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例えば竜の国で  作者: 月島朝
第一章
3/8

2:精霊石

 「あんたたちは二度と料理しないで頂戴」


 ローワンにそう口約束させられたティアは、すっかり自信をなくしていた。

 リタも珍しく堪えたのか、今回ばかりは「ごめんなさい」と小さな声で謝ることしかできないようだった。

 

 三人でキッチンに立ち、およそ人が食べられるようには見えないドロドロの物体が出来上がったのがその三〇分後。アスカはそれを『魔女の毒薬の中でも特に失敗した作品』と評した。

 その後アスカが作り直した昼食を四人で食べ、午後はとりあえず仕事がないから自由にしていいと言われたティアは、街の散策に出ていた。


 この街に来て一月が経つといっても、街の地理やそこに住む人達のことについてティアはまだほとんど何も知らなかった。今後自分ができる仕事の幅を広くするためにも、街のことをもっと知る必要があると感じたのだ。ティアはまず大通りに出ると、そこを展望台の方までまっすぐ登っていくことに決めた。街の頂上には大きな教会があり、そこの展望台からなら街全体が見渡せるからだ。


 昼過ぎの大通りには人がごった返し、時折馬車も行き来をしていた。道幅がかなりあるおかげで空を遮るものがなく、天辺を少し回ったばかりの太陽の光がまっすぐそこに降り注ぐ。

 上着は脱いでくればよかったかな。そんなことを考えながら、ティアは人混みの中を縫うようにゆっくりと歩き始めた。

 

 見渡せば、行き交う人々の顔や服装、立ち振舞は様々だ。明らかに上級市民とわかる豪華な衣服に見を包むものもいれば、通りから一本外れた狭い路地には、ボロをまとって物乞いのようなことをしているものもいる。行き交う馬車には紋章のようなものがついているものも有り、貴族のものと思わせた。

 ティア自身、ローワンのもとにいるからこそまともな身なりをしているが、そうでなければどうなっていたか分からない。たらればを考えても意味が無いことは分かっていたが、自分は幸運だったというしかない。

 

 緩やかな坂道をしばらく登っていくと、次第に人の数も減り、商店の代わりに街路樹の数が目立つようになってきた。道路の左右に均等な間隔で並べられた街路樹が、その先が神聖な場所であることを暗に示している。

 

 「前来たときより疲れてない、かな」

 

 ティアは前方を見据えながら、自分の体に少しづつ体力がついてきたことを実感し、少し嬉しくなった。

 少し前までまともに走ることもできなかったと考えれば、十分すぎる進歩だ。

 

 「到着っと!」

 

 やっとのことで教会まで登ってくると、視界が一気に開け、巨大な街がその全貌を露わにする。見渡せば、巨大な城壁がこの街全体を覆っているのがわかる。教会の横に設置された展望台の手すりに手をかけ、ティアはその景色をもう一度確かめた。

 

 街は、中心に巨大な湖を備え、そこを囲むように作られているのがわかる。展望台から見下ろすと、その下に幾層も家々が連なり、湖の方まで下りながら続いている。向かって右側がティアたちが暮らす街、逆に教会の反対側に下って行くと、上流階級のものが多く暮らす街にでるらしい。確かに眺めれば、家々の作りや装飾が、ティアたちの暮らす街に比べて豪華なように見える。

 

 そして、何よりも目を引くのは、目の前の巨大な湖の中央にそびえ立つ、この街の他のどんなものに比べても大きい、赤く輝く石柱だった。

 

 実際には、柱と言うには不格好で、左右付近等にところどころゴツゴツと飛び出していたり凹んでいたりと、人の手が加わっていないことがわかる巨大な岩だ。

 人工的に作り上げられたこの巨大な街に対して、その光り輝く石は、あまりに不釣り合いに見えた。

 

 「精霊石がお好きですかな?」

 

 ふと、展望台からの光景に見入っていたティアの背後から声がかかる。

 振り向くと、そこにいたのは両手で杖をついた一人の男だった。七〇歳くらいだろうか。真っ白な長い髭を顎に蓄えた老人だった。

 

 「いや、いきなり失礼しました。熱心に見入っておられたもので、ついお声がけを」

 

 ティアが返事に困っていると、老人はニッコリ笑って続けた。

 

 「怪しいものではありません。この教会の参拝者でね、私もよく来るんですよ」


  ティアは緊張しながらも軽く会釈をして、老人を隣に招き入れた。

 

 「見ない顔ですが、旅の人でいらっしゃいますかな?」

 

 「あ、いえ、私はなんていうか、その、住み始めたばかりで……」

 

 老人の問にどもりながらもそう答えると、老人は目を丸くして珍しいものでも見るかのような表情でティアの方を見た。

 

 「なんと、移民の方でしたか。いやはや珍しい。ここ数十年で移民の方をお見かけしたのは初めてだ」

 

 老人な興奮した顔つきでティアのことをまじまじと眺めた。なんだか恥ずかしくなって、ティアは笑ってごまかすと、なんとか別の話題を探そうと考えを巡らす。自分が奴隷になるはずだったことがバレるのは、たぶんあまり良いことではない。赤麦屋のみんなにも迷惑をかけることになるだろう。

 

 「あ、あの石、おじいさんも好きですか?」

 

 ティアは老人の関心を別のことに移すべく、話題を戻した。

 

 「あぁ、精霊石は私の信仰の象徴ですよ。千年前に突如現れたと、あらゆる伝記には記されております。しかし私は、あれは神様の贈り物だと思うのです。あの石のおかげで、私たち人間は魔法を手にし、何百年も戦争というものをしとりません。みな、自分の国から出る必要がなくなったからです。出れば魔法が使えませんし、使えなければ他国に攻め入ることもできませぬ。あれは、人類のお守りみたいなものなんです」

 

 老人は赤く輝くその石の方に目をやりながら、まるで子供におとぎ話を言い聞かせるみたいに、優しくちいさな声でそういった。

 正直なところ、ティアには老人の言っていることの意味はほとんどわからなかった。しかしその優しげな表情を見て、きっとこの国の人にとって大切なものなのだろうと、思わずにはいられなかった。

 

 「見ず知らずの方に大変失礼しました。私は毎日教会にきておりますので、よろしければぜひ一度ミサにいらしてください」

 

 では、と付け加えると、老人は軽く会釈をしてティアに背を向けた。

 ティアはその小さな後ろ姿を見えなくなるまで見守ってから、もう一度巨石――精霊石の方に目を向ける。

 

 《精霊石》。リタが教えてくれた。人はその石の近くでのみ、魔法が使えるのだという。

 魔法。それは言葉で簡潔に言い表すには、あまりにも複雑な力だった。空気中に流れる《精霊》に干渉することによって、手を触れずにあらゆるものを持ち上げたり、壊したり、作ったりできる力。リタがやって見せたその力は、ティアにとっては全く未知のものだった。

 

 

 そしてそれはまるで、神様の力のようにティアには思えた。

 

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