10-1. 帝国の成立 1
開戦初日に王国軍によって行われた攻撃は、ある程度の戦果を挙げたが、戦争の進行全体から考えれば、必ずしも成功ではなかった。
私たちが『鐘楼作戦』と呼んだ一連の軍事行動では、第一には、沖合に陣取っている帝国の空母と、国境付近で照準をこちらに合わせているロケット砲群を排除すること、が目的であった。
特に後者は、これを何とかしなければ、王国内に直接的な被害が及ぶのは確実だった。それに対して空母の方は、帝国が王国に対する威圧のために浮かべているのは明らかで、防御の厚い空母を苦労して沈めても、帝国の戦闘力を削ぐことにつながるかといえば、そういうわけでもないのだった。なぜなら、王国はすでに三方を帝国の同盟国に囲まれていて、そこから飛来する航空戦力の方が脅威なのだから。
それでも空母への攻撃に踏み切ったのは、帝国による王国への『攻撃』の象徴的な存在であった空母を葬ることで、帝国と同盟国に心理的な打撃を与える広報効果を企図していたのだった。そして有利な条件で講和に持ち込もう、というのが、政府や軍の考えだったわけだ。
国連加盟国である王国は、憲章の規定に従い、『自衛のために』帝国に対して軍事行動をとった旨を、国連安全保障理事会に報告した。しかし、安保理常任理事国のすべてに加え国連加盟国の3分の2が帝国の同盟国である以上、国際社会の同情を得ようというのは無理な相談であった。対する帝国は、王国による攻撃を非難し、王国に対する軍事行動を支持する決議が採択された。まあ、こうなることは最初から織り込み済みだったんだけど。
一方で王国は、戦果をネタに早速帝国側に講和を打診したのだが、見事に一蹴され、『王国の無条件降伏まで断固戦う』という宣言まで受けることになってしまった。
帝国軍のロケット砲の排除は、おおむねうまくいった。姿を見せて威嚇するため、あえて発見しやすいところに配置していたのではないかという例も多かったようだ。やはり帝国は、強い言葉で王国を攻め立てながら、実際の軍事攻撃はそれほど真剣に検討していなかったのだろう。
続いて試みた、帝国領内の航空基地やレーダーに対する攻撃と、シュトゥットガルトにある帝国欧州軍司令部に向けた攻撃は、航空優勢を確保することができれば地上部隊が進撃することも想定していたものだった。しかし帝国側との空中戦が泥沼化して損害が拡大したため、本土の防空戦力を残し消耗戦を避けるためには、深入りを断念せざるを得なかった。
当初こそ不意の攻撃により、王国側が戦争の主導権を握れる可能性もあったのだが、帝国側の防御は予想以上に固く、態勢を整えられた後でこれを破るのは非常に困難と考えられた。
こうして、早期講和の賭けは、早々に頓挫してしまった。作戦が戦略的には成功といえない理由だ。
こうなると、王国軍としては、打って出るのではなく、まず敵の進攻を防ぐことを考えなくてはならない。降りかかる火の粉を払い続けていれば、いつか帝国は諦めてくれるのだろうか。そのために、何人が死ねばいいのだろう。
この点について、帝国の人の見解を聞いてみたい。
というわけで、私は囚われの殿下のもとを訪ねた。
「あぁん?」
私が問うと、彼は聴いていた音楽を止め、あからさまに不機嫌な顔をした。
フェリックス殿下の母親譲りの栗色の髪を見ると、どうしても開戦宣言をしたときのお母様を思い出してしまうので、私はどうも苦手だ。
「だから、帝国軍の将兵が何人くらい命を落としたら、帝国はわが国の攻略を諦めるでしょうか、と聞いているんです」
「知りませんそんなこと。あなた方はもう大勢殺したでしょう。それよりも、ご自分の国の将兵が何人犠牲になるか、気になさるべきです」
まあ、それはそうなんだけど。それに、殿下の友軍の将兵も数多く命を落としているわけだから、配慮に欠けた問いかもしれない。だけどこっちだって戦争をしているわけだし、彼の言い方には何となく腹が立ったので、言ってやった。
「さゆりちゃん」
「……は?」
「私たちの共通の友人であるさゆりちゃんが、世の中に活躍の場を求めているようです」
殿下は、プルプルと震え出すと、言った。
「女王陛下。わたくしは素直な人間です」
うんうん、わかればいいの。なんか顔が引きつってるけど。この手はしばらく使えるかもしれない。
「それで、どう思われますか? 殿下の私見で構いませんが」
彼は、戦争を継続するかどうかは最終的には皇帝が判断することである、と前置きしたうえで、答えた。
「ご承知の通り帝国は、同盟国に対して支配権を持っているわけではありませんから、実際に戦闘に参加する将兵たちを送り出す同盟国の意向を踏まえなければなりません。それに、厭戦・反戦気分や反帝国の機運が蔓延して、帝国系企業の売り上げや株価が低迷し、大きな損失が出るようなことも避ける必要があります。帝国の上層部はこのような観点から判断するのではないかと思いますが」
なるほどね。帝国軍は全世界に膨大な兵力を有しているとはいえ、やはり兵力を好きなだけ投入できるわけではない、ということか。
「20世紀後半のベトナム戦争で、米軍の死者は、どのくらいでしたっけ?」
私が問うと、さすが士官学校出の殿下は答えた。
「確か、6万人くらいだったと思いますが」
そうすると、帝国軍が耐えられるのは、多めに見積もって10万ほど、だろうか。
「10万人くらい命を落とせば、帝国も考え直すでしょうか?」
殿下の反応は、意外だった。
「10万人殺せば、でしょう。帝国の上層部がどう考えるか、私にはわかりませんけど、何人殺せばどうの、何人死ねばこうのと、人の命を軽々しく数字で論じるのは、好きではありませんね」
そして、彼は私を諭すように言った。
「女王陛下。我々は、皇族や王族である前に、人間です。人の上に立つとしても、人の道を外れないようにすべきです」
私は、頭から水を浴びせられた思いがした。改めて自分がしていることを自覚すると、嫌悪感に襲われる。市井で暮らしてきたにわか王族が、生粋の皇族にこんなことを言われていたら、終わりだ。
だが、私は彼の発言に、ある種の不自然さも、感じるのだった。
「殿下は、真っ当な見識をお持ちのようですね。しかし、私たちのような立場にある者にとっては、このような思考も、避けられないことなのでは?」
悲しいことではあるけれど、それが国を動かす者の宿命じゃないのか。殿下の言いようは、何というか…… 優しすぎるように思う。
「もしかして、帝国や皇族というものについて、何か思うことがおありで?」
あなたのお母様のことも含めて。
「それは、あなたには関係のないことだ!」
殿下がいきなり大きな声を出したので、驚いてしまった。
う~ん、これは、地雷だったか…?
「殿下も将来、皇帝になられるかもしれない方でしょう」
「それは、そうですけど……」
彼は、目をそらして黙ってしまった。
まあ、彼にも、いろいろあるんだろう。私は、話題を変えた。
「ところで、帝国っていうのは、何なんでしょうね」
「え?」
殿下は、面食らったようすだった。
「そもそも帝国っていうのは、何なのか、という話です」
「……そこからですか。あなたも、同盟国に住んでおられたのだから、おわかりでしょう」
確かにそうだけど、
「帝国軍の士官で皇族であるあなたの方が、うまく説明できるでしょう。はいどうぞ一言で」
私は両手を差し出して水を向けた。
「それは、あっ…… と…… 無理ですね。帝国とは何か、この世にそれを一言で説明できる人なんていませんよ」
彼は即答できなかった。
「ま、帝国っていうシステムは、複雑怪奇ですからね。一言で言い表せたら、その人は皇帝になれますね」
「それは…… そうかも」
殿下は苦笑した。
「私は、皇族の方が、帝国というものについて持っている認識を、知りたいんです」
「別に、皇族の認識が公式見解というわけではありませんが……」
殿下はそう前置きして、話し始めた。




