17-3. 女王の孤独 3
「と、いうわけで……」
何が、『と、いうわけで』なのかわからないが、翌日やって来たのは彼女だった。
「私か殿下の遊び相手・話し相手になるようにというのが、女王陛下のご指示です」
と彼女が言うのを聞いて、俺はため息をついた。
「何の話がいいですか? やはりまずはショスタコーヴィチの魅力について……」
「それはいいわ」
俺は話を遮った。
「ちぇっ、つまらないですね」
彼女は口をとがらせる。
佐和田彩香は、黒い髪を首筋が隠れるくらいまで伸ばし、背はカオル女王より少し低いくらいだった。王室使用人だということで、使用人の格好をしてはいるが…… 女王との付き合い方は、他の使用人たちとはやはり違う。彼女はどういう人物なのか?
「あのさ、そもそも僕は君らのこと、よく知らないんだけど。君は女王を呼び捨てにするし、親しいのはわかるんだが、どういう関係なの?」
「私たちのヒ・ミ・ツ、知りたいですか?」
本当に表情がコロコロと変わる、忙しい奴だ。
「そういうのはいいから」
「まあ、ひと言で言えば、幼馴染ってやつですよ」
彼女の話によれば、佐和田家のルーツはもともと日本だが、王国領内に支店を設けて種々のサービス業を展開していたところ、王族に気に入られ、王宮の料理人やら身辺世話係として、代々仕えることになったのだという。
王族の血を引くカオルが生まれたとき、前国王ユベールは、彼女の母とは結婚しなかった。彼女たちは微妙な立場に置かれることになり、やがて母親の母国である日本に帰ったのだが、王国の宮廷もそれをほったらかしにしておくわけにもいかず、ちょうどカオルと同年代だった佐和田彩香に白羽の矢が立ったというわけだ。友人兼監視役として。
「もちろん、カオルとの付き合いは、お仕事だからという範疇には収まらないものですけどね、私としては」
「それは、君らを見ていればわかるさ」
幼馴染の友人ってのは、良いものかもしれないな…… などと思っていたら、彼女はこんなことを聞くのである。
「殿下には、そういうご友人は、いらっしゃらないのですか? 幼馴染とか」
「……」
「ああ、殿下は童貞のうえに、友達もいらっしゃらないんですね」
「うるせーよ! 皇族ってのは、いろいろ厄介な立場なんだよ!」
童貞関係ないだろ今!
しかし、考えてみれば、士官学校に入るまでは、同年代との付き合いは皇族だけだったかもしれない。
「じゃあ、そんなカワイソウな殿下のために、私とカオルの2人が、お友達になって差し上げましょう!」
何を言い出すかと思えば……
「なんでだよ」
「それがカオルの望みだからですよ」
そう言えば、女王様も『おトモダチになりましょう』とか言ってたっけな……
「やっぱり、コネが欲しいわけ?」
「それもありますが、ま、単純に、その方が楽しそうだからですよ」
何だよそれ。
「考えてもみてください。こんなご時世で、たまたま皇族とか王族とか、めんどくさい立場に生まれてしまいましたが、皇族シュテルンリヒト家も王族グランシャリオ家も、ほんのちょっと前までは存在しなかったんですよ。世が世なら、私たちはどこにでもいる大学生として、気楽な学生生活を送っていたかもしれません。古典音楽研究会とかいうサークルで、一緒に飲んだりカラオケで歌ったり」
考えたこともなかったが…… そういう可能性もあるのか。
俺はほんの少し、そんな状況を想像してみた…… 悪くないかもね。
「あと、成人向けマンガについて語り合ったり……」
「それはイヤだ! 女子と一緒にそんなのはイヤだ!」
ここでその話を出さないでくれ。
「もう、こんなにかわいらしい女の子2人とお友達になれるというのに、何がご不満なんですか?」
かわいらしいとかいう部分は、否定しないようにしておこう……
「別に不満ではないよ」
でも、やっぱり人間は、属性とか立場とかから自由ではいられないものだ。俺たちは、君らのお仲間を、大切な人たちを、バンバン殺しているところなんだよな……
でも彼女は、そんなことはお構いなしという風に、
「じゃあ、いいじゃありませんか」
と言って、俺の手を握るのだった。
「はい握手~! これでお友達です」
「それはどうも……」
いちいち友達宣言とかするのは気恥ずかしいぞ。
「それにしても……」
俺は話をそらした。
「君ら2人は、なんとなく似ているところがあるよね」
彩香は首をかしげる。
「どこがです? まあ、私もかわいらしいかもしれませんが、カオルの方が10倍はカワイイですよ」
いちいち突っ込むのも面倒なんだが……
「そういうところだよ。人を食ったような言い方とか、グイグイ来る感じとか。話し方がさ」
彼女はニッコリ笑った。
「ああ、それはたぶん…… おっと、こんな話をしている場合じゃありませんでした」
時計を見た彼女は、話を中断して端末を取り出し、起動した。
「そろそろ、デュッセルドルフ攻撃の刻限です」
表示されたのは、動画のライブ配信を見ることができるサイトであった。
「さてと…… あ、始まってます」
画面に映っていたのは、直方体の形状が特徴的な、時計塔であった。
『えー、私は今、デュッセルドルフ中央駅前に来ています』
配信主の声だ。デュッセルドルフは、帝国軍による爆撃の対象になっているはずだが……
『ここから周辺を歩いてみたいと思いま~す』
ああ…… 聞き覚えがあるぞ、この声は。
『さて、これをご覧になっている皆さんの中には、お前はいったい誰なんだとお思いの方もおられるでしょうから、お知らせしておきますと……』
彼女が持っているカメラが、自分自身に向けられる。そこで目にしたのは、ここ最近嫌というほど目にしてきた、鮮やかな金髪とグレーの瞳であった。
『皆さんご存じの、カオル・A・グランシャリオで~す。知らない方は、覚えてくださいね』
彼女は微笑んで、無邪気に手を振って見せた。
「おおーい! 何だよこれは! 何やってるんだ? バカなのか?」
俺が仰天していると、彩香は笑って言った。
「殿下が驚いてくださったようで何よりです。カオルも殿下のたまげるお顔が見たかったのにと、残念がっていましたよ」
「そんなこと言ってる場合か……」
『インマーマン通りに入って行きまーす…… ここは、日本人の方が多く暮らしているところですね』
女王様は、中継を続けている。
『私は幼い頃、デュッセルドルフで暮らしていましたが、母に連れられてよくここへ来ていました。その後日本に引っ越しましたが、もともと日本には馴染みがあったというわけです』
そういうことか…… 彼女個人としても、思い入れのあるデュッセルドルフを守りたいという動機が、あったのだろうか。
「デュッセルドルフは、帝国軍に包囲されているんじゃないのか? どうやって行ったんだよ」
「別に、完全に包囲されているわけではないようですよ」
「しかし、こんなこと…… 君らの政府が許すわけないよな」
「信頼できる王宮のスタッフに、特別にお願いして連れて行ってもらいました。彼らは政府の職員じゃありませんからね。政府の方々には…… あとで、ゴメンネ!と、かわいく謝って、許してもらうしかありませんね」
彩香は舌を出した。いやいや、いくらかわいく言ってもダメだろこれは……
『帝国軍はここを爆撃するつもりのようですが、ひどい話です。これをご覧のみなさんも、そう思われませんか? もはや、黙って見ているわけにはいきません。ひとつ、試してみたくなりました』
そういえば、女王様は言ってたよな、試してみると。
『帝国軍の皆さん、見てますか~? 本気でわたくしを殺すおつもりなら、どうぞそのまま爆撃を続けてください。帝国がわたくしを殺すつもりがあるのかどうか、これでわかりますね。皇帝陛下、欧州軍のマルティナ殿下、見ていますか? その時はお先に地獄で待っていますから、いずれ遊びに来てくださいね。これをご覧の帝国・同盟国の皆さん、爆撃の下でどんなことが起こっているのか、見てみたいとは思いませんか? このままいけば面白いものが見られるかもしれませんよ』
ひぇーっ……
この世で一番喧嘩を売っちゃいけない人たちを、煽ってるよこの人!
『これをご覧の王国の皆さん。もしわたくしがこのままいなくなったとしても、あなた方が責任をお感じになる必要はありません。無謀な小娘がバカな真似をしたのだと、非難してください。王国のために役立つことができなくて、申し訳ありません…… あらカワイイ』
クマのぬいぐるみに、見入ってる場合じゃねーよ……
「すごいです殿下! 視聴者数が、500万人を超えていますよ!」
複数のサイトを合計すると、そんな数にのぼっている。確かに、すごいんだけどさ……
「なあ、これ…… いつまで続けるんだ?」
正直、生きた心地がしないんだが。
『ここの書店で、よくマンガを買って読んだものです』
彼女は、相変わらず街歩きを続けてるし。
「いつまでか、と言われれば……」
彩香は時計を見る。
「もう、爆撃が始まっていてもおかしくない時刻です」
刻限の正午は、すでに過ぎていた。
「どうです殿下? 爆撃は中止になったようです。私たちの勝利です!」
勝ち誇る彩香。
「これは、まいった。帝国軍の作戦を断念させるとは…… すごいな君らは」
素直な感想だった。
サイトを見ると、『この配信は運営により中断されました』との表示が出て、中継は視聴できなくなっていた。帝国が配信を止めさせたのかもしれない。
「はぁ~」
彩香は安堵したようすで、座り込んだ。
「よかったぁ…… カオルが無事で。よかった…… 殿下のお母様に、人の心があって」
えらい言われようだ……
それはともかく、俺はこのとき思ったのだが、女王様が無事かどうかは、今の時点ではまだわからない。俺が帝国軍の司令官ならば、攻撃の中止を判断した後、彼女を拘束するよう指示を出すかもしれないからな……
だが間もなく俺は、他人の心配をしている場合ではなかったことを思い知るのだった。




