上
とある日、王の近衛騎士を父に持つマリウス・エルドレッド伯爵令息は、毎月の定例である自身の婚約者、イザベル・ニコラ伯爵令嬢との顔見せに向かっていた。
彼は17歳、彼女は15歳で、所謂よくある政略結婚の一つ。
家同志はもう7年前からの付き合いだが、婚約の話が持ち上がったのが3年前。
最近のイザベルは淑女の片鱗が見え始めており、伯爵家の妻として相応しくなってきたように思われる。
それでも、マリウスは何故か心のどこかで引っ掛かりを覚えていた。
いつもと同じようにイザベルの家を訪問し、いつもと同じように彼女が待つ応接間の扉を開ける。
果たして彼女はいつもと同じように応接間にいた。
しかし、いつもとは違い、奥の窓から遠くを見ている。
カーテンを握りしめているようで、その手ははっきりと震えていることが分かった。
「イザベル、失礼する」
「…マリウス様…」
マリウスが声を掛けると、彼女はゆっくりと振り向いた。
その顔は蒼白で、マリウスの姿を認めると何かを探るようにじっと見つめる。
「…?イザベル?」
「あ…、あぁ…」
「イザベル?どうし、」
「うわあああああぁぁぁん!!!!マリウス様ああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「!?」
人目も憚らずにマリウスに縋り付いて号泣したイザベルに、マリウスは困惑したが、すぐに子供をあやすように抱きしめて頭を撫でる。
その間もイザベルは時折「良かった」「死なないで」といったことを口にしながら、只々泣き続けていた。
「…大丈夫か?」
「びゃい…ず、ずみまぜん…」
「ああ、無理をするな…ほら」
「あ、ありがどうございまず…」
暫く後、ようやく落ち着いたイザベルを隣に座らせ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を優しく拭くマリウス。
少し離れた位置では両家の使用人たちがハラハラしながら見守っていた。
「それで、一体何かあったのか話してくれるか?」
「はい…」
時折鼻声になりながら、イザベルはぽつぽつと語り始める。