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20-1. 王国の秘密 1

 帝国欧州軍第61偵察中隊・中隊長のクルト・ブロイティガム少佐は、ラエティア民族解放同盟の武装闘争派を壊滅させるべく、王国領内に越境して敵本拠地への攻撃を敢行、首謀者を捕らえることに成功した。だがもちろん、領土の侵犯は国際法上問題があるのは当然であり、その上軍事行動を行うなどもってのほかなのだった。また、当時帝国と王国は交渉中、というか帝国側が軍事力を背景に王国に対して要求を突き付けている状態だったから、少佐たちの行動は外交上も微妙な影響を与えずにはおかなかった。

 そういうわけで、勝手な行動をした少佐は停職処分を受けることとなり、その後王国との戦争に突入したにもかかわらず、第61偵察中隊の運用は宙に浮いた状態となってしまった。

 ラエティア民族解放同盟から抜け、帝国に付くことになったあたしらは、いきなり帝国軍に編入というわけにもいかず、ひとまず帝国軍から業務を請け負う形でやっていくことになった。……それで、一応あたしらの組織としての名称を決めなければならなかったんだが、ミロシュたちが『銀髪のシャールカ』というのを強く推すのには、困った。シャールカというのは、チェコの伝説『乙女戦争』の登場人物で、敵側の英雄を陥れて殺した女傑だという。でもこんな名前にしたら、絶対シャールカってのはあたしを表しているキャラだと思われるじゃないか。恥ずかしい。

 ともかく、仕事をもらうことになっていた中隊がそんな状態なので、あたしらもしばらくは開店休業だったわけだ。


 だが、帝国軍が王国の首都を攻撃した日の晩、事態が動いた。

 欧州軍司令部のレギーナ・ゼレンスカヤ大佐が、ブロイティガム少佐に連絡してきた。

「ブロイティガム少佐、貴官の活躍は話に聞いている。王国と開戦したというのに謹慎中とは、不満もあるだろう」

「いいえ大佐、自らが招いたことですので仕方がありません。もちろん、ご命令とあればいつでも力を尽くしますが」

「そうか。では頼みたいことがあるのだが…… なんでも、貴官らは敵国の領土に潜入するのが得意だそうだな」

「……特段、得意というわけではありません。あの時は、ああするしかなかったわけでありまして」

「そこで、潜入するのが得意な貴官らに、ぜひやってもらいたい」

「……」


「……というわけで、初仕事だ。頼んだぞラトカ」

「ちょっと待てよおい」

 少佐の奴、丸投げしようとしやがった。

 仕事というのは、王国の捕虜になっている欧州軍司令長官マルティナ・K・シュテルンリヒトの息子、フェリックス・K・シュテルンリヒト少尉の安否を確認し、できれば救出せよ、というものだ。

「なんであたしらが、そんなことしなきゃならないんだ」

「なんでって…… これをやれば、俺の謹慎も解けるっていうし」

「少佐、なんでテメーの謹慎解除のために、あたしが汗水垂らさなきゃならないんだ」

「あのな、そもそも俺が処分を食らったのは、誰のせいだと思ってるんだ? ん?」

「……」

 それを言われると何も言い返せねーよ。

「司令長官殿下の許可を得て行う作戦じゃないから、正規軍を大っぴらに動かすことはできない。それに、帝国軍の支配地域以外では、さすがに俺ら正規軍よりも、君らのような身分の方が、行動しやすいだろうというわけだ。ま、必要な装備は用意するし、途中までできる限りのサポートはさせてもらう」

「でもさ、司令長官のマルティナって、目的のためなら自分の夫も殺すような奴なんだろ。息子の命は惜しいってか」

「ああ、それはだな…… 今回の話は、司令長官殿下の指示じゃなくて、ゼレンスカヤ大佐の個人的発案だそうだ」

「はぁ?」

 あたしはそれを聞いて、ますます気分が悪くなった。自分の息子だろ。なんで自分で手を尽くして助けようとしないんた。なんで頼まれてもいないことを、やらなきゃなんないんだ。

 それをあたしが言うと、少佐は言った。

「まったく、皇族というのは、難儀なものだよな。帝国の運営とか、平和とか、発展とか、めんどくさい責任を、俺たちは彼らに押し付けている。彼らのことを本当に理解している人間が、どれだけいるだろう。理解していたら、皇帝になりたいなんて、誰も言わないだろうな。俺たちが皇族に任せて楽をしている分、少しくらい彼らの気持ちを汲んで、彼らのために行動する人間がいてもいいんじゃないかと。俺はそう思うが、どうだ?」

「わからん」

 あたしは即答した。少佐は笑った。

「ま、いいさ、不満を持ちながらでも。ともかく、今回の仕事は、やると決まったんだ。頼むぞ」


 そういうわけで、帝国軍の支配地域を抜けてからは、あたしらが単独で行動し、避難民の移動に紛れて首都を目指すことにした。

 ただ、あたしはどんな気持ちでこの仕事をすればいいのか、ずっと考えていた。反帝国活動をしていたあたしらが、帝国の皇族のために危険を冒そうとしているなんて、皮肉な話だ。

 でも考えてみれば、あたし自身は、帝国に対して特段恨みを持っているわけでもないのだった。むしろ、母さんを戦闘で殺したのは王国軍だしな。マーストリヒトで会ったセリアっていう学生なんか、帝国軍のせいで両方の親が死んだというのに、ことさら帝国を憎んではいないと言っていた。あたしはなおさら、帝国を恨む理由がない。

 セリアは、母親が死んだときの話をしてくれた。母親は必死に娘を守ろうとしたそうだ。やっぱり誰だって、親ってのは、自分の子供が一番大事だという気持ちを持っているんだろうか。あのマルティナ・K・シュテルンリヒトも…… そんなことを考えていた。


 ともかく、息子のフェリックスの安否を確認しなければならない。首都で情報収集したところ、フェリックスは健在で、女王と同じホテルに滞在しているということがわかった。とりあえずこの事実は、帝国軍支配地域にいる第61偵察中隊に伝達した。すると、次に来たのは、救出せよという指示だった。やっぱ、やんなきゃダメか。

 それで、あたしが給仕係としてホテルの部屋に入って、窓の鍵を開け、そこから他のメンバーが進入するということにしたわけ。ここまではうまくいったが、予想外だったのは、王国の女王がフェリックスと同じ部屋にいたことと、王国のクーデターに遭遇してしまったことだ。もうちょっとでホテルから出られそうだったのに、ヘタレのフェリックスは、途中で投降しちまった。あたしらは拘束された。


 ……ってなことを、あたしは王国の取調官に話した。フェリックスが、正規軍じゃないあたしらは正直に事情を話して捕虜の待遇を受けた方がいいって言うから、そうしたわけだ。

 捕まってしまったあたしらは、どうなるのかと思っていたが、割とすぐに呼び出され、会議室のようなところに集められた。そこには、いっしょに捕まったミロシュや、フェリックス、女王様もいるじゃないか。どういう集まりだよ。

 すると、あたしらを呼び出した奴が現れた。教育相のクリスティーネ・フリーダーだ。

 フリーダーが話し始める。

「皆さんに集まっていただいたのは、ほかでもありません。我々は迅速に行動しなければなりませんが、個別に何度も話を申し上げていては、時間がかかり、二度手間です。私から皆さんに直接お話しし、お願いをしたいので、このような形を取らせていただきます」

「教育相。いったい何が起こったのですか。あなたは何をしたのですか。今の状況はどうなっているのですか。わたくしは何も聞いていません」

 女王様が言った。そうだ。皆が一番聞きたいのも同じだ。

「順にご説明します。先日の非公式閣議で、帝国との停戦交渉について話し合われました。帝国はわが国に無条件降伏を求めていますが、戦況その他の情勢を踏まえて、何とかわが国に少しでも有利な条件をつけて講和できないかという話です。帝国との間では、水面下で交渉を行ってきましたが、あることを条件に、無条件降伏以外の方法での停戦についても、協議に応じると言ってきました」

「その条件というのが、女王陛下の身柄の引き渡し、というわけですか」

 フェリックスが口をはさむ。

「そういうことです。それで首相と国防相は、憲兵隊を差し向けて、陛下の身柄を拘束しようとしたわけです」

 へぇ。帝国も王国も汚いこと考えるもんだ。ここは怒っていいところだぞ、女王様。でも当の女王様は、

「なるほど。やっぱり、飽きられた女は捨てられる運命なんですかね」

なんて言ってやがる。フリーダーは説明を続ける。

「帝国軍の攻撃で甚大な被害が出ている以上、国民を守るべき政府が、停戦の道を模索するのは、当然のことです。ただ私は、女王陛下に責任を押し付けておきながら、さらに敵に売り渡すなどというのは、さすがに恥知らずであると反対したのですが…… 首相らを止められず、閣僚の職を罷免されてしまいました。それでやむなく、彼らを政権から排除することにしました。国防省、参謀本部をはじめ、政府機関を掌握し、政府高官の身柄を拘束して、憲法を停止しました。現在は私が、臨時政府の代表ということになっています」

 つい最近反乱を思いつきました、みたいに言ってるが、こういうクーデターが一朝一夕にできるわけがない。きっと、前々から根回しをしてたんだろうな、あの女。

「それで、教育相のあなたにどうしてそんなことができたんです?」

 女王様の質問に、フリーダーが答える。

「私は、政治家になる前は軍に所属していまして、軍には知己も多くおりますから」

「女王様、聞いたことありませんか。クリスティーネ・フリーダーといえば、8年前のラエティア民族解放同盟討伐作戦で、指揮官を失った王国軍を立て直し、勝利に導いた英雄…… あ」

 フェリックスの奴、しゃべりながら気づいたようで、こっちを見てきたので、目をそらしてやった。

 そうだ。あたしの母さんが死んだとき、王国軍を指揮していたのがあの女というわけだ。女王様は少し驚いたようすだった。

「そんな女傑が閣内におられたとは…… しかしなぜ教育相?」

「当選回数とか、党内の序列とか、いろいろありますので」

 あの女、王国軍活躍の立役者だとかで、国民に人気があって、得票率は高いらしい。あたしとしては面白くない。

「王国の中央がこんな状態になってしまって、帝国軍につけ入られそうですね。大丈夫ですか」

「今のところ、各地の司令官からは我々に反発する意見は出ておらず、こちらの指示に従うとのことです。帝国軍と対峙している彼らには、ほかにまともな選択肢はないでしょう」

 ずいぶんうまくやったようじゃないか。

「わたくしの立場は、今、どうなっているのですか」

「女王陛下の消息については、現在、一切公表しておりません。理由については後ほど」

 どういうことだ? 女王様を守るために、こいつらは決起したんじゃないのか。

「ご説明はありがたいけれども、私やそこの『銀髪のシャールカ』の面々は、なんでこの場に呼ばれたんです?」

 フェリックスが言う。

「それは…… 殿下には帝国にお戻り願いたいと考えていますが、その前に、見ていただきたいものがありますので」

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