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はじめは。



「なあ、おい。なんでだよ。さっきまで……馬鹿みたいに笑ってたじゃないか」


 その別れはあまりにも突然で、僕には受け入れ難いものだった。



―――――




「見てみて、遥ちゃん。空がこんなに近いよ」

「そりゃあ、ここは屋上だし。近いに決まってるだろ」


 春の暖かな日差しが降り注ぐ放課後の屋上に寝転がった僕と彼、井上樹いのうえいつきは雑談を楽しんでいた。僕は中学校二年生で樹は三年生。受験生といってもまだ四月だからそんなに慌ただしくはない。現に今ものんびりと日向ぼっこを楽しんでいる。


「ねえ、遥ちゃん」

「何」

「空に手、届くかな」

「は?」


 ふと樹が寝ころんだまま空に手を伸ばした。手を大きく開いて、まるで何かを掴もうとするかのように。しかし空に手が届くはずもなく、樹はゆっくりと手を下した。


「後もうちょっとで届きそうなんだよな」


 よいしょ、とおじさん臭い声を上げて立ち上がると樹は爪先立ちをしながら空へと手を伸ばす。


「あのねえ、そんなに簡単に手が届いたら人間は宇宙をめざしたり……って、おい!」


 僕が呆れながら体を起こしていると、樹は僕の言葉なんて聞いていないかのように屋上の端へと足を向ける。嫌な予感がした僕は慌てて樹の後を追った。


「んー。これなら届くかも」


 樹は無邪気に声を上げながら屋上のフェンスをよじ登る。


「おいこら、危ないって……っておわっ!!」

「……!! 遥ちゃん、ナイスキャッチ」

「ナイスキャッチ、じゃないわこのドアホ!! 危ないって言っただろうが!!」

「やっぱり届かなかったね」


 案の定体制を崩してフェンスの向こう側へ落ちそうになった樹を間一髪で支え、怒りの声をあげるも、にへら、と笑う樹の顔に僕の怒りはどこかへ行って、呆れたため息しか出てこなかった。


「樹、そろそろ帰ろ」

「屋上もだいぶ暑くなってきたもんねぇ。もうすぐゴールデンウィークだし」

「そうだなー。今年はどこに行く?」

「明日また決めようか」


 僕と樹は小さい頃からずっと一緒の幼馴染みで、休みの日よく一緒に出かける。だからたいていの場所は行き尽くしていて、だけど遊びに行かないという選択肢はない。


 だいぶ日が伸びた帰り道を樹と並んで歩く。幼、小、中と多少道は変わっても並んで歩くのは昔から変わらない。僕の性格のせいか噂になったこともない。


 隣に樹がいるのは当たり前。

 それが僕の日常。


「じゃあ、また明日!」

「うん、また明日ね」


 昔から樹は必ず僕を家に送り届けてから自分の家に帰る。といっても樹の家は僕の家から五分くらいのところにあるんだけど。

 いつも通り、僕は家に入り、いつも通り、樹は自分の家へと足を向ける。


 ふ、と。


 僕はいつもと違って振り返った。そうしたら樹もふと振り返って笑いながら手を振った。


「また明日ね、遥ちゃん」


「うん、また明日」


 今度こそくるりと背を向けて樹は歩き出した。


 家の中に入った背中でパタリと閉まるドアの音を聞いた。

 今日の夕飯はなんだろう。


「お母さーん! 今日の夕飯なにー?」

「今日はカレーよ」


 リビングに漂う匂いで分かってはいたけれど、やっぱり今日はカレーらしい。


「またー?」

「嫌なら食べなくてもいいのよー」


 母親とのいつものやりとり。よく出るメニューのカレーだって嫌なわけじゃなくて、ただこのやりとりが楽しいだけ。


 いつもと同じ、いつもと変わらない今日と明日になるはずだったのに。


 夕ご飯のあと、リビングに鳴り響いた電話の音で、僕のいつもは崩れ去った。


「遥、樹くんが車にはねられたって……」

「――――え?」





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