18. 王国の2人の少女
帝国軍の空爆で母が命を落としましたが、デュッセルドルフから脱出しようとしていたのは私たちだけではなく、他にも攻撃を受けて亡くなった人たちがいたそうです。友達のリーゼ・クレーマンが、運悪くその中に含まれていたことを知るのに、それほど時間はかかりませんでした。
帝国軍が都市全体を爆撃して破壊するという戦術に出たことは、多くの人たちに動揺を与えていました。都市のインフラだけでなく、幾多の貴重な文化財が失われたことでしょう。帝国は野蛮だ、徹底的に戦い抜くべきだという人もいましたが、やはり、厭戦気分が広がっていることも確かでした。私も含め皆、避難生活に疲れており、それぞれ何かを失っていたからです。
カオル女王が、デュッセルドルフを戦火から守るためにしたことは、私も見ていました。周囲の人たちは皆、まずは驚きが第一にきますが、その後の捉え方は様々でした。自分の命を危険にさらしながらの英雄的な行為だ、よそ者の女王だと思っていたのにここまでしてくれるとは、と感涙する人もいました。一方で、女王の立場にある人のすることではない、デュッセルドルフだけを守っても何の意味もない、なぜ私たちのことは守ってくれないのか、といった否定的な意見も聞かれました。
私自身は、正直、戸惑っていました。一緒に学校で過ごしたカオルのことは、友達だと思っていますから、彼女のことは応援したい。でも、家族や友達を戦争で失った今、私の中に浮かぶのは、こんな考えでした。
女王の彼女なら、こうならないように、何とかすることができたのではないか?
もちろん、そんなのは思い違いなのでしょう。帝国がどんな方法で戦争を行うかなんてわかりませんし、女王は国政について何の権限も持っていないのですから。戦争を始めたのは政府であり、その政権を選んだのは私たち有権者であり、国民全体が責任を負わなければならないことだからです。それでも思ってしまうのです。彼女なら…… と。
マーストリヒトまで避難した私は、行政職員やボランティアの人たちにまじって、避難所の作業を手伝っていました。避難民の中には、自分では自分の面倒をみられない小さな子供やお年寄りもいます。自分は避難者の中では働ける方だと思いましたし、何より、体を動かしていなければ、気が滅入ってしまいそうだと思ったのです。
ただ、食料や生活必需品は備蓄や支援でおおむね足りていましたが、これを運ぶのが大変。特にペットボトル入り飲料水の入った箱は重く、冬も近いというのに、私は汗をかいてへとへとになってしまいました。
「なあ。大丈夫か?」
そんな私に声をかけてくれたのは、私より少し年下に見える、銀髪がきれいな女の子でした。
「うん、大丈夫…… もう少しで終わるから」
強がってはみたものの、息が切れています。すると彼女は、
「あたしも手伝うよ」
と言って、重い箱を難なく持ち上げると、そのまま持って行ってしまいました。そして彼女は戻ってくると、さらに3往復。私は少し驚きました。見た目は結構細身なのに。
「これでいいのか?」
「うん、ありがとう。すごいね。私なんてすぐバテちゃったのに」
「ああ、どうってことないよ…… ちょっと運動をやってたから」
彼女は自分の手で、クシャクシャと頭を掻きました。
「ちょっと休憩しようよ」
私は彼女をスタッフが詰め所に使っているテントに案内しました。何か飲み物を…… と思いましたが、十分なのは水ぐらいしかありません。
「私、セリアっていいます。あなたは?」
腰かけながら彼女に尋ねると、なぜか少し考えてから答えました。
「えーっと…… シャールカ」
「へえ。強そうな名前だね」
チェコの伝説『乙女戦争』に出てくるヒロインの名前を知っていたので、私がそう言うと、
「それは…… まあ」
彼女は苦笑して、また頭を掻きました。
私たちは、少しずつ互いのことを話しました。
「あなたも、避難民なんでしょう。手伝ってもらっちゃって、ごめんね」
「別にいいけど…… あんたはボランティアなのか?」
「いや、わたしも避難民なんだけど…… 何かせずにはいられなくて」
「へえ」
「私は、デュッセルドルフから来たんだけど、あなたは?」
「えっと、カイザースラウテルン…… のあたりから」
「あなたひとりなの?」
「いや、連れが、今別のところに…… あんたはひとりなのか?」
「うん。街を出た時は、母と一緒だったんだけど、帝国軍の空爆があって、そのときに母は死んじゃって……」
「あんたの父さんは?」
「父は王国軍の将校だったけれど、戦死したっていう知らせがあったんだ」
「父さんも母さんも、帝国に殺されたってこと?」
「そうなるかな」
「そっかぁ……」
シャールカは腕組みをして考え込んだようすでした。
「どうかした?」
「いや、あたしの父さんも母さんも、帝国のことは嫌いだったけど、帝国に殺されたわけじゃないから…… 不思議なこともあるもんだと思って」
私にとっては、彼女のこのリアクションの方が不思議でした。
「あなたの連れって、親御さん?」
「いや…… あたしの母さんはだいぶ前に死んだし、父さんとは…… いろいろあって、今は一緒にはいない」
「ふーん……」
彼女の家族のことはよくわからないけれど、根掘り葉掘り聞くのも失礼だと思うので、私が黙っていると、シャールカはこんなことを聞いてきました。
「なあセリア、王国は、なんで反帝国なんだ?」
「えっ……?」
いきなりのそもそも論に面食らいましたが、王国成立の経緯から考えて、私はこう言いました。
「王国が反帝国だというよりも、反帝国の勢力が集まって王国ができたわけだから、当然だと思うけど」
それを聞いた彼女は、考え込んだまま、さらに続けます。
「まぁ、そういう経緯はわかるんだけどさ。みんながみんな帝国に親兄弟を殺されて、恨みがあったわけでもないだろうに、なんでそこまで帝国に反対するんだろうって、思って」
「それは、民主主義を守りたいとか、帝国が支配する国際秩序に加わりたくないとか、帝国系企業の寡占状態はよくないとか、いろいろな考えがあるんじゃないかな」
「そういう、理念みたいなものだけで反帝国を続けられるのかな? あたしには、そのへんがよくわかんないんだよな」
彼女はしばし考えた後、こんなことを聞いてきました。
「じゃあさ、セリア、あんた自身は帝国のこと、どう思う? あんたは家族を2人も帝国に殺されて、帝国が憎くないわけ?」
これは、ずいぶんと立ち入った質問だと思いました。言い方もぶっきらぼうだけど…… 彼女が興味本位で尋ねているわけではないことはわかったので、こう答えました。
「憎くないわけじゃないよ。どうしてみんな死ななきゃならなかったんだろう。もっとこうしていれば、死なずに済んだんじゃないか。そんなことばっかり考えてるよ。でも、帝国が悪いっていうよりは…… 悪いのは戦争だよ。みんなを殺した帝国軍の人たちにも、家族や大切な人がいたはずだし…… 今は誰かが憎いとかいうよりも、ただつらくて、悲しいだけ」
私は、話しながら、泣いていました。
「つらいこと思い出させて、ごめん」
シャールカは私の肩をさすりました。
「あたしの場合はさ、父さんも母さんも、帝国のことが嫌いだったから。だから、あたしも帝国を嫌わなきゃならないんだって思ってた。実際、帝国軍にいけ好かない奴はいるし、帝国のことは別に好きじゃないけど…… あたしは親を帝国に殺されたわけじゃないからさ。ちょっと不思議だと思ったんだ。ごめん」
「いいよ、別に」
私は、コップの水を一気に飲み干して、気を取り直しました。
「セリアの母さんって、どんな人だったの?」
「優しくて…… 料理が得意な人だったよ。最後のときにも、自分が死にそうな状態だったのに、そんなことはお構いなしで、ただ、私に逃げろって言うばっかりで……」
思い出した私は、また泣きそうになっていました。
「そっか……」
彼女はふぅ、と一息つくと、こんなことを言いました。
「母親ってのは、普通は自分の子供が大事なもんなんだよな、やっぱり」
「それは…… そうだと思うよ。家族なんだから、当然だよ」
「でもさ、家族を犠牲にして、仕事を大事にする奴って、いるじゃん。そういうのは、どうなんだろうな」
もしかすると、彼女の母親はそんな人だったのかな…… と思いつつ、私はこう答えました。
「そうだね。でもそういう人たちも、やっぱり家族やわが子のことが大事なのは、変わりないんじゃないかな。収入を得て家族を楽にしたいとか、仕事を一生懸命にすることで家族も含めて暮らしやすい世の中にしたいとか、いろいろな考えはあるとは思うけど…… 誰だって、自分の子供は大事なはずだよ」
「……なるほどね」
彼女は時計を見て、立ち上がりました。
「時間だ。行かないと」
「どこへ? まだ先へ避難するの?」
私が聞くと、彼女からは明確な答えはなく、
「うん、まあね。それじゃ、セリア。生きてればまた会うこともあるかもね」
と言って手を振るだけでした。私は言います。
「ぜひ生き残って、また会おうよ」
「ありがと、セリア」
彼女はテントを出ていきました。
シャールカがいなくなった後、私はひとりで考えていました。
なぜ王国は反帝国なのか、自分自身に問いかけたことのある者が、どれだけいるだろう?
私たちは、戦争が終わった後、どうすればいいのだろう?




