19-2. 王国の反乱 2
「で、これからどうすればいいんだ」
「仲間が待機している。脱出のルートはこうだ。あとはシュテルンリヒト少尉殿の指揮を受けよとの指示だ」
俺が地図を見ていると、また扉をノックする音がした。
「女王陛下、おられますね」
『銀髪のラトカ』の面々は、顔を見合わせると、取り急ぎ女王の拘束を解き、各々クローゼット、物陰などに身を潜めた。ラトカが小声で言う。
「開けてこい。いいか。バラすんじゃねーぞ。妙な真似したら殺す」
「わかってますよ」
女王が答える。俺は扉へ向かっていった。
「なんだ?」
外に立っていたのは、王国軍の制服を着た士官と、武装した兵士たちだった。腕章にМPと書かれているのを見ると、どうやら憲兵のようだ。彼らは有無を言わせず、部屋に入ってくる。
「おい、ちょっと、何なんだ?」
士官は、俺には答えず、女王に向かって言う。
「女王陛下。政府の命で、あなたの身柄を拘束することになりました。首相官邸までお越しいただきます」
「拘束などされなくても、わたくしはいつでも官邸に参上いたしますが」
「首相閣下のご指示ですので」
女王は、女性兵士が腕を掴もうとするのを払いのけた。
「わたくしは、いかなる罪状で拘束されるのですか!」
語気を強めた女王に動じず、士官は答える。
「恐れながら女王陛下、あなたは帝国軍の士官に取り入って、情報を漏洩し、ご自身の身の安全を図り、わが国の国政を脅かそうとしているのではないか? ……という、疑いがあります」
「はぁ? 何だよそれ」
思わず俺は反発した。彼女がどれだけ王国のために苦労し、傷ついてきたと思っているのか? 彼女は身を挺してまでこの国を守ろうとしたというのに、何を考えているんだ?
「それだけですか? 本当にそんなことなんですか? 罪状というのは」
女王は重ねて質問した。士官は言う。
「私にはわかりかねます。あとは帝国にお尋ねください」
帝国に尋ねろだと? どういうことだ?
「なあ、まさかあんたら…… 女王を帝国に引き渡そうとか考えてるのか?」
これを聞いた士官は、あからさまに俺から目をそらした。これは、図星か……?
「……さあ参りましょう、陛下」
「ちょっと待てって……」
俺が止めようとすると、兵士たちが銃を突きつけた。
「フェリックス殿下、お静かに。我々を妨げるなら、あなたを無力化しなければならない」
くそ…… 言ってくれる。俺が物陰のラトカに目をやると、彼女は、いつでも出ていってやってやる! といった風情だった。まあ待て。今はまだ……
「殿下。お構いなく。もうなるようにしかなりません。私は、自分ができる範囲のことをしてきたにすぎません。今回も同じですよ」
女王が言う。はぁ~、なんであんたはいつも、そんなにすんなり状況を受け入れてしまうのか。
彼女が帝国に引き渡されたとすれば、どうなるのだろう。戦犯として裁かれるのだうろか。命までは取られないかもしれないが、まだこの先長いというのに、彼女は監獄で過ごすことになるのか? それも身内に差し出される形で。そんなことでいいのか?
いろいろな考えは浮かんでくるが、じゃあお前は女王を助けられるのか、と問われれば、その方法があるのか、わからない。
女王の両手に手錠が掛けられそうになったとき、王国軍の兵士が部屋に駆け込んできて報告した。
「少佐! 当ホテルが第1師団隷下の部隊に包囲されています! 指揮官がわが部隊に投降を呼びかけています!」
「なに!? なぜだ」
「わ、わかりませんが…… 第1師団は参謀本部の指揮を離脱したとしており……」
彼らの注意がそれたのを、見逃さなかった。部屋の中にいた憲兵隊の連中は、飛び出してきた『銀髪のシャールカ』の面々に、1発も発砲できないまま縛り上げられた。俺も目の前の士官の足を払って床に押さえつけた。
「何なんだ、お前らは!」
彼らが戸惑うのも無理はない。俺だって戸惑っているぞ。でも答えてやる義理はない。
「おい、外で何が起こってるんだ? 仲間割れか?」
俺は武器を取り上げながら、『少佐』と呼ばれていた士官に聞いたが、彼は
「私が知るか」
と言うのみだった。ま、それもそうか。
彼から奪った拳銃を手にとって、銃弾の装填状況を確認する。45口径のセミオートマチックである。
「こっちを使うか?」
ラトカから渡されたのは、さっきのアサルトライフル。帝国軍の歩兵部隊が制式採用している、口径5.56mmの自動小銃だ。弾倉と各所の作動状況を確認して…… すると、こっちを見ていた女王様が言った。
「少し驚きました。さっきの身のこなしといい、本物の軍人みたいですね」
「あの…… 最初から本物の軍人なんですけど」
それはともかく、このような状況では、彼女も護身用に持っておいた方がいいかもしれない。
「はい女王様。ご自分の身は自分で守ってください」
俺は拳銃を渡そうとしたが、
「取り扱ったことがない私がそんなものを持っていても、危険なだけです。殿下が私を守ってください」
と言われて、返されてしまった。わーい。敵国軍の名ばかり最高司令官から武器を渡されて、守れと言われちゃった。
窓の外から地上を見ると、確かに装甲車両がこの建物を包囲しているようだ。
「……まずいことになったな」
ここを脱出するには、非常にやりづらい状況になってしまった。
「この非常階段を下りて、地下から出られないのか?」
ラトカが言う。
「やめといた方がいいと思うぞ。途中で鉢合わせしたらどうする」
「そんときは正面突破で奴らを殺して……」
「うちの軍の将兵を殺されるのは困りますので勘弁してください」
「なんだよ女王様、戦争中なんだからしょうがねーだろ」
「君らちょっと静かにして」
今日は情勢が目まぐるしく変わって、わけがわからない。だが、ひとつ、気になることがある。
外で包囲している奴らも、女王を捕らえようとしているのだろうか?
すると、部屋の電話が鳴った。
「音を立てるなよ」
俺は他の奴らが映らないようにして、電話に出た。相手は、やはり王国軍の士官だった。
「フェリックス殿下ですね。女王陛下はいらっしゃいますか」
女王と話をかわる。
「ただいま、女王陛下を捕らえようとしていた憲兵隊を排除しました」
「いったい、何が起こっているのですか」
「詳細はあとでお伝えしますが、王国軍の指揮権は我々が掌握しておりますので、ご安心ください」
「あなた方は、反乱を起こしたのですか?」
「そういうことになりますが…… 詳しくは我々の責任者があとでお話ししたいと申しております。今は待機を」
「……わかりました」
今の話で、外にいる『反乱軍』は、女王に危害を加えるつもりはなさそうだとわかった。そうすると…… 心苦しいが、俺たちの脱出のため、女王様に協力してもらわなければならない。
「なあ少尉殿。あたしらはどこから出ればいいんだ?」
ラトカの疑問に、俺はこう答えた。
「えーっと、堂々と正面から」




