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16-2. 帝国に立ちはだかる者 2

 我々は前線司令部で作戦の進行を見守っていた。

 刻限すなわち攻撃開始まであと10分あまりと迫ったとき、驚くべき情報が入ってきた。

「閣下。インターネットのライブ配信で、デュッセルドルフの模様が中継されています」

 士官が示す映像で映し出されていたのは、直方体のような形状の時計塔であった。

『えー、私は今、デュッセルドルフ中央駅前に来ています』

 聞こえてきたのは、配信をしているであろう女性の声だった。

『ここから周辺を歩いてみたいと思いま~す』

 街歩きのようなノリだ。とても軍事攻撃が迫っている場所にいるとは思えない。

「何だこれは?」

「誰がこんなバカなことをしているんだ!」

 参謀たちが口々に言う。彼らの疑問には、配信を行っている人物が答えてくれた。

『さて、これをご覧になっている皆さんの中には、お前はいったい誰なんだとお思いの方もおられるでしょうから、お知らせしておきますと……』

 彼女が持っているカメラが、自分自身に向けられる。そこで目にしたのは、私も見たことのある、鮮やかな金髪とグレーの瞳であった。

『皆さんご存じの、カオル・A・グランシャリオで~す。知らない方は、覚えてくださいね』

 彼女は微笑んで、無邪気に手を振って見せた。

 司令部の面々は、絶句した。今の状況がどうなっているのか、誰も認識できない。

 ひとり、ゾロトフ大将は、突然声を上げて笑いだした。そして笑いながら尋ねる。

「これは驚いた。あれは本物なのか?」

「そんなバカな。女王がこんな場所にいるはずが……」

 参謀のひとりは信じられない様子だったが、

「いえ、本人だと思われます。音声も顔認証も、カオル女王と一致しています」

という報告に、現状を認めなければならなかった。

『インマーマン通りに入って行きまーす…… ここは、日本人の方が多く暮らしているところですね』

 配信は続いている。

『私は幼い頃、デュッセルドルフで暮らしていましたが、母に連れられてよくここへ来ていました。その後日本に引っ越しましたが、もともと日本には馴染みがあったというわけです』

 女王がこんなことをしているのは、いったいどういうつもりなのだろうか。それも、彼女が語ってくれた。

『帝国軍はここを爆撃するつもりのようですが、ひどい話です。これをご覧のみなさんも、そう思われませんか? もはや、黙って見ているわけにはいきません。ひとつ、試してみたくなりました』

 彼女は続ける。

『帝国軍の皆さん、見てますか~? 本気でわたくしを殺すおつもりなら、どうぞそのまま爆撃を続けてください。帝国がわたくしを殺すつもりがあるのかどうか、これでわかりますね。皇帝陛下、欧州軍のマルティナ殿下、見ていますか? その時はお先に地獄で待っていますから、いずれ遊びに来てくださいね。これをご覧の帝国・同盟国の皆さん、爆撃の下でどんなことが起こっているのか、見てみたいとは思いませんか? このままいけば面白いものが見られるかもしれませんよ』

 これを聞いた情報参謀は叫んだ。

「この配信の視聴者数は? どうなっている! ネット上の反応は?」

 作戦参謀は苦い顔をした。

「インターネットの反応を見て軍事作戦の方針を決めるのか? そんなバカなことがあるか!」

「構わん。報告せよ」

 ゾロトフ大将の言葉を聞いて、士官が言う。

「映像は複数のサイトで同時配信されており、視聴者数は、合計すると…… 約520万です!」

 ライブ配信に関する数字で、そんな数は聞いたことがなかった。

 書き込まれているコメントを見てみると……

 

 これマジか?

 女王様なにやってんだ

 殺せ! 王国を叩き潰せ!

 ウソだろ……

 大変なことになるぞ……

 帝国軍は攻撃をやめろ!

 早くにげて!

 ヤバイヤバイヤバイ

 ほんとに死んじゃうのか?

 このまま爆撃したら帝国マジひくわ

 冷血マルティナならやりかねん


 ……といった具合だった。

 配信は続いている。

『これをご覧の王国の皆さん。もしわたくしがこのままいなくなったとしても、あなた方が責任をお感じになる必要はありません。無謀な小娘がバカな真似をしたのだと、非難してください。王国のために役立つことができなくて、申し訳ありません…… あらカワイイ』

 映像には、店頭のショーウィンドウに並んでいる、クマのぬいぐるみが映し出されていた。

 攻撃を中止すべきだろうか。

 少なくとも、この配信を止めさせるべきではないか? だが、迫っている攻撃開始の時間までには無理だろう。

 参謀たちが考えあぐねていると、突然、ゾロトフ大将が立ち上がった。

「なんという見上げた根性だ! カオル女王の覚悟に、全力で応えなければならない! 作戦はこのまま続けるぞ! 520万人に見られながら作戦を行う日が来ようとは…… 世界中が知るであろう、帝国を妨げる者が、どうなるのかを」

 冷や汗が出た。正直私は、この判断は現場のレベルを超えていると思った。敵国とはいえ、一国の国家元首を殺すという判断なのだから。

 攻撃開始まで、3分を切っていた。

『ここの書店で、よくマンガを買って読んだものです』

 配信は相変わらず続いている。


 そのとき、呼出音が鳴り、士官が告げた。

「閣下。欧州軍司令部より、緊急通信です」

 通信の相手は、欧州軍司令長官殿下であった。

「ゾロトフ大将。デュッセルドルフへの攻撃は中止だ。すでに爆撃機部隊にも命じているが、貴官からも伝えよ。よいな」

 大将は一呼吸置いてから、

「了解しました、殿下」

と返答すると、椅子に座り込んでため息をついた。


 後でマルティナ殿下の副官から聞いた話によると、殿下も今回の配信を見せられて、声を上げて笑ったという。殿下が笑ったところを見たことがなかった副官は驚いた。その直後に殿下は、攻撃の中止を決めたとのことだ。

 なんとなく、わかった。カオル女王は、10年前のマルティナ殿下と同じように、自身が地獄へ行くという前提で、相手を挑発したのだ。殿下は、それが何とも可笑しかったのであろう。


「攻撃は中止だ。爆撃機は帰投せよ」

 しかし、命令はこれで終わりではなかった。

「欧州艦隊司令官へつなげ。電磁投射砲の発射準備をせよと」

 参謀たちは顔を見合わせた。

「閣下、いったいどういうお考えで……」

 ゾロトフ大将の意図を聞いた私たちは、青ざめた。

「司令長官殿下は、攻撃を中止せよと」

「デュッセルドルフへの攻撃中止を命じられたにすぎない」

「し、しかし、それはあまりにも……」

「あまりにも、何だというのかね?」

 私は、それ以上続けることはできなかった。今の大将の指示に、表立って反対することができない。


 女王が行っていた配信は、いつの間にか停止していた。帝国軍が手を回したのであろう。

「カオル女王よ、命拾いしたな。だが、ただでは終わらせんぞ」

 ゾロトフ大将がそう言って笑みを浮かべるのを、私は見た。


 悲劇は、配信のないところで起こった。

 デュッセルドルフへの攻撃が中止された数分後、艦載砲から発射された砲弾が、ブリュッセルに降り注いだ。攻撃の対象となったのは、国防省、首相府などの政府庁舎、それに王宮であった。

「ブリュッセルは、民間人が避難しておりません。爆撃の対象にできないのでは…?」

 私は念のため大将に申し出たが、

「首都は敵の防空圏内で、まだ爆撃機を出すことはできない。誘導砲弾による精密砲撃で、政府関係機関を標的にする。民間人を目標にするわけではない」

という答えだった。

 だが、それ以上に気がかりなのは、王宮にはマルティナ殿下の子息であるフェリックス殿下が捕らえられている、という点だ。このことは、帝国軍の幹部ならば誰もが知っている事実だった。

「司令長官殿下が、息子のいる王宮を攻撃するな、などとおっしゃるはずがない。むしろ、我々がそのような忖度をすれば立腹されるであろう」

 確かにそうかもしれない。しかし…… 我々はマルティナ殿下の指揮下にある。欧州軍がフェリックス殿下を殺してしまったら、それはマルティナ殿下が自身の実の子をも殺したことになってしまうのではないか…… 自身の夫に加えて。

 この人は、マルティナ殿下にそんなことをさせようというのか。

「思うんだがね。皇族というのは、やはり帝国の運営のことを第一に考えるべきだ。そのために、皇族には、帝国以外の、私的な、心を煩わせるものは、なくてもよいのではないか。そうは思わないか」

「はぁ……」

「不満かね」

「私には何とも……」

 私は、大将に答えることができなかった。

「後には退けぬと悟った皇族は、一層帝国のために邁進してくれるであろう。なんと理想的ではないか」

 彼はそう言って、誇らしげに笑みを浮かべた。そして、こう言うのだった。

「皇族に、同情などする必要はない。彼らにとっても、そんなものは迷惑であろう」


 砲撃観測を行っていた無人機が撃墜されるまで、電磁投射砲によるブリュッセルへの攻撃は続けられた。偵察衛星の画像では、王宮が完全に破壊されたことが確認された。


 この日、宿営地でシャワーを浴びた後、いつものように私は寝床につこうとしたが、ふと思い直して、欧州軍司令部に通信を入れた。

 まず、司令長官殿下の副官に、殿下の様子を尋ねた。それによれば、殿下は艦載砲による攻撃でブリュッセルの王宮が破壊されたという報告を聞くと、

『そうか』

と一言述べただけだったという。だが副官は、表情を変えなかった殿下が小さく

『ゾロトフめ』

と言ったのを、聞き逃さなかった。

 結局私は、マルティナ殿下に同情してしまったのかもしれない。ゾロトフ大将の言葉には反しているが、私にも息子がいるので、殿下のお気持ちを考えずにはいられないのであった。

 私は次に、私の息子ではなく…… 別の相手に通信を入れることにした。

「クルト・ブロイティガム少佐に、つないでくれ」

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