと、さゆりちゃんって誰だよ。




