きみの。
「だあああああ!!」
「はは。また女の子じゃなくなってるよ、遥ちゃん」
夏の暑さが近づき、そろそろ梅雨入りも近いかなぁ、という天気が続く五月末。今日も今日とて屋上で樹と駄弁っております。
一ヶ月ほど前に樹の後輩の西島くんが屋上に突撃してきてからその後屋上に姿を見せることはなく、教室でたまに心配そうな顔で挨拶されるくらいで樹と二人の平和な日々が続いている。
「樹はさー、なんで自分が幽霊になったのかとかこの世に未練がないのかとか興味ないわけ?」
「ないねー」
「あっさりかよ!!」
のほほんとした顔でお日様の光を浴びながら(幽霊が日光浴、ってのも変だけど)、樹は間延びした声で答える。
「だいたいね、そんな今更未練なんか見つけたってどうしようも出来ないじゃないか」
「いーや、僕がいるし何とかできるかもしれないじゃん」
「遥ちゃんになんとかしてもらう……」
うーん、と唸りながら樹が考え込む。
「あ、そうだ」
「何!?」
「食いつくの早いよ遥ちゃん」
どーどーと僕の顔を押し返すしぐさをして樹は言った。失礼な、僕は馬じゃないぞ。
「ちゃんと話すから落ち着いて。……あのね、遥ちゃんに女の子っぽい言葉遣いしてもらいたいな、って」
「え、女の子っぽい?」
は? 樹の未練ってそんなこと? そんなことを未練にしてしまうなんて。
「口が悪い幼馴染で悪うございましたねー」
「拗ねないで、遥ちゃん」
ぷいっと口を膨らませてそっぽを向けば、樹が笑いながら僕の前に回りこんできた。
「というか具体的に女の子っぽいってどんな言葉遣いだよ」
「うーん、そうだねぇ。たとえば、自分のことを私、って言ったり、おい、をねえ、に変えたりとか?」
僕、を私に。おい、をねえ、に。
ねえ、樹。私ね……。
「似合わねぇーーーーー!!」
僕より絶対樹のほうが似合うわ!
「えー、そうでもないと思うよ? 僕、遥ちゃんのことちゃんと女の子だと思ってるし」
「はぇ!? 僕が??」
「うん」
にこにこと笑いながら樹は頷く。
は? え?? いきなりなに?
「えっと、つまり樹は僕……じゃなくて、私のことかわいいとか……」
「え? だって性別女の子でしょ?」
「そういう意味ですかーーーーー」
完璧なorzを決めて僕は崩れ落ちた。そうだよね、樹だもんね。そんなことだろうとは思ったよ!
でもさー、少しくらいはさー、ちらっと期待したりとかさー。
樹はというと、僕が自分のことを私といったのが嬉しかったのかにこにこと超ご機嫌だ。
崩れ落ちた私とは大違い。ついでに、ん? どうしたの? と覗き込んでくる始末。誰のせいだと思ってるんだ誰の。
「はあ、疲れた」
「だろうねー」
僕がぜいぜいと肩で息をしている間にも樹はにこにこと笑っている。まあ、いつも通りといえばいつも通りなんだけど。
「そんで、遥ちゃんは言葉遣い変えてくれるの?」
「えーやだーだるーい」
「だよねー」
屋上にふわりと風が吹いた。
一瞬、樹の姿が消えたような気がしたけれど、瞬きをして目を開けたときには姿が見えたから気のせいだと思うことにした。……そういえば、樹が幽霊になってからもう一ヶ月経ったのか。
「……まあ、でも? 樹がどうしても、っていうなら考えてあげないこともないかなぁ」
「素直じゃないなぁ」
じゃあ、お願いします、と笑いながら樹は言った。お願いします、と言ったのは樹だけど、なんかいっつも先に折れるのは樹でそれがなんだか僕をお子ちゃまに見ているようで気に食わない。
むすーっとしているとまた樹が困った顔で笑った。
「ちゃんとお願いします、って言ったじゃないか」
「なんか気に食わないー」
「理不尽だー」
そうは口で言う樹もなんだか楽しそうで僕と樹は顔を見合わせて笑った。……あ、僕、じゃなくて私か。
「私、頑張ってみようかな」
「お、その調子」
そう言って笑った樹の顔が本当に嬉しそうで、口調を変えるだけでこんな顔を見せてくれるならもっと早く直せばよかった、とちょっとだけ後悔した。
「でもさ、問題は樹と話すときはいいとして、クラスの子と話すときだよなぁ」
「なんで?」
「だってさ、いきなり口調かえるとか恥ずかしいじゃん! ましてや女の子っぽいの目指すなんてさぁ」
「ちょっとずつ変えれば大丈夫だって」
のほほんとしながら樹は言うが、僕にとっては死活問題だ。だってさー、この口調でずーっと生きてきたんだよ? 今更変えるなんて昔から僕のこと知ってる子達なんてなんて思うか……
「大丈夫だよ、遥ちゃん。遥ちゃんが思っているよりもずっと周りは変化に寛容だから」
「……それ、浩樹さんの受け売りだろ」
「あ、バレた」
僕が僕って言うようになったときにクラスの子に馬鹿にされて、そのときにも浩樹さんは同じことを言って、だから馬鹿にしてくる少数意見なんて放っておけ、って励ましてくれたんだよな。
「なんかさー、樹もお兄ちゃん、って感じだったけどやっぱり浩樹さんには適わないよな」
「そりゃあ、僕のお兄ちゃんだし」
口ではそう言う樹だったが、その顔は誇らしげで、だけどちょっとだけ恥ずかしそうな顔をしていた。このブラコン。
「何はともあれ、明日から特訓付き合えよ、樹」
「はいはい」
僕の、私のお兄ちゃん代わりの樹なら、笑わずにきっといつまでも付き合ってくれる。
だってそれがお兄ちゃんだし。