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6-2. 帝国軍欧州艦隊 2

 調印式の会場は騒然とした。誰も予想していなかった事態だ。


 王国が、帝国に宣戦布告した!


 マルティナ殿下が、王国の2人を指さして何か言っているが、聞こえない。空母スカンディナヴィアで、警報が鳴ったのはその直後だった。

「艦隊に接近中の飛翔体多数。敵対艦ミサイルと認められます」

 報告があると、ラスキン司令はすぐさま指示した。

「全艦に告げる。対空戦用意。総員戦闘配置につけ」


 ラスキン司令にうながされ、エルフィンストーン大将と俺を含む随行者は、戦闘指揮所に入った。戦闘指揮所は機密区画で、本当は滅多なことでは入れないんだが…… 大将が許可したので、まあ、許されるだろう。

 航空団司令が、艦載機の発進を命じた。艦長は、艦載機の発艦を支援するため、艦橋へ向かった。

「早期警戒機が、飛翔体をとらえています。数52」

「艦隊防空スキーム実行中。護衛艦隊、迎撃に入ります」

 指揮所要員が報告する。室内の大型ボードに、早期警戒機のレーダー情報をもとに、周辺空域の状況が模式的に映し出されている。艦隊に接近しようとしている、多数の点。あれが、敵の対艦ミサイルだろうか。

 空中哨戒中の艦載機が直ちに対処に向かうとともに、護衛艦隊の駆逐艦から迎撃の対空ミサイルが撃ち出された。艦隊の自動化された対空戦闘能力は非常に高い。このくらいの数のミサイルなら、すべて迎撃できるだろう。

「迎撃に要する艦載機の発艦後、本艦は回避行動に移る」

 ラスキン司令が命じたが、同時に思いがけない報告が入った。

「潜水艦ピッツフォード・ウォーターとの交信不能。状況確認できません」

「なんだと?」

 空母機動群を構成する潜水艦は、敵潜水艦への対抗のため、空母に先行し警戒にあたっている。その潜水艦が失われたとすれば……

「敵潜水艦がいるのか?」

「不明です」

 状況は刻々と変化する。

「ミサイル第2波接近中。数、合計…… 124。さらに第3波、数、150、170、190…… 208!」

 俺は息を飲んだ。さすがの防空駆逐艦隊も、これをすべて撃ち落とせるだろうか。

 なぜ、今日に限って俺はこんなところにいるんだろう。

 ラスキン司令がエルフィンストーン大将の方に目をやると、大将は言った。

「ここで持ちこたえるしかない」

 敵潜水艦がいるかもしれない以上、うかつに動くこともできないと判断したようだ。ミサイルが飛び交う中で対潜作戦を行うのは、困難だ。


 護衛艦隊は奮戦していた。空母を狙った対艦ミサイルを、次々に撃ち落としていた。しかし、押し寄せる大群に、自艦の防御まで手が回らなくなってしまったのだろうか、次々と被弾していった。

「駆逐艦ガスウェイト、戦闘不能」

「駆逐艦グリムウィス、沈没」

 絶望的な報告が次々と入ってくる。

「ミサイル5、本艦に接近中」

 ついに、ミサイルが護衛艦隊の防空網を突破し始めた。空母みずからの対空武装が使用される。対空ミサイルが、順調に迎撃を果たしていく。

「続いて8基接近」

 俺たちの艦は、徐々に追い詰められていた。そこに、ダメ押しの情報がもたらされた。

「早期警戒機より報告。敵艦隊接近中。敵艦は対艦ミサイルを発射した模様」

「航空団及び各艦は、独自の判断で対艦攻撃せよ!」

 ラスキン司令は命じたが、すでに被弾している艦が多く、応じることができた艦は少なかった。

「ミサイル迎撃失敗。2基が突入してきます!」

 ……来やがったか。空母の近接防御システムよ、頼むからがんばってくれ! そう思いつつ、俺たちは衝撃に備えた。

 バルカン・ファランクスは、1基を落とすのには成功したものの、最後にしくじってしまった。足元が大きく揺さぶられた。敵対艦ミサイルが、飛行甲板に穴をあけたのである。すぐさま、ダメージ・コントロールが開始された。

「消火班は急ぎ消火にあたれ!」

 だが、敵のミサイルは容赦しなかった。対空砲火をかいくぐり、次々と接近してくる。もはや、すべてを撃ち落とすのは不可能だった。

 何度も、艦全体に大きな衝撃が伝わった。

「艦橋、被弾!」

 この報告も、衝撃だった。キーリー艦長は、どうなってしまったのだろうか…… 艦にとっては、艦橋のレーダーが破壊され、対空戦闘ができなくなったことは致命的だった。

 ミサイルは、まだまだ迫っている。

「もはや、これまで、だな」

 エルフィンストーン司令がそう言うのを聞いたラスキン司令は、叫んだ。

「総員退艦!」


 ついに俺たちは、一斉に艦を捨てて逃げ出した。

 すでに浸水が始まっている。俺は何とか救命胴衣を着て屋外に這い出たのだが、後続のミサイルが突っ込んできたのだろうか。大きく揺さぶられた艦から振り落とされ、海上に放り出されてしまった。


 まだ9月のはずなのだが、北海は、深く、暗く、冷たく…… 引き込まれ、押し潰されそうだった。

 いや、俺の恐怖が、そう感じさせるのだろうか?

 息ができない。

 俺は死ぬのか?

 思えばつまらん人生だった。父が死んでから、母とは距離を置いた。でも、帝国軍に入ったのは、母やその周りの人間が敷いたレールに乗ったからだった。軍人として立派な最期を遂げれば、母は満足だろうか……

 いや、こんな時でさえ、なぜ母のことを考えているのか。俺は何をしているんだ。何をしたいんだ。

 そうだ。まだ買ったまま読んでいないマンガがあるぞ。クライドの奴に言われたのも、読まなきゃならならんな……

 俺はまだ死ぬわけにはいかない! この願望は誰のものでもない! 俺自身のものだ! 低レベルかもしれないが!


 奮起した俺が必死こいて水をかき、なんとか海面に顔を出すと、空母は右舷に大きく傾いていた。このままだと確実に沈むだろう。下手をすれば沈没の水流に巻き込まれる。ここでフネと運命をともにするのは御免だ。早くこの場を離れなければ……

 すると、近くでもがいている将校を見つけた。よく見ると、エルフィンストーン司令じゃないか。

「エルフィンストーン閣下! ご無事ですか!」

 俺が叫ぶと、司令が答えた。

「誰だ!」

「私です。会計課の……」

「ああ、少尉か。すまない! 油が目に入ってよく見えないのだが」

「こちらです。救命艇までお連れします!」

 近くの救命艇に拾われた俺たちは、ほかの脱出者も救助しながら、急ぎその場を離れた。


 空母はすでに横倒しのような状態になっていたが、まだミサイルが次々と突っ込んでいく。空母からは火柱が上がった。王国軍の奴ら、いったいどれだけミサイルを放ったのか。

 やがて空母の巨大な船体は、ゆっくりと海面に吸い込まれていった。

 こうして、帝国欧州軍第1空母機動群の旗艦スカンディナヴィアは、40機あまりの艦載機、そして多数の将兵たちとともに、海の藻屑となった。


 呆然とする俺たちだったが、戦闘はまだ終わっていなかった。

 護衛艦隊を構成していた艦のうち生き残った数隻が、抵抗を続けていたのだが、ここにも対艦ミサイルが撃ち込まれた。彼らにとどめを刺したのは、王国軍艦隊による艦砲射撃であった。これは、艦砲が届く距離にまで敵の接近を許していることに加え、航空優勢も奪われていることを意味していた。


 ほどなくして、奴らはやってきた。敵艦のスピーカーがうなる。

「我々は、王国軍艦隊である。帝国軍の将兵に告ぐ。ただちにすべての抵抗をやめ、投降せよ」

 救命艇には、大した武装は積まれていない。海賊に対抗するにはある程度有効かもしれないが、正規軍相手に戦うのは無理である。幸い、向こうには、俺たちを掃討する意思はなさそうであった。

 だが、勇敢と言うべきか蛮勇と言うべきか、他の救命艇から、敵艦に向かって自動小銃をぶっ放した者がいたのである。

 当然…… というべきか、敵艦は反撃した。甲板上の機銃と艦砲が火を噴き、救命艇はなすすべもなく、あっという間に3艘が木っ端みじんになった。敵艦の銃身がこちらを向いたとき、俺は背筋が凍った。今度こそ、死ぬ……!

「繰り返す。武器を捨てて投降せよ。王国軍は一方的な殺戮を好まない」

 その銃は発砲されなかった。

 奴らも、こちらを見ているに違いない。武器を手に攻撃しようとしていたフネを、破壊したのであろう。

 敵艦からの警告により、多くの者が、敗北を噛みしめた。これはもはや戦争ですらなく、『一方的な殺戮』だと、敵は告げたのだ。帝国軍にとって、大きな屈辱にほかならなった。


 武器を海に捨てた俺たちは、王国軍の船に引き上げられた。

 甲板上に座らされた俺たちに、敵艦の士官が言った。

「この中で再先任の者は誰か」

 しばしの沈黙のあと、『再先任の者』が、正直に名乗り出た。

「私だ。欧州艦隊司令官のロバート・エルフィンストーンだ。部下及び私に対する適切な取り扱いを求める」

 これほどの高官がいたことは意外だったのか、すぐに艦長が出てきて言った。

「司令官閣下のお求めは承ります。しかし、その前に……」


 司令は、艦長の要求に従い、マイクを取った。

「私は、欧州艦隊司令官ロバート・エルフィンストーンである。この海域の帝国軍の将兵に命ずる。すべての戦闘行為を速やかに停止し、投降せよ。我々は敗北した。繰り返す……」

 このようなアナウンスをしなければならなかった司令の心中は、いかばかりだったろうか。

 与えられた毛布をかぶった俺は、小さくくしゃみをした。


 今日は、帝国と王国にとって、歴史的な日になるはずであり、果たしてその通りになったのに違いない。もちろん、大多数の想定とはまったく違う意味において、である。

 俺は、人生で初めて、捕虜になったのであった。

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