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ある第3王女様のお話〜(やらせ)ヒロインの場合〜

作者: 砂糖

流行りをものを自分好みに作ったら、主人公は恋愛しない不思議なものになりました。童話というか、童話もどきです。

むかし、むかし。


人々の間で魔法や剣が主流だったある世界でのお話。


ある国の王子様と一人の少女が運命的な出会いを果たしました。


少女は伯爵の令嬢であり、婚約者がいました。

王子様は国の第1王子でありました。


そんな2人の所謂、障害の付きの恋のお話。


そんなよくあるお話の裏側。


思いっきり巻き込まれた当事者のうちの1人ーーある少女のお話。


これは(よく言うと)大らかな、色々と図太い、お人好しで皆に愛された第3王女様のお話であります。



※※



女神の祝福するかのように朝日がかがやいていたその日。

ある花が咲き誇る王国で、1人の赤ん坊が産声をあげました。

その赤ん坊の名は、ソレイユと名付けられました。

彼女は、その国の第3王女としてこの世に生を受けました。

上に兄が2人、姉が2人いるソレイユは、王位にほぼ関係無く、のんびりとすくすくと育ちました。

また、兄姉たちと10歳以上離れているソレイユは、両親はもちろんのこと兄姉たちにそれはそれは可愛がれておりました。


多少、その愛情表現がねじ曲がっているとしても兄姉たちはソレイユを深く愛していました。


ソレイユが6歳になった頃、彼女の王妃としての教育が始まりました。

ソレイユの教育係をいつもの優秀な家庭教師たちではなく、兄姉たちがすることになりました。

ソレイユはそれを聞いて震えあがりました。


兄姉は、優秀すぎる人たちでした。

双子の次女は、魔法を極め、特に光魔法に関して追随を許さない国の癒しの手でありました。

双子の次男は、武術を極め、己の拳を振るい民を、国を守る騎士団副団長でありました。

長女は、美しい立ち振る舞いに頭の回転が速く計略に富んだ国の宰相補佐を担っておりました。

そして、長男は圧倒的なカリスマ性と存在感を備え、弟妹たちの得意分野とほぼ同等のレベルかその上の力があり、更には先見の目を持つ国の時期国王でありました。


そして、彼らは揃って妹に対する愛が色々と歪んでおりました。


次女は泣く妹が最高に可愛いと思っているので散々ソレイユに怪我をさせて泣かせ、そして自分の手でそれを治す、いうことを繰り返していました。


次男は蔑む妹が最も可愛いと思っているのでソレイユに対して、俺を犬にしろ!!もっと踏むんだ!と何度も足元を這いつくばっていました。


長女は眠る妹が1番可愛いと思っているのであの手この手と一緒のベッドに滑り込む事はもちろん、日中でも事あるごとに睡眠薬を飲ませようとしてきました。


そして、長男は嫌がる妹がこの上なく可愛いと思っているので妹弟たちから逃げ惑う妹やソレイユのためと称した理不尽な事を散々させてきました。


ソレイユは兄姉たちから可愛がられた(仮)時に植え付けられたトラウマたちを思い出し顔を青くしました。


恐らく兄姉たちは一切の手を抜かず、全身全霊をかけて、完膚なきまで、徹底して、自分が楽しいように、自分の欲求を満たすために、ソレイユを教育してくるだろう。


このままではいけない!とソレイユは考えました。

兄姉たちの教育から逃げることは物理的にも能力的にも不可能であるため、何とか策を考えました。


ソレイユは努力しました。

兄姉たちに劣る自分ですから全て、とまではいきませんが兄姉たちの教育に負けないようにと、可愛がられないように努力しました。


魔法の訓練で楽しそうに魔法をぶつけてくる次女に震えながら、こっそり無属性魔法で自分の自己治癒力を上げおいたり。

武術の訓練でさぁ!俺を鞭で思う存分痛ぶれ!という次男に涙を流しながらも、幻影魔法でもう1人の自分を生み出しておいたり。

座学の勉強で休憩と称してお茶やお菓子に睡眠薬を混ぜてくる長女には薬の抗体をつくり摂取するようにしたり。

ソレイユは努力をしました。

血も滲むような努力を繰り返し、何とか可愛がられないように兄姉たちに対抗してきました。


しかし、全てにおいて隙のない完璧な長男に対してはソレイユはなす術もありませんでした。


倒してね、といきなりS級の邪竜の目の前に放置されたり。

明日まで帰ってきてね、とまだ未開拓である恐らくA級の迷宮に置き去りにされたり。

お土産は海の幸ね、と敵国である海底王国に送り込まれたり。


それでも、ソレイユはその理不尽なことに答えてきました。

ボロボロにコテンパンにされながらも、九死に一生を得ながら生還してきました。


そして、そんな兄姉たちからの教育を受けたソレイユは自身が気付かないうちに、魔法や武術、外交や薬学など全てにおいて、超人を超えてちょっと目を逸らしたくなるレベルになっていました。

ソレイユもある意味、性格が歪んでもおかしくは無い環境だったのですが、彼女は素直でちょっとあほ……大変、大らかな子でした。

ソレイユは兄姉たちの(歪んだ)愛も十分に理解していました。

また、両親は一般的範囲で、めいいっぱいソレイユを甘やかして愛してくれていましたので。

それによって彼女は、並大抵の事では驚かない許容範囲が広すぎる、頼まれたら断れないお人好しとなっていました。


ソレイユが15歳になったある日、長男がいつものように言いました。


「ちょっとヒロインになって悪役令嬢を奪ってきて」


いくら順応性の高いソレイユと言え、長男の言葉が理解できませんでした。


詳しく聞くと、どうやら長男はその悪役令嬢と呼ばれるポジションの少女に恋をしたようでした。

ソレイユは長男の遅い春に喜びました。

これでようやく私に対する当たりがよくなるかもしれない、と若干の期待を込めてソレイユは長男に尋ねました。


「その方が令嬢ならば兄様が奪いに行った方が早いと思いますが?」


何たって兄はこの国の時期国王。容姿も権力も魔力も、全てを最上級なものを兼ね備えているのです。彼に落ちない令嬢はいないと言われています。

それにソレイユたちの国は恋愛結婚が推奨されてます。


兄が行けば1発ではないのだろうか?と素直なソレイユの疑問に長男は肩を竦めました。


「まぁ確かにそうなんだけど。その令嬢って隣の第2皇子の婚約者なんだよ」


長男の言葉にソレイユは目を見開きました。よりにもよって、ソレイユ達と仲が悪い隣の帝国。しかも、彼らの国の婚約というのは些か厄介なものがあります。


これはもしや横恋慕というやつではないのだろうか……。

というか下手したら戦争に発展しないですか……?


長男を恐る恐る見上げるソレイユは長男は、爽やかな笑顔を浮かべました。


「普通に奪ったら恐らく向こうがケチつけてくるのはわかってるよ。まぁそれはそれで面白いんだけどね。それだと、彼女の心は囚われたままになってしまうんだ。だけど、ソレイユ。君がヒロインとなる世界なら彼女はどうやら皇子から婚約破棄をされるのを、僕が見えたんだよ」


まぁ、協力者もいるしね、とこの世の女性が見たら魅了されるような笑みを浮かべる長男に、ソレイユは理解しました。


あ、これは恐らく断れないやつです、とソレイユは達観しました。

なぜなら、未来視を持つ兄が見たというのならそれは今後あり得る未来の話なのです。


ソレイユはハイライトの消えた目を長男に向けながら、首を縦に振りました。元々イエスしか残されていなかったのですが。


それから頼み込み、長男に準備する期間を1週間ほど与えられたのでソレイユは色々と調べては準備をしていました。


兄の見た話によると私は、隣の帝国の学園に入学するただの伯爵令嬢。

そこで色々な男性と出会い、その男性たちを惚れさせる、というものでした。


え、なにそれこわい。


と、ソレイユは思いました。

精神魔法が使っているのかと長男に聞いたが使っていない、とのこと。

つまり、話術や態度などで惚れさせろということです。およそ4人の男性を。半年で。


これ無理ではないですか!?


とソレイユは頭を抱えました。

容貌は姉たちほどではないが整っている自信はありますが、ほぼ姉と兄たちに可愛がられてきたためそのような青春を過ごした経験も、ソレイユにはありません。基本的にそこそこいいのだろう、という判断しかしていません。


道理でいつもは説明無しの長男が説明ありで、準備時間までくれるわけです。それほど長男が相手に本気だということでしょう。


ソレイユはちょっぴり切なくなりました。いつも可愛がってくれる兄が誰かに……いや、やっぱりなんでもないです。是非とも、長男の抑制力となっていただきたいと土下座してでも頼み込む方がしっくりきます。

気分を切り替えてソレイユは準備を始めました。それはもう念入りに。

長男命令ということもあり、次男や次女、長女にも手伝ってもらいながらついにソレイユは旅立ちました。


※※


ソレイユは、今回の協力者である帝国に潜入調査している伯爵家の当主と奥方、そして1つ上の息子に挨拶をしました。彼らはとても優しくソレイユを迎え入れてくれました。兄と呼んでくれていいよ、言われた時にこれが普通の兄妹!と感激したことは心の中の閉まっておきました。バレた時が色々と恐ろしいのです。

ソレイユは明日から学園に1年生として入学します。

伯爵家のベッドの中で、ソレイユはどきどきと心を弾ませました。

ソレイユは学園に通ったことはありません。本来ならソレイユの国で10歳から通うのですが、ソレイユは兄姉たちの教育により国で受ける全てのことを10歳で修めてしまい、また王女としての教育もハードでしたので、学園は諦めておりました。

しかし、いまは半年とはいえ学園に通えることができます。自分のことを知るものはいない、兄も姉もいない、0からのスタートです。

ソレイユは学園に夢を見ながら眠りにつきました。


天が青く澄み渡り、女神から祝福されているかのような晴れたその日。


ソレイユは、学園に入学しました。


それからソレイユは驚くことの連続でした。

教室とよばれるところで40人前後の生徒たちが1人の先生から教えを請うことだったり。

先輩と呼ばれる年上の人たちと触れ合う機会や部活動があったり。

学校帰りに仲の良い友達と一緒にお菓子を食べて帰ったり。


ソレイユはたくさんの初めてを経験しました。途中、楽しくて兄からの指示を忘れそうになりながらも、しっかりとヒロインはしていました。


入学式の日に手帳を落とした人物に渡しに行くと持ち主が第2皇子だったり。

空腹で倒れていた宰相の息子にご飯をあげたり。

野外授業でA級の魔物に襲われていた、騎士団長の息子を助けたり。

魔法大会のペアが第3皇子で、一緒に優勝したり。


何故か都合の良い展開が沢山ありましたが、首を傾げながらもソレイユはそれを利用して頑張ってヒロインをしていました。


姉たちから教えられたテクニックを存分に使用して、また、約束を守りながらも。

彼らとの親密度が上がる中、ソレイユはそれを気に入らないとする女生徒たちからいじめ、らしきことをされました。

その筆頭は、あの兄が言っていた悪役令嬢でした。

もちろん、第2皇子以外にも婚約者たちはいました。しかし、今回の狙いは悪役令嬢のみ。そのため、隣の王女ということは伏せて他の婚約者たちには入学前に説明しておきました。事前準備は大切なのです。婚約者たちは非常に憐れんだ目でソレイユを見て、何かあったらいってね。と優しい言葉をかけてくれました。ソレイユは優しい彼女たちにちょっと泣きそうでした。

またいじめといっても、言葉で言われるくらいのものでありソレイユは特に気にしてませんでした。

例えば。


「ふん! 全く貴女ときたらなんですか! 私の足元にも及びませんが。えぇ、私の真白のように美しく滑らかな肌は負けておりませんわ! しかし、なんですか! そのお肌の張りは!何使っているのか正直に教えなさい!私もこのプロポーションを保つためにしているマッサージを教えますから!! 」

「もちろんです」


マッサージを教えてもらってソレイユのスタイルはさらに引き締まり、また悪役令嬢も真珠のように美しい肌になり、更に魅力が上がりました。

またある時は。


「ふふん! 所詮貴女のお茶菓子はなんて貧相なのかしら? え、貴女が作った? 私に食べてもらえることに喜びなさい。……ふ、ふん!貴女みたいにシンプルで素材の良さを活かした素朴な味わいね!私のお茶菓子は今、帝都で大人気のお菓子なのですわよ? !食べたことないでしょうから、私が特別に施してさしあげますわ!!感謝しなさい!」


むしろ、悪役令嬢とソレイユの言い争い(仮)は他の女生徒たち並びに女性職員たちに非常に人気の高いものでした。


しかし、いつもにこにことしているソレイユに、悪役令嬢は業を煮やしました。


そして、学園のあるパーティでそれは起こりました。

ソレイユは悪役令嬢に呼び出されて庭園にきていました。

そして、悪役令嬢は言いました。


「もう、あの方に近寄らないで!!」


その顔はとても辛そうで、苦しそうでした。ソレイユは心が痛みます。この人はあの皇子のことを深く愛しているのです。

それが、長男に狙われ……見初められたばっかりに。

しかも、逃げるのは不可能です。恐らく、来世ならチャンスは……いや無理です。あの兄が逃すビジョンが一向に沸きません。本当に申し訳ないですが、彼女には諦めるしか道は残されていません。しかし、彼女はきっと兄が幸せにしてくれると保証できます。

思わず、ソレイユは生暖かい笑みを浮かべました。それが令嬢にしては馬鹿にされたと思い、手を振り上げます。


パァン!と乾いた音が響き、ソレイユは目を見開きました。


「な、んで……」


第2皇子が、ソレイユと悪役令嬢ーージュリアの間に立っていました。

突然の第2皇子の出現にジュリアは狼狽えました。

しかし、令嬢である彼女は泣きそうになりながりも毅然と第2皇子を見つめていました。

ソレイユはこの人何してるんだろう?そういう性癖なのか。もしや次男(お兄様)と同類……?と思っていました。


「ジュリア、君には申し訳ないと思っている」


第2皇子はソレイユをみて微笑みました。とりあえず、ソレイユも曖昧に微笑んでおきました。微笑んでおくと大抵はうまくいくのです。


「僕は君という婚約者がいるのに関わらず他に愛する人を作ってしまった。本当にすまない」

「謝らないでください!!」


ジュリアの悲痛な叫びが上がりました。

ソレイユはそれを見ながら、確かに謝れるというものは腹立つものですよね、と思っていました。

ジュリアはもうポロポロと涙を流していました。


「君をもう苦しめないためにも、僕は君との婚約を破棄する」


ぶっちゃけそれってジュリアさんのためっていってるけど自分が本命と恋したいだけじゃないのですか、とソレイユは少し冷めた目で第2皇子を見つめていました。


「お願いです!考え直してくださいませ!」


縋り付くジュリアに皇子は、手をかざして魔法を発動させました。ジュリアと第2皇子の周りに輝く輪が現れました。


「|我が誓いを神の名の下に永遠に破棄する《デスリュクシオン》」


第2皇子が呟くと、その輪は砕け散りました。

そして、ジュリアが真っ青になりながら崩れ落ちます。

その輪こそが、この帝国での神の名の下で、永遠の愛の誓いとされているものでありました。この誓いをした者たちは、未来永劫、神に見守られて愛を育むというジンクスがあるようで、帝国ではどの夫婦や恋人たちが行っている儀式でもあるのです。

ソレイユは申し訳ない気持ちになりました。

うちの長男のせいで1つの愛を終えてしまったというのはなんともしょっぱい気持ちになります。しかも指示されたといえ、その原因は自分ということに更に心が痛くなりました。


「ソレイユ、これでようやく君に愛を届けられるよ」


え、この人何言っているのでしょうか?


とソレイユは第2皇子を見ました。


そこにジュリアさんがいるですよ?え?この人まじなの?あほなのですか?ばかなのですか?


と、ソレイユの口元が引きつりましたが、これまでに鍛えた笑顔のポーカフェイスは見破られる事はありません。


「おいおい、抜け駆けとはいけねーな」

「全く油断なりませんね」

「兄上は抜け目ないですからね」


茂みの向こうから、騎士団長の息子に宰相の息子、第3皇子まで出てきました。


え、この人らどこから?まさか、ずっといらっしゃったのですか? うわぁ、とソレイユの心の距離はそれはもう海より深く遠くなっていました。


「ソレイユ、君は誰を選ぶの?」


第2皇子の問いかけに、ソレイユは歩き出しました。

こっちに来たと喜んでいた第1皇子たちの横をすり抜けて。


「ジュリアさん、大丈夫ですか?」

「え、」


ソレイユはジュリアの前に跪きました。

ジュリアは驚いたようにソレイユを見つめます。

もちろん、第2皇子たちも驚いたようにソレイユを見つめます。


「ソレイユ?!」

「君はなにしてるんだ!?」


騒ぎ出した第2皇子たちにソレイユは気にすることなく、純白のハンカチでジュリアの涙を拭き取りました。


「あぁ、そんなに泣かれないで下さい。貴女の美しい瞳が溶けてしまいます」


ソレイユは、皇子たちも真っ青な口説き文句をさらりと吐いて、ジュリアの瞼に口付けを落としました。

ジュリアはぽかんとソレイユを見つめました。

その場にいた誰もが息を飲むほど、ソレイユは美しく微笑みました。


「ジュリアさん、これでようやく貴女を迎え入れられます」

「な、にが……」


ソレイユ以外の人たちが置いていかれている瞬間ーー


「よくやった、親愛なる我が妹ソレイユ」


新たな声が響きました。


圧倒的な存在感。

誰もが跪くようなカリスマ性。

最早、平伏すしかないその輝き。

本能が彼こそが王だと、理解させられます。


ソレイユの長兄が、他の兄姉たちを引き連れて現れました。

隣の国の王族たちの登場に、皇子たちはぽかんと口を開きました。


「流石、我が妹ーーソレイユ。よくやった」


長男に褒められたソレイユは照れ臭そうに笑いました。この年になっても兄から褒められるというのはソレイユにとって嬉しいものなのです。


「無事に誓いの輪は破棄されたようだな」

「はい、きちんとそれは映像で残してます」


ソレイユの言葉に長男は満足気に頷き、ジュリアを抱き上げました。


「きゃあ!?」

「ようやくこの手で君を抱きしめられたよ、愛しいジュリア。



ーーソレイユ、片付けまで迅速に、だ」

「心得ております。お兄様」


ジュリアに向けて、砂糖菓子が苦くなるくらい甘ったるい顏で微笑んだ後ソレイユの言葉に満足気に頷き長男は、ジュリアを抱き上げたまま消えました。ぱちん、とまるでそこに誰もいなかったように。


「相変わらず、お兄様は手が早いですわー」

「あれ絶対お楽しみだよなー」


残された双子である次女と次男がやれやれと肩をすくめました。長兄に巻き込まれるのはいつものことですが、今回は愛する妹が長期にわたり駆り出されていたので不満がそこそこ貯まっております。もちろん、そんな事を言うなんて事はしませんが。彼らにもしっかりと長兄の教育が行き届いております。


「ソレイユ、お疲れ様」

「ありがとう、姉様。その注射器は降ろしてください」


油断も隙もない長女にソレイユに気をつけながら、先ほどから固まっている彼らの方に向き合いました。


「さて、皆様。ここまで我が兄の恋のご協力ありがとうございました」

「ソレイユ、君はまさか……あの第3王女なのか」


あのってなんだろう?

と、第3皇子の言葉にソレイユは首を傾げながらも頷きました。


「僕たちを騙したの、か」


何処か怒りを感じているような第2皇子の言葉にソレイユは困ったように微笑みました。


「おいおい、騙したとは穏やかじゃないなー。寧ろ、ソレイユから騙されるとかご褒美じゃねぇか」

「変態は黙っていてください。ソレイユは身分は隠していましたが、貴方たちの恋愛事情には一切関係ありませんよ」


いえ、思いっきり落としてこいって云われたんですがそれは、とソレイユはしょっぱい気持ちになりながらも、申し訳なさそうに眉を下げます。


「だがっ!」

「貴方たちの中で誰か1人でもソレイユに愛の言葉を囁かれた人がいらっしゃるのかしら?また貴方たちの愛の言葉に応えられた人でもいらっしゃる?」


艶やかに、どこか蔑んだように微笑む長女の言葉に彼らは黙りました。

それもそのはず、ソレイユは姉たちとの約束を守っていました。


誰にも愛の言葉を囁いてはいけない。

誰の愛に応えてはいけない。

肯定も否定もしない曖昧な微笑みだけいい。

ただし、嫌な事だけはきっちり断るのよ。


その4点をしっかりと守り、ソレイユは彼らと接していました。そのため彼らは長女の言葉に言い返すことはできません。ただ悔しそうにこちらを睨みつけます。


「おお、怖い怖い。嫉妬に駆られた男は怖いねぇ」

「貴方に言われたくないと思いますわよ」

「うっせー魔法キチの鬼畜女」

「お黙れ筋力馬鹿のドマゾヒスト」

「ほらほら喧嘩しないの。貴方たちはどっちもどっちよ」

「「姉ちゃん(お姉様)には言われたくない」」


正直、貴方たちみんなアレだから……!とソレイユは叫びたい気持ちをぐっとこらえました。流石に姉と兄に逆らうなんてそんな恐ろしいことはできません。


「まぁ、ともかくそこの殿方たち?」


微笑んでいた長女がすっと視線を鋭くさせ、彼らを見つめました。あまりの眼力に思わず、皇子たちもびくりと肩を震わせます。


「ソレイユに、何かしたら死にたいと思えるくらいの目覚めない悪夢をみさせて差し上げるわ。だから、これからの行動をよく考えて、くださいな?」

「えー、姉様なにもしていかないのですか?」

「ちぇっ、折角色々とおもしれーもん用意してきたのにさぁ」


にっこりと優美に微笑む長女に、思わずソレイユも恐怖で体が強張ります。その後ろでなんか恐ろしい物体やら武器やらを片付けている双子が気にならないくらいです。

もちろん、ソレイユでさえそのレベルであるのですから、真っ向からその微笑みを食らった皇子たちはガタガタと真っ青になりながらも首を縦に振りました。


「えぇ、ではそろそろ私たちも戻りましょうか。ソレイユ、貴女の帰りを姉は待っておりますからね」

「早く帰ってこいよな!お兄ちゃんも待ってるぞ!」

「ソレイユ、早く帰ってきて一緒に遊びましょうね?待ってるわよ」


麗しい笑みを浮かべて、次女の魔法の杖が光ったと同時に彼らの姿は消えました。長男と同じように、まるで元からなかったかのように。

ソレイユは、姉様たちは相変わらずだったなぁ、とどこか嬉しさを感じながらも、後片付けはかぁと彼らに向き直なおります。

残念なことに、皇子たちは長女の微笑みからまだ恐慌状態のようでした。

仕方ない、とソレイユは精神安定が期待される光魔法を彼らにかけます。すると、少しだけ、彼らの瞳に光が戻ってきました。

恐らく、畳み掛けるならこのタイミングがベストでしょう、とソレイユは穏やかに微笑みます。


「お優しくも、決断力ある皆様の力添えによって、一つの運命が救われましたわ。ご協力感謝致します」


まるで、甘やかな母の様な優しい声に皇子たちは、ぼんやりとした思考の中で思います。そうです、自分たちは運命を救ったのです、と耳障りの良い台詞のみ受け取るのです。彼らはなにかを考えることを放棄しました。


「これから、一層御国のために励んでください。才能ある皆様の力はそのためにあるのでしょう?」


国のために、力を使う、とソレイユの言葉を反覆して、彼らは頷きます。口々に、そうだ国のために、そのためにいるのだ、と呟きます。

そんな彼らを、ソレイユは優しく微笑みました。


「影ながら応援させていただきますわ。では、御機嫌よう」


ソレイユは淑女の礼をして、その場を離れました。

その後、何処か気が抜けた様子の皇子たちは、何故か待機していた王所属の騎士団たちに無事に保護されました。

ソレイユが帰宅しようと、足を進めていると、馬車の近くに立っている人影を見つけました。


「よう、第3王姫サマ。あんたには世話になったな」


闇夜において更に際立つ、真っ赤な太陽なような色の髪をオールバックにした端正な男性が、ソレイユを見てニヤリと笑いました。彼の姿に、ソレイユは少しだけ驚きました。

何せ、今回の長兄の指令でも、この方は全くもって関係性がないと、判断していたため、この場に現れるとは思わなかったのです。

それもそのはず、彼は帝国の第1皇子であり、ソレイユの長兄と同い年でもあるのです。学園に通うソレイユとは会うこともないと思っていました。


そして、この第1皇子は何よりも。


「どうやら、あいつは上手くやったようだな。流石、我が悪友殿だ。それくらいやってもらわなきゃ困るがなぁ」


唯我独尊というような態度で笑う第1皇子は、何処かソレイユの長兄を思い出させます。第1皇子とソレイユの長兄は、どこで知り合ったのか、いつの間にかに、悪友同士になっていたのです。ソレイユは、その事を知った時は、恐らく兄とこの第1皇子が王位を継承したら、この世はひっくり返るくらいの出来事が起こるだろうなぁと近い未来を見つめました。決して、悪い方向には進まないだろうけども、世界が度肝抜かれることは、ほぼ決定事項だろうと、ソレイユは巻き込まれるであろう未来の自分の姿にそっと心中でため息をつきました。そろそろ隠居したい今日この頃。


「俺も負けてられないな。麗しき我が華に渡して貰えるか?」


差し出される一通の高級そうな手紙を、ソレイユは恭しく受け取りました。受け取らないという選択肢なんて存在しないのですが。そして、第1皇子は、蕩けるような微笑みを浮かべて、去っていきました。

ソレイユは、手紙を丁寧に懐にしまって一息つきます。

この手紙の宛先は、ソレイユの姉、長女の方です。

第1皇子は、ずっと長女に懸想しておりました。しかし、長女は「私の好みはソレイユの様に可愛らしい寝顔をする男性なので。そう、我が愛しの妹のソレイユの様に」とスパン!とそれを常に拒否しておりました。巻き込むのはやめてほしい。おかげで、ソレイユは第1皇子から絡まれまくるのです。ライバル認定はしないでほしいです。

ソレイユたちの王国と、帝国は元々仲が悪いため、第1皇子はこれまで公言できておりませんでした。しかし、今回の兄の結婚により、状況は大いに変わるでしょう。つまり、この手紙は宣戦布告といっても過言ではないかもしれません。

できれば、巻き込まれたくないなぁ、と思いながらも、たぶん無理かなぁとソレイユは遠い目をしました。


伯爵家に戻ると、伯爵家の家族達に事が終わった旨を伝え、感謝を伝えます。恐らく、この伯爵家には兄からも謝礼がしっかりとくるでしょう。協力してくださった伯爵家とも、もうすぐ別れです。涙を流しながらも別れを惜しんでくれる伯爵夫人と、顔は変わらないがオーラから、寂しそうにする伯爵に、伯爵とそっくりな無表情で悲壮感をだす伯爵子息に、ソレイユの心が打たれます。彼らは、第3王女であるソレイユを本当の娘の様に、妹の様に愛情を持って接してくれたのです。ソレイユもそんな彼らが大好きでした。普通の家族というものを享受することができたのは間違いなく彼らのおかげです。しかし、帰らなければなりません。何故なら、ソレイユのは第3王女であるのですから。


「ほ、んとうに、今までお世話になりました!!お母様もお父様も、私のことを慈しんで愛してくださって、私は嬉しかったです!お兄様は、私にたくさんの優しさをくださりました! 私、ソレイユは幸せでした!

本当に、本当にありがとうございました!」


演技でもなんでもなく、心からポロポロと涙を流すソレイユを、そっと伯爵家の3人は抱きしめました。

ソレイユはその温もりを忘れまいと、そっと目を閉じました。


その後、家族4人で一緒に眠り、朝を迎えます。

すでに、ソレイユの物は優秀な従者達によって王国へと送られています。いつの間にきていた兄の執事で老年の紳士ーーセバスチャンから本日のドレスを受け取り着替える。兄の腹心とも言えるセバスチャンが来たということは、ソレイユへのお迎えの合図です。すでに学園の退学手続きは終わっており、ソレイユがしたためていた友人達へと手紙も渡し済みという、相変わらずの手際の良さにソレイユは若干呆れます。恐らく王女という事がまだバレるわけにはいないので、直接挨拶することはできません。友人達の顔を思い浮かべて、申し訳ないなぁと心で謝罪しました。恐らく、次会う時にど突かれるのは違いないでしょう。


「では、お嬢様。参りましょう」

「わかりました。伯爵家の皆様、本当にありがとうございました。また、お会いすることを心より待ち望んでおります」


またこぼれ落ちてしまいそうな涙を堪えながらも、ソレイユはにっこりと微笑みました。

それに習い、セバスチャンも頭を下げると同時に、帰還の魔法陣が発動されました。


ソレイユが一度瞬きをすると、懐かしい王宮についていました。そして、昨日ぶりの兄姉達が揃っており、両親もいます。


「おかえり、ソレイユ」

「よくがんばったわね、ソレイユ」


優しい笑みを浮かべる両親ーー現在の国王と王妃にソレイユは、勢いよく抱きつきます。伯爵家の両親も大好きですが、何よりもソレイユが兄姉たちの愛に潰れない様に、真っ当に愛してくれた両親たちです。そんな両親たちは、ソレイユの癒しであり、何よりも愛しています。いつもボロボロになっても、両親たちから抱きしめられることで、生きて帰って来た、という実感を得る事が出来るのです。

今回も無事に帰ってきました。

両親たちから癒しパワーをもらって、名残惜しくも離れると双子の次男と次女がやってきました。


「ソレイユ、おつかれー。そしておかえり」

「よくがんばったわね、ソレイユ。おかえりなさい」


次男からは頭をガシガシと撫でられて、次女からは抱きしめられました。姉たちの褒め言葉に、ソレイユは照れ照れと顔をほころばせます。やはり、褒められると嬉しいものなのです。

さりげなく、精神魔法をかけてくる次女には反射魔法をして、息が荒くなってきた次男にはそっと幻覚魔法をかけ、2人から離れます。うん、何も変わらない次男と次女にちょっとほっこりとしながらも、懐かしさを感じました。

そして、何時もなら凛として毅然と無表情で立っている長女が柔らく微笑みながら、ソレイユを抱きしめました。

恐らく、この様なギャップにあの第1皇子はやられたのだろうな、とソレイユは何となく感じ取っていました。


「ソレイユ、お帰りなさい。ひどく心待ちしておりましたよ」


大輪の華が咲くように微笑む長女に、ソレイユも微笑みます。

だからと言って、私をライバル認定するのはやめていただきたいと、ソレイユは内心でため息をつきました。


「そういえば、隣の第1「無駄なものはいらないわ」……わかりました」


ソレイユが皇子のお、と発音すると同時に取り出した手紙が一瞬にして灰となりました。長女の真顔に、ソレイユは黙って了解の意を称して頭を下げました。触らぬ長女に祟りなし。皇子には申し訳ないですが、帰ってきたばかりで、長女の逆鱗に触れたくはないのです。

そして、最後に残るのはラズボ……いや全ての元きょ……諸悪の権げ……長男がにこやかに微笑んでおりました。


「ソレイユ、お帰り。君の帰還を心か感謝する」

「有難いお言葉です」

「本当に、よくやった」


久方ぶりの長男の純粋な賛辞に、ソレイユは目をパチパチと瞬きをします。嬉しいのは嬉しいです。しかし、なんでしょうか。長男の笑みに長年の経験が警鐘を鳴らします。


「ジュリアとの婚約は1週間後に大々的に発表すると共に、帝国との和平条約も締結する」


ソレイユは、まだ警戒を解きません。正直このことは予測できていたことです。そして、そこから導き出されるソレイユが巻き込まれることとしたら、1つ。

ソレイユは長男を見ると、長男は艶やかに、そしてどこまでもいじめっ子のように微笑みました。


「そうなると、向こう隣の公国がうざったくなるから、また留学してきて。今度は悪役令嬢として、ね?」


ソレイユは固まりました。

嫌な予感が的中というか。どこか、生暖かい眼差しがソレイユに突き刺さります。


「今回は、元々いた令嬢に成り替わるだけだから、3日後ね」


そして、無慈悲にも長男から指令が下されます。

ソレイユは項垂れながらも、拝命します。断るという選択肢は存在しないです。


「……隠居したいなあ」


ソレイユの小さな呟きは、残念ながら長男に届くことはありませんでした。


読んでくださりありがとうございます。

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