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3-1. 女王様になる前に 1

『急すぎだから!』と叫んだ次の日、私はブリュッセルの地に立っていた。3月の風が、まだ肌寒かった。


 ベルジカ王国の王位を継ぐことを決めた私だったが、その後の展開はあまりに急であった。


 まず、通っている高校については、直ちに去ることになった。これには私も、せめて卒業式ぐらい出させてくれと抗議したが、認められなかった。まあ、卒業に必要な単位は修了しているから、卒業資格はあるので、卒業証書はあとで千絵美さんが送ってくれるとのことだが。

 大学進学も決まっていたが、こちらはあきらめるほかなかった。通学できないのだから仕方がない。私を見る人からの評価を気にするなら、やはり高等教育は受けておいた方がいいと思うのだが…… 多少落ち着いてから考えるしかないか。


 王国に着くと、王室付きの人たち(彩香も含めて)が、私の世話をしてくれることになった。この人たちは、政府の公務員ではなくて、王室が直接雇用している職員であり、政府との連絡も取ってくれるという。

 王位を継ぐとは言っても、正直、私は王国のことを十分に理解しているとは言い難かった。王国で暮らしていたことはあるけれど、8歳までのことである。そういう立場に就くからには、やはり『ちゃんとしなければ』と思ったわけである。

 そこで私は、王位に就く前の準備として、さまざまな要望を出した。


 まず、王国の高校に通わせてほしいと求めた。これは、この国のことを理解するには、実際に『生活』してみるのが一番だと思ったからであった。ただこの要望は受け入れてもらえるかどうか怪しいと思ってはいたが…… 卒業までの数か月だけということで、意外にも認められた。まあ、この時の私の立場は、王室にも正式には入っていなかったから、ただの『カオル・アイカワ』でしかなかったんだけど。私が高校にいる間は、私が王位継承者であることは公表しないことになった。

 そうして私は、ドイツ語圏のデュッセルドルフにある高校に通うことにした。彩香もついて行こうかと言ってくれたのだが、さすがに2人も日本から編入するのは不自然だろうということで、気持ちだけありがたく受けることにした。


 加えて、王国内外の状況について、政府関係者から説明を受けることにした。政府の省庁では、大臣や幹部が交代したときに、官僚たちがひととおり所管事項と懸案事項を説明するというので、その内容を聴くことにしたのである。ただ、この時点では私も『ただの人』だったから、省庁側も高いレベルの人を説明によこすわけにはいかないということで、来てくれたのは課長補佐とか係長とか、年齢で言えば30代くらいの人がほとんどだった。彼らは『さる高貴な方』にレクチャーをすべし、とだけ言われていたようで、私のような小娘が出てきて面食らったことだと思う。まあ、この後私のことを知ったら、さらに仰天するだろうけど。とはいえ、若手の人たちが来てくれたので、忌憚のない話もすることができた。

 そういうわけで、放課後はこのレクでほとんどつぶれた。学校ではセリアやリーゼといった友達が良くしてくれたけれど、放課後は付き合えなくて、悪い気がした。


 レクを受ける中で、王国のいろいろなことがわかってきた。国営企業が担う全固体電池の生産と輸出によって、国の財政はそれなりに潤っており、高いレベルの教育や福祉が安価で提供されていること。一方で、フランス語圏・オランダ語圏・ドイツ語圏に大きく分かれ、文化的にも異なる地域であるため、国内の意思統一や政策決定に困難をきたす場合も少なくないこと……

 だがやはり、最も重要なのは、帝国との関係である。


 帝国からの財政支援を条件に欧州連合が解体したとき、帝国の『支配』に反対する人々が、欧州連合の機関が集まっていたブリュッセルに集結。当時のベルギー・オランダ・ルクセンブルクに加え、フランス北東部やドイツ西部の各地にも飛び火し、反帝国の新国家を打ち立てることとなった。もし帝国がこの動きを弾圧していたら、欧州では第二次世界大戦以来の大変な事態になる可能性もあったが、帝国はそれは避けたようである。これが現在の王国の原点というわけ。

 だから王国は『反帝国』を国是とすることが、宿命づけられている。帝国にしてみれば、彼らの本拠地であるハンブルクから200キロもないところに、反帝国を掲げる王国との国境があることになる。地理的にも、王国の領土が帝国の同盟国で固めた欧州にくさびを打ち込むような形になっており、帝国にとってはまことに目障りで邪魔な存在にちがいない。

 また、全固体電池を中心とする産業で収益を上げているのは、帝国も同じだ。というか、帝国の方は世界秩序の構築や軍隊の運用なんかよりも、そちらの方が本業といえる。帝国自体、その中核は民間企業になのだから、シェアを争っている王国は、商売上も大きな障害と認識されているはずだ。

 帝国はこれまでにも王国に対してさまざまな要求をしてきたが、どうも今回は本気で王国を屈服させようとしている…… というのが、外交当局の分析であった。

 帝国が言うには、反帝国の武装勢力が王国から越境し、帝国の同盟国内でテロを繰り返している、王国は領内でテロ組織をかくまうのをやめろ、支援をやめなければ王国に対する武力行使も辞さない、とのことである。

 だが、王国外務省の担当者によれば、王国がテロ組織を支援している事実はなく、国内でテロ掃討作戦も実施しており、非難されるいわれはない、王国に要求を突きつけるための口実に過ぎない、というのである。


 では、国民は帝国との関係についてどう考えているのだろうか。


 世論調査によれば、調査主体によって若干ばらつきがあるが、帝国の同盟国になることについて賛成・容認の割合が30%、反対が70%といったところである。しかし、帝国への統合を避けるために戦争をしてもよいか、と問うと、戦争をしてでも統合を避けるとする割合は半数を割る。

 ただ、これを国民全体の意見と単純に捉えることは、できない。回答内容にかなり地域差があるためである。もともとドイツやフランスの領土だった地域では、それぞれ元の国に戻ってもよいという意識があるためか、帝国との統合を容認する意見が強いようである。


 私は折を見て、彩香と一緒に、有力な市民団体の集まりにも足を運んだ。


 『愛国市民会議』の代表、トゥーニス・ファン・ローイは、大会の演説でこう訴えた。

「いま、王国はかつてない危機にさらされている。帝国はすべてを牛耳っていると思い込み、世界で横暴の限りを尽くし、わが国に対しても悪辣な要求を突き付けている。嘆かわしいことに、わが国の中にも、帝国にすり寄ろうとする連中がいるようだ。だが、我々は屈してはならない! 先人たちが、なぜこの国を建国したのか、忘れたのか? 独立と自由と民主主義という、普遍的な価値を守るためではないか! 我々は帝国に与する者を許さない。堕落した帝国の属国も、そこに住む連中もだ! このような連中は我々の王国から追い出そう! 我々は恐れず戦う。そして帝国に目にもの見せてやるのだ!」

 王国の国旗が舞う会場は、熱狂的な歓声に包まれた。そして最後に全員で唱和する。

『民主主義ばんざい! ベルジカ王国ばんざい! 国王陛下ばんざい! 帝国と皇帝は消え去れ!』

 何事も経験である。私と彩香も唱和に混じった。私の方は、気持ち的に『国王陛下ばんざい』のくだりは小声にならざるを得なかったが。

 さて、今度は代表に直接話を聴いてみようか。私たちは代表の控室を直撃した。

「私たちファンなんです! 今日の演説はとってもよかったです!」

 私が目を輝かせて花束を渡すと、代表は挨拶もそこそこに、私たちと握手しながら言った。

「ああ、そうかそうか。君たちのような若い子が関心を持ってくれるとは、感心感心!」

 私も満面の笑顔で応えた。……心にもないことをしているのがバレないか不安だが。それはさておき本題に入る。

「最近の帝国のわが国に対する横暴は、許せませんね! 私も腹立たしい気持ちでいっぱいです」

「そうだろう。私も同じ気持ちだ! 帝国に協力する連中も許しがたい。同盟国の資本も国民も皆、国土から去らせたいものだ。国王陛下も嘆いておられるだろう…… ああ、陛下がご健在なら、今の情けない政府を叱咤してくれるであろうに!」

 この人は、同盟国出身の小娘がこの国の君主になったら、どう思うのだろうか。私は、悪戯な笑いを胸の内にしまい込んで、言った。

「まったくですね。しかし、不安もあります。実際に帝国と戦争になったら、わが国は勝てるでしょうか? 多くの人が死ぬことになるのではないでしよか」

「不安になるのも仕方がない。しかし、帝国は確かに強大だが、実際に戦うのは情けない同盟国の連中だ。恐れるに足りないだろう」

「戦争に反対する人もいますが、彼らにも戦争の現実を受け入れさせるべきですか」

「当然だ。国を守るために戦うのは、国民としての義務なのだから」

「強大な帝国の脅威からこの国を守るためには、どうすべきでしょうか?」

「我々は、政府が弱腰にならないように監視し、圧力をかけ続けなければならない。政府が解決しなければならない問題だ」


「……ふぅ」

 話が終わって会場を出た後、私はため息をついた。

「お疲れさま」

 彩香は私の肩を叩いたが、すぐに付け加えた。

「じゃあ、次いってみよ~!」


 『平和連帯市民の会』の代表、エリアーヌ・デュフールは、大会の演説でこう訴えた。

「いま、この国はかつてない危機にさらされています。帝国は私たちの民主主義をないがしろにし、武力による解決をちらつかせています。しかしこの国の中にも、帝国との戦争を訴えている人たちがいるのは嘆かわしいことです。私たちは、このような動きに屈してはいけません。先人たちは、なぜこの国をつくったのてしょうか。それは、武力を背景にした帝国の支配を逃れ、独立と自由と民主主義を守り、平和な社会を築こうとしたからではありませんか。私たちは、この国を悲惨な戦争に巻き込もうとする動きを許しません。みんなで手を取り合い、平和を守りましょう!」

 左派系労組の旗が舞う会場は、熱狂的な歓声に包まれた。そして最後に全員でシュプレヒコールをあげる。

『団結がんばろう! 戦争反対! 独裁政治反対! 賃金を上げろ!』

 何事も経験である。私と彩香もシュプレヒコールに混じった。私の方は、あまり関係のない『賃金を上げろ』のくだりは小声にならざるを得なかったが。

 さて、今度は代表に直接話を聴いてみようか。私たちは代表の控室を直撃した。

「私たちファンなんです! 今日の演説はとってもよかったです!」

 私が目を輝かせて花束を渡すと、代表は挨拶もそこそこに、私たちと握手しながら言った。

「そうですか。あなたたちのような若い人が関心を持ってくれるのは、とても良いことです」

 私も満面の笑顔で応えた。……心にもないことをしているのがバレないか不安だが。それはさておき本題に入る。

「最近の帝国の姿勢も、王国の政府の姿勢も、戦争を煽っているようで許せません。私も腹立たしい気持ちでいっぱいです」

「そうでしょう。私も同じ気持ちです! 私には18歳になる息子がいますが、子供を戦場に送らなければならないというのは、母親としては受け入れられないものです。そもそも、軍隊があるからこのようなことになるのです。私は、軍隊も、戦争を止めようとしない王室も、なくなればよいと思っています」

 この人は、18歳の小娘が女王として、軍隊を統帥することになったら、どう思うのだろうか。私は、悪戯な笑いを胸の内にしまい込んで、言った。

「まったくですね。しかし、不安もあります。実際問題として、帝国が攻めてくるかもしれません。その時、戦争をせずに、国民の命や財産、価値観を守れるでしょうか?」

「そうならないように、外交で解決しなければなりません」

「外交が失敗した場合は?」

「そのときは、非暴力的手段により抗議するか、逃げるしかないでしょう。自分より強い強盗が家に入ってきたら、戦うのは愚かなことです。それに、戦争であろうとなかろうと、誰かを殺すというのは罪深い行為です。国家であっても、それを強制することは許されません。私は、誰かを殺すくらいなら、自分が死んだ方がましだと思っています」

「なるほど、立派なお考えだと思います。しかし、自分は生きたい、誰かを殺してでも生き残りたい、と考える人もいると思います。そうした人にも、抵抗しないことを求めるべきでしょうか。国家が国民に戦場で死ぬことを強制するのと、抵抗せずに殺されることを強制するのは、違いますか?」

「私は、相手の命を奪おうとしなければ、殺されることはないと考えています」

「帝国や戦争の脅威から、国民を守るには、どうすべきでしょうか?」

「やはりまずは、戦争になったときのことを考えるより、外交努力を重ね続けるべきです。私たちは、政府が戦争に走らないように監視し、圧力をかけ続けなければなりません。政府が解決しなければならない問題です」


「……ふぅ」

 話が終わって会場を出た後、私はため息をついた。

「お疲れさま」

 彩香は私の肩を叩いて、言った。

「参考になった?」

「……いや、あんまり」

 私はげんなりして答えた。

「えーひどい。せっかくわざわざ話を聴いたのに」

「彼らの話に、同意できない部分がないわけではないけど、やっぱり極端すぎると思うな。だいぶ割り引いて考えないと」

 しかし、どちらの団体も、帝国との統合を望まないという点で一致しているというのは、興味深い。そして…… 具体的な対応方法については自らは述べず、政府に責任があるとしている点も。

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